『駅』へ行こう!
荷馬車に揺られてしばらく走ると、俺が寝ていた場所が街道のど真ん中だったと分かる。
何だかんだ、かなりの頻度で馬車や旅人とすれ違うのだ。
ということは、俺がエリーに拾われたのは奇跡に近い偶然だったのだろう。
中にはエリーの知り合いらしい人もいて、そのたびにエリーは軽く挨拶したり、先の様子を話したりしている。
そして、そうした人たちは必ず荷台の俺を見つけて、エリーをからかうのだ。
「よお、エリーちゃん。今日は男連れかい?」
「やーね、たまたま行き倒れの人を助けただけよ」
やや赤面しながら答えるエリー。
そんな様子を、やはり赤面しながら眺める俺。
俺自身は今のところ、正真正銘エリーのお荷物なので、黙ってはにかむことしかできない。
「私もそろそろ結婚してもいい歳だから、割とからかわれるのよね」
すれ違った馬車が見えなくなったころ、エリーがぽつりと言う。
「エリーの国だと、何歳くらいで結婚するんだ?」
「そうね、大体二十歳までには結婚しちゃうかな。早い子だと、十五くらい」
なるほど。すると十七歳の俺も、この世界だと充分結婚適齢期ということか。
「私、十六だから、まだ早いかなって思うんだけどね。それに、今は仕事してる方が楽しいし」
そう言いながら、エリーは笑った。
「エリーの仕事って、具体的に何をしてるの? 商人って言ってたけど」
「うん、まだ見習いだけどね。クレーバーからウバル鉱山まで、ちょっとした生活雑貨を運ぶの。で、今はその帰り」
なるほど、それで荷物が少ないのか。
しかし、薄々感づいてはいるが、この世界では町と町とはかなり距離が離れているようだ。
おそらくそのウバル鉱山とやらから一番近い町が、今俺達が目指しているクレーバーという町なのだろう。
ここまでの道のりも、完全に一本道だった。そしてその間、人間が生活している様子はなかった。
「そうだ。これから行くクレーバーって町は、どんな場所なんだ?」
俺の問いに、エリーは前を向いたまま答える。
「そんなに大きい町じゃないけど、港町よ」
港町か。だとすれば、人の出入りも多いだろうから、俺みたいな流れ者がうろうろしてても不自然ではないだろうし、情報も手に入れやすいかもしれない。
「そして、私の生まれた町」
そしてエリーは振り返って、にっ、と笑顔を見せる。
たぶん、エリーは自分の生まれ故郷を誇りに思っているんだろう。そこを外国人である俺に紹介できるのが、嬉しいんだ。
「へー。楽しみだな。じゃあエリーの家もあるんだよね?」
「うん。なんなら寄ってく?」
いきなりとんでもないことを言い出す。
旅の道中、偶然知り合っただけの男をいきなり家に招待するなんて。
この世界では普通の事なのか?
そうでなくても、今日は泊りがけだというのに。
「いやいや、いきなり家にお邪魔するのは気が引けるというか、なんというか……」
「んー、……でもケータ、お金ないんでしょ? だったら泊まる場所もないんじゃない?」
確かにそうなのだが……。え、しかもこの子、いきなり俺を家に泊めてくれるつもりだったの?
「そりゃあまあ、そうなんだけど。そこまで世話になるのは悪いよ」
「気にしない気にしない! まあ、無理にとは言わないけどね。道中長いから、着くまでに考えといてよ」
楽しそうに話すエリーの背中を、ドキドキしながら眺める俺。
とりあえず話題を変えて落ち着こう。
「ところで、この国は比較的平和な感じなのかな?」
これも、行きかう馬車や旅人を眺めて思ったことだ。
長い時間を旅するにしては、武器を携帯した人や、護衛の同行した馬車は見かけなかった。
山賊の類は出ないと言っていたが、けれど異世界ならば、魔物の一匹くらい出てきても不思議ではないのだが。
「うーん、まあ平和ね。少なくとも、私が一人で旅できるくらいには」
そういうエリー自身も、護身用の武器らしいものは持っていない。
もしかすると、ナイフくらいは持っているのかもしれないけれど。
「百年くらい前までは、魔物と戦争したりしてたらしいけど」
「……そうなんだ」
その時代じゃなくてよかった。
「この国の伝説知ってる?」
知ってる訳がない。
「昔、異世界から来た勇者が、不思議な力で魔物に立ち向かって、この世界に平和が訪れた、って話なんだけど」
よくあるネット小説の触れ込みみたいだ。
……ん? 異世界から勇者が来た?
少し考えてから、恐る恐る切り出してみる。
「……なあ、エリー。実は俺も、異世界から来たんだ」
するとエリーのリアクションは、あっけらかんとしていた。
「あら、そうなの」
あれ?
「ケータ、面白いこと言うのね」
ギャグで言ったつもりはないのだが。
けれどまあ、やっぱりいきなり異世界から来たと言って、信じてもらえるわけがない。
冗談だと思ってもらえたのなら、かえってその方がいいか。
そういえば、神は俺に、何やら能力を与えるようなことを言っていた。
しかし、今のところそれがどんな能力なのかを知らない。もちろん使い方も。
役に立つとは言っていたが、あの神の事だ、とんでもなく使えない能力かもしれない。
「まあ、私にしてみれば、遠い外国なんて異世界みたいなものだけどね」
確かに、異なる世界、という意味では間違いないだろう。
海外旅行などしたことのない俺からしても、外国は異世界と同義だ。
「行ってみたいなー、遠い国」
「やっぱり、遠い国って憧れる?」
「うん。だから私、商人になりたかったの。そうすれば、遠い国まで行けるかもしれないし」
なるほど。ということは、やはりこの世界では旅行自体が珍しい事なのだろう。
考えてみれば、こうやって馬車でえっちらおっちら移動しているのだ。そして、隣の町までがえらく遠い。
とすれば、大体の人が旅行なんて考えもしないのだろう。
「でも、やっぱり外国って遠いわ。クレーバーからウバルだって、二日かかるのに」
ここで、俺に一つ疑問が沸いた。
エリーは駅で一泊するといった。
そして、クレーバーからウバルまで二日かかるということは、駅は丁度、中間くらいの場所にあるのだろう。
なら、なぜクレーバーから駅まで鉄道で荷物を運ぶ、ということをしないのか。
おそらくこの辺りには他の町もなさそうなので、鉄道が通っているのならクレーバーを経由しそうなものなのだが。
だんだん、嫌な予感がしてくる。
可能性を考えよう。
まず、鉄道はクレーバーとウバルを結ぶ街道を、ちょうど中間で縦断するルートを通っている。だからクレーバーもウバルも通らない。
もしくは、クレーバーから中間地点まで線路はあって、そこからウバルまでが工事中。荷物を積み替えるのが面倒だから、全行程を馬車で移動している。
そして最後の可能性。
これは考えたくないが、けれど一番間違いない気がしてならない。
どちらにしろ、そろそろ日没だ。
ということは、確実に俺たちは駅に近づいている。
そうすれば嫌でも答えが分かる。
それまでは考えないようにしよう。
薄暗くなり始めた空に、星がまばらに光り始める。
なんとなくそれを眺め、見知った星座を探そうとするが、けれどそれは見つからなかった。
見える星が少ないのではっきりとは言えないが、そもそも星の配列自体が違うのだろう。
道は川にでも近づいたのか、さらさらと流れる水音が聞こえてくる。そして道沿いの樹木も増えてきた。
「ケータ、そろそろ着くわよ!」
エリーに言われて前方を見れば、薄暗くなり始めた先に、ぼんやりとした人工の光が見えた。
さて、これで俺の推測の答えが出る。
どうか、俺の期待する『駅』でありますように。
神に祈ろうかと思い、祈るべき神の顔を思い出して止めた。
そして光の塊に近づくにつれ、俺のわずかな希望は崩れていった。
「どうしたの、ケータ。駅、楽しみだったんじゃないの?」
そう言いながらエリーは、馬車を駅の前に停める。
そして手慣れたように馬車から馬を切り離し、二頭の馬、ハルとウララを厩舎へと連れて行った。
「……うん、駅には違いなんだろうな、駅には」
現代日本人からすれば、『駅』という言葉からは鉄道駅のみを連想するだろう。
それは当然のことだが、けれど日本には、鉄道が開業する以前から『駅』という言葉があった。
では、『駅』とは元々何だったのかと言えば、『宿場』の事だ。
その昔、徒歩で旅をしていた時代には、長距離の移動の際には宿場から次の宿場を目指し、そこで休息をとっていた。
そして早馬や飛脚は、宿場に着くと次の馬に乗り換えて、もしくは次の飛脚に荷物を引き継いで、移動時間の短縮をしていた。
だから『駅』という字には『馬』が入っているし、長距離のたすきリレーを『駅伝』という。
海外では、『駅』ごとに馬を繋ぎかえ、馬の休息時間を短縮して運行していた『駅馬車』というものもあった。
俺の目の前にあるのは、古来からある本来の『駅』だ。
木造の三階建てで、それなりの大きさがある。一階はフロントと飲食スペースになっていて、おそらく上は宿泊施設なのだろう。
建物の脇には、大きめの厩舎がある。その周りには、他の商人や旅人が乗ってきたのだろう、馬車が駐車してある。
そしてそれ以外は、裏手に流れる川以外、何もなかった。
線路も、プラットホームも、列車も。
残念ながら、ここは俺が求めていた『駅』ではなかった。
思わず膝から崩れ落ちる。
嫌な予感は早くも的中した。
「どうしたの、ケータ。何かあった?」
厩舎から戻ってきたエリーが、俺のもとに駆け寄ってくる。
「……いや、大丈夫。駅に着いたのが嬉しくて」
明らかに嬉しそうではない俺の姿に、エリーが首をかしげる。
「……ところでエリー。つかぬことを聞くけど、『鉄道』って言葉、知ってる?」
「『テツドー』? なにそれ、聞いたことない」
エリーのその一言が、俺の最後の希望を木っ端みじんに打ち砕いた。
そっかー、知らないか、鉄道。
そうだよね、やっぱり無いんですね、この世界に鉄道は。
アフロ神め……。
「まあ、何でもいいわ。とにかく中に入りましょ。お腹すいたでしょ?」
……そうだ、あまりの衝撃に忘れかけていた。
俺は今夜、エリーとお泊まりだったんだ。
ショックを受けている場合じゃないぞ。
「あー、でも俺、金ないから」
「大丈夫よ、ケータの分くらい出してあげる。それに、ここならそんな心配いらないと思う」
そう言いながらエリーは俺を引きずって建物へと入っていく。
「よお、エリー。いらっしゃい」
中に入ると、威勢のいい中年男性が出迎えてくれた。
「こんばんは、マスター!」
マスターと呼ばれた男は、手を挙げて俺達を招き入れた。
どうやらエリーとは旧知の中らしい。
「おや、今日は一人じゃないのかい?」
「ええ。行き倒れてたところを助けたの。異国から来た旅人さんよ」
「ほー。そいつは歓迎しなきゃな。……と言いたいところだが、あいにく今日は満室でな。相部屋になっちまうがいいか?」
少し考えてから、エリーが答える。
「まあ、私は構わないけど。ケータ、私と相部屋でもいい?」
いいか悪いかと聞かれても、俺に決定権はない。
「エリーがいいなら。金持ってないから、文句言えないし」
するとマスターは俺の事情を察したのか、豪快に笑う。
「なんでぇ、兄ちゃん。そういうことなら早く言いな! 金の事なら心配すんな! 今夜は俺のおごりで、腹いっぱい食わせてやるって!」
そしてエリーが、俺にウインクした。
「ね? 言ったでしょ」