スキル判明、そしてご期待通り
ゆっくりと眠るつもりだったのだが、どうやらそれを邪魔したい奴がいるらしい。
またも、軽薄な声が俺に話しかけてくる。
「恵太君、君って奴は隅に置けないね」
半目を開けてその姿を確認する。やや逆光気味で顔までは見えないが、けれどそのアフロヘアーのシルエットを認識できれば充分だ。
「何の用だ」
「これまたご挨拶だね、神に向かって何の用だなんて」
とりあえず俺は起き上がり、立ち上がるのも面倒なので、その場であぐらをかく。
ここは俺が眠りについた駅の寝室ではなかった。
昨日来た、いわば神の間だ。
隣で寝ていたはずのエリーの姿もない。
「恵太君、異世界に行った初日から女の子捕まえて、よもやお泊まりなんてね」
「そんなんじゃねーよ」
「さすがの僕も、想定外だよ。……しっかし君、隣でこんな可愛い子が寝てるのに何もしないで寝ちゃうの? 据え膳食わぬは男の恥って言葉知ってる?」
「うるせーよ」
こいつは何をしに来た?
また俺をからかいに来たのか?
「っていうか、ほんと何の用だよ? わざわざ俺を起こすような用なの? 俺の貴重な睡眠時間を奪うなよ、疲れてるんだから」
「それは大丈夫さ。君の肉体は今、間違いなく眠っている。僕は今、君の精神と会話してるんだ」
夢枕に立つ、というやつか?
それとも神のお告げ的な何かか?
どちらにせよ、体は眠っていても、精神が起きているんじゃ意味がない。
「まあ、何でもいいよ。とにかく用があるなら早く言え。そして俺を寝かせろ」
すると神は肩をすくめる。
「せっかちさんだね、恵太君は。あんまり早いと女の子に嫌われるよ?」
こいつ本当にぶん殴ってやろうか。
そう思い始めた頃、神は人差し指を立てながら近づいてきた。
「君に一つ、言い忘れたことがあってね」
「……だから何だよ。重要なことなんだろうな?」
「うん。君に授けた能力について。知らないと困るかなと思ってね」
当たり前だ!
とりあえず一日過ごしてみたが、差し当たって何か特殊能力に目覚めたような自覚症状はない。
強いて言えば、異世界に来たはずなのに、なぜか言葉が通じていることくらいだ。
明らかに日本語じゃない言葉を理解できるし、俺自身が喋る言葉も異世界語だ。
「あ、言っておくけど、言葉が理解できるのは能力じゃないよ。翻訳機能は本当のオマケ」
こいつ、俺の心を読みやがった!?
「君の能力、スキルは3Dプリンターだよ。金属限定だけどね」
「なんだそりゃ?」
「君が頭で思い描く物体を、金属で具現化する能力さ。後で試してみるといい」
「いまいちよく分からないな」
「簡単に言えば、君が思ったとおりの形の、鉄の塊が作り出せるって事さ」
……なるほど。
分かったような、分からないような。
「最初は簡単な形のものから練習するといいよ。あんまり複雑な形だと、結構大変だから」
ということは、この能力を使えば道具の類いには困らない、ということか。
「あと、素材は金属なら何でも使えるよ。金、銀、銅、鉄、アルミニウム。それこそ何でも。水銀だけは液体だから、たぶん失敗するけど」
とりあえず実際にどんなものなのか、やってみないとこの能力の真価は分からないだろうな。
「使い方は? どうやれば発動できる?」
「簡単さ」
そう言って神は手を叩く。
「頭の中に、欲しい形を思い描く。できるだけ忠実に。で、念じながら手を叩けばいいのさ」
「どれ」
試しにやってみる。
特に何も思いつかなかったので、鉄のサイコロを思い浮かべる。
そしてパチンと手を叩く。
「……何も起こらないぞ?」
「そりゃそうさ。ここはあくまで、君の夢の中。明日目が覚めたらやってみな」
それだけ言うと、昨日と同じように神の体が光り始める。
あ、こいつまた言いたいことだけ言って逃げる気だ!
神にはまだ、聞きたいことがいくつかある。
とにかく逃がすまい、と俺は神に飛びかかった。
しかし神に手が届くかどうかの距離で、俺の視界はホワイトアウトする。
何かにしがみついた感覚はあるのだが、けれど意識は再度、眠りに戻る。
鳥の鳴き声で目が覚める。
まるで、悪い夢を見ていたような、そんな目覚めだ。
目も開けず、ぼんやりと鳥の囀りを聞く。
くそ、神の奴また逃がした。
確かに捕まえた手応えはあったのに。
そう思い、腕に力を入れる。
すると、思いのほか、何かを掴んでいる手応えがあった。
むしろ、抱きしめている感覚がある。
その何かは、俺が抱きしめる腕に力を入れると、ぴくんと震えた。
とても柔らかくて、いい匂いがする。
……ん?
むにむに、とその感触を楽しみながら、昨夜寝る前に、俺の側にそんな柔らかいものがあったかどうかを考え、俺はフリーズした。
……あれ、これはもしかすると。
はっと目を開けると、至近距離のエリーと目が合う。
「あっ、あのっ……、そのっ……、私たち、まだ昨日知り合ったばっかりだし……、私まだ心の準備が……」
涙目で顔を真っ赤にしたエリーを、俺はしっかりと抱きしめていた。
「うわあっ! いやっ……、違う! 別にそんなつもりじゃなくて!」
思わず飛び起き、一歩下がる。
お互いの姿が認識できる距離まで離れると、二人とも薄着で寝ていたせいか、かなり着崩れていたことが分かった。
「ケータ、思ったより大胆というか……」
あれ、俺やっちゃってる!? やらかしちゃってる!?
内心かなり焦りながらも、自分自身と、肩を抱きながら震えているエリーの姿を再確認。
うん、だいぶはだけてはいるが、けれど最低限は服を着ている。
……大丈夫大丈夫。
全く根拠はないが。
とりあえず見つめ合ったまま、やや気まずい空気が流れる。
そしてそれを誤魔化すように、一言。
「……とりあえず、おはよう」
「……うん、おはよ」
このままいても仕方がないので、お互い無言で、衣服の乱れを直す。
たぶん寝相が悪かっただけ、だよな?
そう思い込むことにしよう。
腕の中に、しっかりとエリーの感触と体温が残っているけれど。
とりあえず着替え、朝食にする。
レストランスペースまで赴くと、昨夜より圧倒的に人数が少ない。
おそらく俺たちよりも早く起きて、そして既に旅路にいるのだろう。
昨夜真っ先に歌い出した、三人組の顔が浮かぶ。
そして、あのメロディーも。
またここに舞い戻る人もいれば、二度と帰らない人もいるだろう。
ここは、そういう場所なのだ。
俺は果たして、どちらになるのか。
そもそも今後のことは何も決まっていない。
せめて、宿代のお礼をするため、一度くらいは戻って来れるといいけれど。
そんな事を考えていると、マスターが朝食を運んでくれた。
昨夜とは少し違うパンと、ウインナーによく似た加工肉、そしてスープ。
「お昼ごはんは大したものないから、今の内にいっぱい食べておいてね」
とはエリーの談だ。
駅で提供される食事は旅人たちの糧なのだろうが、けれどそれ以外の場所では、たとえば昼食や野宿をするときには、どんな食事をするのだろう。
そんな事をぼんやり考えながら、硬いパンをスープに浸して食べる。
その間、エリーと他愛もない会話をするが、やはり先ほどの気まずさから、なんとなくぎこちない。
気まずい。
何が気まずいって、エリーが明確に拒否しなかったことだ。
あからさまに拒絶的な反応をされれば、それはそれで傷つくが、けれどまだ諦めもつく。
しかし、エリーは突然のことに驚くだけで、拒絶はしなかった。
つまりそれは、順番さえ守れば嫌じゃない、ということで。
そんな事を考えると、やはり平常心ではいられなかった。
あまりのんびりもできないので、朝食を済ますと、すぐに出発の仕度をすることにした。
といっても、エリーは必要最低限、そして俺は手ぶらなので、大して時間も掛からない。
とにかく、マスターに礼だけはしっかり伝えておく。
「昨夜はありがとうございました。いつか、必ずお礼をしに帰ってきます」
するとマスターは、やはり豪快に笑う。
「殊勝なこと言いなさんな! 細かいこと気にしないで、旅を続けな!」
きっとこのマスターは、商売でここにいる、というより、旅人を見守るためにここにいるのだろう。
マスターの優しさに、思わず涙ぐむ。
「そういやあんた、金が無いんだったな。本当なら、少しくらい貸してやってもいいんだが、あいにく俺らも生活がギリギリでな」
「気持ちだけ受け取ります。そこまでしてもらったら、本当に悪いですよ。クレーバーの町に着いたら、何か仕事を探します」
「そうか、達者でな。エリーが一緒なら心配は無いが、旅の無事を祈ってるぜ」
そう言い、マスターは快活に笑った。
会計を済ますと、エリーは手早く厩舎に向かった。ハルとウララを迎えに行ったのだ。
エリーが馬車の準備をしている間に、神が言っていた能力を試してみることにする。
念のため、人に見られないように建物の裏手にまわる。
「念じながら手を叩くんだっけ」
やはり特にこれと言ってほしい物体も無かったので、適当に立方体を思い描く。
そして、手を叩いた。
「おお」
すると手を叩いた合わせ目がまばゆく光る。
ゆっくりと手を開くと、五センチ四方の鉄の塊が地面に転がる。
拾い上げると、思っていたより重量感がある。
だいたい俺の想像通り、成功だ。
面も磨き込んだように平面で、辺も綺麗にエッジが立っている。
続いて、球体を作ってみる。
パチン、と手を叩くと、やはり手が光り、直径五センチのきれいな鉄の玉が出現した。
正確に計測することはできないが、けれど見事なまでの真円を描いているようだ。
「これ、使い方次第ではすごい便利なんじゃ……?」
他にも色々試そうかと思っていたところで、エリーの呼ぶ声が聞こえた。
「ケータ、どこ行ったの? そろそろ出発するよ」
他の素材や、もっと複雑な形状も試してみたかったのだが、仕方がない。それは後にしよう。
「待って、今行く!」
言いながら、今作った二つの鉄の塊をどうしようか考え、持って行くことにした。
ここに置き去りにしても、後で困ったことになるかも知れない。
俺には未だ、この世界観が掴めていない。
もし、鉄製品が極めて珍しい世界なのだとしたら、うかつなことはできない。
能力のことはできるだけ秘密にしておいた方が得策だろう。
建物の表に戻ると、既にエリーは馬車に乗って待っていた。
もちろん、ハルとウララは馬車に繋がれている。
「お待たせ」
「じゃあ、出発するわよ」
俺が荷台に乗るのを確認すると、エリーが手綱を引き、ハルとウララが揃って歩み始める。
空を見上げると、太陽はだいぶ昇っていた。
「出発が遅くなったから、クレーバーに着くのは夜になっちゃうかも」
エリーはそう言うが、決してハルとウララを急がせることは無かった。
馬車を繋いでいるのだから、無理をさせると馬に負担が掛かるのだろう。
それだけ、エリーは馬を大切にしているということか。
ゴトゴトと揺れる馬車の振動に合わせて、エリーのポニーテールもピョコピョコ揺れる。
ぼんやりとそれを眺めながら、馬車の旅は続く。
「なあエリー、クレーバーで何か仕事ないかな?」
「んー? まあ、何かしらあると思うけど。ケータはどんな事したいの?」
「特にこれといってないけど」
これは嘘だ。
本当は俺は、元の世界で鉄道員になりたかった。
しかしこの世界では、それは叶わぬ夢だろう。
鉄道員になれないのだとすれば、今の俺には何をしたいのか、見当もつかない。
「なら、選ばなければ仕事なんてすぐ見つかるわよ」
そして、少し間を空けて続ける。
「……もしケータが嫌じゃなかったら、私と一緒に仕事する?」
思わず吹き出してしまった。
そしてエリーも顔を赤くして、すぐに自身の発言を取り消す。
「あー、でも私の仕事手伝っても大した稼ぎにならないから。……うん、やっぱり他の仕事探した方がいいわね」
しかし俺は、それもありかな、と思った。
異世界で、エリーと二人で行商をしながら世界をまわる、というのも悪くない。
一緒に馬車でのんびりと、隣の町から隣の町へ。
そして今朝のような、もしくはそれ以上のハプニングが、起こったり起こらなかったり……。
そんな妄想に浸ってみたが、今は現実が大切だ。
当面の間はクレーバーに拠点を置いて、金を貯める必要があるだろう。
それに今エリーがやっている仕事を二人でやったとして、単純に儲けが半分になるだけだ。それではエリーに申し訳ない。
「まあ、私にも心当たりがあるから、心配しないで」
エリーのことだ、きっとクレーバーの町で、取引先で求人がある場所を知っているのだろう。
そこまで甘えてしまっていいのか、という気持ちもあるが、けれどこの世界で、俺が今頼れるのはエリーだけだ。
それにエリーの紹介なら、またいつでもエリーに会えるということだし。