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わたしたち、いまさら恋ができますか?  作者: いつきさと
女房とタタミは『古い方』が良い。
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 林の中の小道をしばらく歩くと、突然視界が開け、目の前に美しい青緑色の芝生が広がる。奥の方は少しなだらかな斜面になっていて、端の方は小さい子供が遊べる遊具のある広場になっている。


 まだ昼までには間があるというのに、芝生の上はすでに親子連れでいっぱいだ。私たちは、彼らから少し離れた斜面に近い場所に、ピクニックシートを敷いて座った。


 俊輔が風呂敷の結び目を解く手を生唾を飲み込みながらじっと見つめる。朝ご飯だけではない。私は昨日からろくに食事をしていないのだ。朝起きたときはすでに空腹のピークを過ぎていたのか何も感じなかったが、今になって急にお腹が空いてきた。


「余計なことは言わずに黙って食うこと。いいな?」

「なにそれ?」


 仏頂面で一言つけて蓋を開け、重箱を私に差し出した。その言葉に嫌な予感がして一瞬目を閉じ、覚悟をしてから目を開く。中身は、びっちりと隙間なく詰められた卵焼きらしきものと、ウインナー。おにぎりのような形をしたご飯。一目でわかる。この弁当は俊輔作だ。


「すご……これ……あんたが作ったの?」

「黙って食えって言ったろ?」


 差し出された割り箸を割り、まずは卵焼きらしきものに箸をつけた。


 ゆるゆると巻かれたそれは、うっかりするとベロンと開きそうだ。全体に茶色いのは醤油の色だろうか。恐る恐る口に入れてみると、そういうわけでもなさそう、と、いう以前に、香ばしいだけで、味がなかった。私は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。次はウインナーに箸を突き立てる。ひと口齧った。これは普通に美味しい。


「うん。美味しいね、このウインナー」

「……しばくぞ」


 顔を見るのが怖いので俯いたまま箸を置き、おにぎりに手を伸ばした。三角でも俵形でも丸でもない、歪な面白い形をしている。せめて海苔くらい巻いてあればもう少し食べやすいのにとは、口が裂けても言えない。


「ねえ、これ中身はなに?」

「食えばわかる」


 私は黙っておにぎりを齧った。


 塩っぱい。


 これだけ塩辛ければ、おかずも具もいらないだろうと思うほど、塩っぱい。


 ひとつの大きさは、お茶碗山盛り1杯ほどはあるだろうか。黙々と食べ進めても食べ進めても中から何も出てこない。


「梅干し入れようと思ったんだけどさ、どうすればいいかわかんなかったから、やめた」


 そういうことは、食べる前に言って欲しかった。


「飲め」


 カップに水筒から何かを注いで私にくれた。受け取ってひと口啜る。コーヒーだ。弁当には決して合わない。合わないが、朝から一滴も口にしていないコーヒー好きの私には、一番のご馳走だった。


「美味しい」

「だろ?」


 なんだかんだ言って、俊輔は私の好きなものをちゃんと用意してくれる。良い奴だ。


「ねえ、なにして遊ぶ?」

「さあ? おまえ、なにしたい?」

「サイクリングは? 貸し自転車あるでしょ?」

「あるだろうけど……おまえ、自転車乗れるようになったんだ?」

「…………。じゃあさ、アスレチックは?」

「おまえ三十路だろ? 歳考えろ」

「…………。じゃあ、あれだ。動物ふれあい広場! 兎とかモルモットとかいたじゃない。可愛かったよねー、気持ち良いんだフワッフワでさ。また抱っこしたいな」

「…………」

「そか。あんた……兎、未だに怖いんだ」

「…………」


 突然立ち上がった俊輔が、私の手を強引に引っ張った。転びそうになりながら立ち上がり、引き摺られるまま小走りで付いていくと、芝生の傾斜を上り始めた。私の足が笑い息が切れても、お構いなしでぎゅっと繋いだ手を引っ張られる。


 てっぺんまで上ってようやく立ち止まり、振り返った。小高くなっているここからは、運動公園が一望のもとに見渡せる。芝生広場の向こうに小さくふれあい動物広場が見え、その反対側には、ドラム缶池も見えた。


「わぁ!」

「ここに上るのも久しぶりだな」

「うん。昔はよく皆んなで上ったよね。それで、この傾斜を滑り下りるの」

「そうだな」

「今の子供はやらないのかな? そんなこと……」

「どうだろ? 他にもっと面白いものがたくさんあるから、そんなこと思いつきもしないんじゃね?」

「そんなもんかなぁ……」

「そんなもんだよ」

「ねえ、あそこ」


 私はドラム缶池の方向を指差した。


「行ってみるか?」


 そう言うと俊輔はまた私の手を取ってしっかりと握り、歩きだした。


「ちょっと……ゆっくり行って。怖いよ」

「……うるせえババアだな」



 俊輔は口とは裏腹に慎重に私を振り返りながら傾斜を下っていく。半分ほど下りたところでドラム缶池へ続く小道へ出た。ここからはなだらかな坂道。繋ぐ必要はもう無いのだが、俊輔は何故か手を離そうとしない。私は仕方なく、そのまま奴と並んで歩いた。


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