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わたしたち、いまさら恋ができますか?  作者: いつきさと
手を伸ばせば先にあるもの。
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「……吉本さん?」

「よかったぁ、やっぱり藤本さんだった。後ろ姿だし、着てるものとか雰囲気もこの間会った時とはかなり違うから、声をかけたのはいいけど、別人だったらどうしようかと思っちゃった」


 それは、こっちのセリフだ。


 栗色のウェーブがふわっと肩で揺れている。淡いブルーのカーディガンにアイボリーのブラウス。膝丈のシフォンのプリーツスカート。


 如何にも可愛らしい出立ちは、あの髪を引っ詰め、仕立ての良いチャコールグレーのパンツスーツで武装したバリバリのキャリアウーマン、吉本さんとは完全に別人だ。


「私も人違いかと思いました」

「やっぱり?」


 ふふふっと微笑む表情も柔らかい。言葉には微妙に棘が混じっている気もするが、きっと気のせいだろう。


「お買い物ですか?」

「ええ、そう。家でぼーっとしててもつまらないから、ちょっと気晴らしにね。藤本さんは?」

「私もです。気晴らしを兼ねて買い物でもしようかなって」

「そうなの? ……ちょうどいいわ。ねえ、時間ある? 良かったらちょっとお茶でもしない?」


 そう言うと、私の腕にさっと腕を絡めてにっこり笑う。どうやら私に拒否権は無いらしい。一見温和そうに見えて有無を言わさぬその態度は、やはりやり手のキャリアウーマンだ。


 吉本さんに連れて行かれた先は、本屋からほど近くにあるお洒落なカフェ。私ひとりだったら絶対に気後れして入らないだろうと思うほど可愛らしいお店だった。


 窓際のテーブルに座ると、彼女はここのケーキすごく美味しいのよと、メニューにあるケーキの説明をひととおり私に聞かせ、自分にはフルーツたっぷりのタルトを、私にはニューヨークスタイルのチーズケーキを勧めてくれた。


 オフの日に遭遇したとはいえ、相手はクライアント。カフェで向き合っていったい何を話せばよいのか。目の前で微笑み優雅に紅茶を飲む彼女に笑みを返しながら、頭の中では天気、ファッション、食べ物と、無難な女性同士の世間話らしい話題を探していた。


「藤本さん、やっぱり私のこと覚えてないのね」

「え?」


 唐突に耳に飛び込んできた言葉の意味がわからず、ケーキにフォークを突き刺したところで手を止めて彼女の顔を見た。


「私たち、前に会ってるのよ。5年くらい前だったかしら……。浅野俊輔。知ってるでしょう?」


 浅野俊輔。


 この名前が出たら、もう悪い予感しかしない。


「あ……」

「あれからもう随分経つのに、あなた、ちっとも変わらないのね。会社で顔を見たとき、すぐわかったわ。まさか今頃になってあなたと再会するなんて……フフッ、変な感じ。あなたは? 私のこと、まだ思い出せない? それとも、まったく眼中にもなくて覚えてすらいないのかしら?」

「…………」


 ここまで言われたら、考えられることはただひとつ。この人は、俊輔が振った相手のうちの誰かだ。


 私にとってはあいつに頼み込まれて一度顔を合わせただけの相手。彼女たちはおろか俊輔の恋愛そのものにも何の興味すら無いのだから、その相手を覚えているはずもない。


 だが、彼女たちにしてみれば、昔のこととはいえ、私は憎き恋敵。場合によっては恨み骨髄。記憶の中にはっきりと焼き付けられていたとしても不思議はない。


 私の容姿は、子供の頃とほとんど変わりがないと皆に言われる。その上、なぜか馬子にも衣装髪形という言葉も、私に限っては当てはまらない。小学校の頃に別れたきり一度も会わなかった俊輔ですら、一発で私だとわかったほどだ。


 故に、相手が覚えてさえいれば、私に気づくことは容易いこと。こちらは相手が誰なのかさっぱりわからないというのに。それにしても、なんという巡り合わせだ。非常にまずいことになりそうな予感がする。



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