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鉄オタ、死んじゃいました

 深淵のように深い深い眠りから、意識が浮かび上がる。しかしそれでも、瞼は重い。

 次第にはっきりしてくる意識の中で、俺に語りかけてくる軽薄な声が、耳障りで鬱陶しい。


「ん……、あと五分……」


「ありゃま、君は死んじゃってるのにまだ寝たいって言うのかい?」


 いまいち何を言っているのかは理解できないが、けれど聞き捨てならないことを言われた気がした。


「死……んだ……?」


「ああそうさ、後藤恵太君。残念ながら、君は死んじゃいました!」


 いやいや、そんな明るく言われましても……。

 それよりも、俺が死んだだって?

 思わず目を開く。

 そこは、一面が光輝く、不思議な空間だった。見渡す限り、すべてが柔らかい光に包まれている。そもそもここが屋外なのか、屋内なのか、それどころか上下すら分からない。自分自身が浮いているような錯覚にとらわれる。そして、光っているだけで何もない。ただただ光っている。

 やや離れたところに、その男は座っていた。いや、座っているのかすら定かではない。なぜなら、その男は腰掛ける姿勢をしているものの、けれどそこには椅子らしきものは見当たらない。まるで、空中で腰掛ける姿勢のまま、浮いているようだ。


「……あんた、何者だ?」


 俺は頭を抱えながら、起き上がる。立ち上がったつもりだが、けれど空間をうまく認識できていないので、二本の足で地面をとらえた感覚はない。

 男はそんな俺の様子を眺めながら、にやり、と笑った。


「どーも! 神でーす!」


 …………神?

 いやいや、どう考えてもこいつが神の訳がない。

 どこの世界に、アフロヘアー、サングラス、アロハシャツ、ビーチサンダル姿の神がいるっていうんだ?

 いくら何でも、胡散臭すぎる。


「あ、その顔は疑ってるね? 僕はね、信じる者しか救わないよ?」


 そう言い、自称神はにやにやと笑いながら立ち上がった。


「まあ、信じてもらえなくても僕は全然構わないんだけどね」


 オーバーアクションに両手を広げながら、自称神は俺に近づいてくる。

 こんな軽薄な男を神だと信じるほど、俺も馬鹿ではない。

 でも。

 時間が経つにつれ、記憶が少しずつ蘇ってくる。


 駅のホーム。女の子。走る俺。


「それでも君、死んじゃったって自覚、あるでしょ?」


 そして俺の目の前に立った神とやらは、俺の両肩に手を置いた。


「ほら、思い出してごらん」


 迫る電車。響く警笛。浮遊感。


 達成感。最後に見た顔。そして、衝撃。


 そうだ。

 俺はあの時、死んだ。




 鉄道マニア、特に撮り鉄と呼ばれる俺は、カメラを担いで電車の撮影をしていた。

 高校でも、鉄道研究部に所属している。

 とある駅のホームで、今月いっぱいで廃車になる目当ての電車が通過する時刻を待つ。


 さて、間もなくだとファインダーを覗いてみると、ホームの端にふらふらと立っている女の子の姿が目に入った。中学生くらいだろうか。学校の制服を着ていた。

 邪魔だな、と思ったが、虚ろな立ち姿に、俺は瞬時に自殺志願者を連想した。

 この駅はホームの手前で線路がカーブしているため、絶好の撮影スポットなのだ。しかしそれと同時に、自殺の名所でもある。通過する列車の運転士からは、ホームがよく見えないのが原因だろう。


 思うが先か、俺の身体は自然に動いていた。

 別に見ず知らずの人間を助ける道理なんてないし、強い正義感を持って生まれた覚えもない。けれど目の前で人が死ぬところを見たくなかったんだろう。


 遠くから、レールの響きが迫ってくる。

 機械音声のアナウンスが、電車の接近を警告している。


「おい、危ないぞ!」


 距離にすれば、せいぜい十メートルもないだろう。気が付くと、俺は女の子に向かって走っていた。

 カーブの先から電車が姿を現す。この駅には急行は止まらない。通過する列車は、速度を落とすことなく迫ってくる。


 そして次の瞬間、女の子の上体が線路に向かって投げ出された。

 あと少し。手を伸ばせば届きそうな距離だ。

 久しぶりの全力疾走に息を切らす間もなく、大きく腕を伸ばす。セーラー服の襟首を掴み、そのまま後ろに引っ張った。


 そして。


 その反動で、僕はそのまま飛び出してしまったのだ。

 線路に向かって。

 警笛が鳴る。

 ホーム上では、女の子が尻もちをついていた。

 ちらり、とその子の顔が見えた。かわいい子だった。驚いたような、絶望したような、許しを請うような、そんな表情をしていた。


 ああ、良かった。助けられたんだ。

 そう思う間もなく、僕の身体は、数十トンの鉄の塊に砕かれた。




 間違いなく、僕はあの時に死んだ。

 はずだ。


「いやー、良かった良かった。ちゃんと死んだ事、理解しててくれたんだね。結構多いんだよ、自分が死んだって事も分かってない、可哀想な人。特に事故死した人に多いね。訳分からない内に、トラックに轢かれてましたとかさ」


 そんな事をあっけらかんと言われましても。


「え、待てよ。俺が死んだってことは、ここは死後の世界で、やっぱりあんた神様なの?」


「だから神だってさっきから言ってるじゃないか。随分と疑り深いんだね、君は」


 くり返すが、こんな怪しいオッサンが神だなんて到底信じられる訳がない。

 けれど俺には、死んだという記憶がある。つまりここは、ほぼ間違いなく死後の世界だ。

 だとすれば、これは信じるに値する証拠なのだろう。

 認めたくはないが、こいつは神だ。残念ながら。

 目の前に立つこのいかにも軽薄で、胡散臭い男が神だという事実に笑いがこみあげてくる。


「うわー、神様ってこんなインチキ臭いオッサンなんだ。ってことは、神に祈ってる人たちって、このオッサンにお祈りしてる訳?」


「……神をも恐れぬって、君みたいな人間を言うんだね」


 呆れたように神は首を振ったが、けれど本物の神がこの見た目だと知れば、大概の人間は同じようなリアクションをするだろう。

 これがもっと神らしい見た目をしていれば、俺だってそれなりの対応をしただろう。


「いや、だってこの見た目で神です、なんて言われてもね。今まで死んだ人は、こんな反応しなかったの?」


「死んだからって僕に会える人間は、そんなに多くはないんだよ。滅多にいない。だから君は、運がいいともいえるね」


「そうなの?」


「ああ。大抵の人間は、死んでもここには来ないよ。速攻で輪廻転生するか、楽園に行くかどっちかだね」


 とすれば、なぜ俺はこのアフロ神の前にいるのだ?

 するとアフロ神は、人差し指を立てながら、なぜか得意げに話し始める。


「君の場合はね、特別というか例外かな。君が死ぬのは、僕の予定にはなかった。つまり、君は死ぬ運命じゃなかったんだよ」


「はあ、運命ね」


「ああ。本当なら、運命ってやつはそう簡単に変えられないの。特に、生死に関わるような重大なことは」


「でも俺は、運命に逆らって死んだんだろ?」


 そして、立てていた人差し指を、ぴっと俺の方に向ける。

 こいつ、人を指さすなって教わらなかったのか。


「そう! 君は運命を変えてしまった。例外中の例外だよ」


 そして、にやり、と笑う。


「ま、とにかく君は、死ぬ予定じゃなかった。でも死んでしまった。さてこれからどうしましょうか、って事なんだけどね」


「ちなみに、俺の本当の運命ってやつは、どうなる予定だったんだよ?」


「あら、それ聞いちゃう? 世の中にはね、知らない方がいい事もあるんだよ?」


「なにその言い方、むしろ気になる。それにどうせ、もう死んでるんだから、知ったところでどうにもならないじゃん」


 神は意味ありげに、一呼吸置いた。

 随分ともったいぶるな。

 そして言葉とは裏腹に、嬉しそうに話し始める。


「仕方ない、そんなに知りたいなら教えてあげるよ。……えーっと、君は目の前で人身事故を目撃してしまい、それが原因でPTSDを発症しちゃうんだ。それで、大好きな撮り鉄に出掛けても、カメラを構えるとあの日の光景が蘇ってしまう。趣味にも打ち込めなくなった君は、どんどんふさぎ込んで、学校にも行かずに引きこもり。進学も就職もしないで、最終的には」


「分かったそれ以上喋るなクソアフロ」


 強い口調で制止する。

 ろくな運命じゃねえ!?

 え、何、俺ってそんなひどい人生を歩む予定だったの?


「だから知らない方がいいって言ったじゃん」


 なんだこのオッサン、俺をからかって遊んでるのか?


「とにかく、クソみたいな人生を送る予定だった君が、運命を捻じ曲げてまで最期に人の命を救うっていう最大級の善行をした。その事実は変わらないからね。神様として、仕方ないから君にプレゼントをすることにしたんだよ」


「プレゼントだと?」


 どうやらこのアフロ野郎は、俺をおちょくっているようだ。

 この様子では、プレゼントとやらもろくなものではないだろう。

 もしかすると、なんだかんだ言いつつ、俺を地獄にでも落とすつもりかもしれない。


「後藤恵太君。君には違う世界で、新しい人生を歩んでもらうよ。そっちで余生を過ごすといい。定年退職後に、南の島に移住する気分で」


「それはさっき言ってた、輪廻転生ってやつ?」


「んー、それとはちょっと違う」


 神は眉間にしわを寄せ、少し困ったような顔をする。


「普通は転生した後も含めて、未来永劫先までの運命が用意されている。ところが君の場合、もう運命のレールから外れてしまってるんだ。だから、通常の輪廻の輪には入れることができない」


 すると次は、楽しそうに顔をゆがめる。

 ころころと表情の変わるやつだ。


「鉄道好きの君が脱線しちゃうなんてね」


「んなこと楽しそうに言うな」


 やっぱりこいつ、俺を怒らせようとしてる。

 間違いなく。

 もしくは、楽しんでやがる。


「とにかく、君は普通には転生できない。そして天寿を全うしたわけでもないから、楽園にも行けない。だとすると残された道は、運命の呪縛から切り離された君を、元いた世界とは別の世界に放り込むしかなくなっちゃうのさ」


「それは普通の輪廻転生とどう違うんだ?」


 神は右手の人差し指を立てた。


「まず一つ。君はもう、運命にとらわれることはない。自分の運命は、自分で切り開くんだ」


 続いて中指も立てる。


「二つ目。赤ん坊からやり直すわけじゃない。君は今の君のまま、記憶も、知識も、肉体もそのままに異世界に行くことになる」


 そして薬指。


「三つ目。これは特別サービス。君には一つ、特別な能力を与えよう。きっと新しい世界では役に立つはずだ。神様からの餞別だよ」


 つまり俺は人助けの対価として、何やら特殊能力を得て、どうなるとも知れない異世界で生きていかなければならない、と。

 どうにも話がうますぎる。むしろ騙されているような気分だ。

 けれど、もしあのまま元の世界で生きていたとしても、ろくな人生を歩めなかったのだとすれば、それでもいい気がしてきた。

 ひきこもって孤独死するよりかは、マシだろう。

 ほとんどヤケクソだ。


「よーし、分かった。異世界でも何でも来い!」


「お、威勢がいいねえ。それじゃあ早速、新たな世界へご案内、といきましょうか」


 と、その前に俺には一つ気がかりがあった。


「先に聞いておきたいんだけど、俺が行く別の世界ってのはどんな世界なんだ?」


「んー、そうだな。君にも分かりやすく言えば、産業革命前のヨーロッパくらいの文明レベルかな」


 ん? 産業革命前?


「ちょっと待って、そこには鉄道はあるのか!?」


「魔法とか亜人とかはあるよ。あとペスト」


 そう。

 俺にとって重要なことは、そこに鉄道があるかどうかだ。

 鉄道は俺の生きがい。

 三度の飯より鉄道が好きなのだ。

 あのまま生きていれば、鉄道会社に就職したいとも思っていた。


「はぐらかすなよ! 鉄道はあるのか!? まさか無いのか!?」


「いざ! 新たなる世界へ! 少年よ、扉が開くぞ!」


「質問に答えろ!」


 待て!

 そう叫ぶ間もなく、アフロ神の身体が強い閃光を放つ。

 思わず顔を伏せる。

 しかし両腕で目を覆っても網膜に届くような光が、俺の身体を包んだ。


 そして、意識が途絶える。

 眠りに落ちるように。

 いや、逆だ。

 夢から覚めるように。

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