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終わりから始まる傭兵団  作者: mask
プロローグ
2/25

決戦前夜

「いよいよか~」

 小高い丘で鎧に身を包んだ、まだ幼さが残る顔立ちの十八才の少女が空に輝く星空を見て白い息を吐く。

 名はアリステラ。

 彼女は魔王から人間世界を奪還するために選ばれた勇者だった。

 出身は小さな村で十年前に魔王『ボーンロード』の手で直接滅ぼされた。旅人に紛れて逃げて、逃げ続けた。その間、追い縋ってくる骸骨の魔物と戦い、自分に剣術の才能があることを知った。そして長い旅路の果てに王都に辿り着き、彼女は兵士として戦うことを決意した。だが当時十二才だったアリステラが徴兵されることはなく、馬鹿にされて門前払い。それならばと彼女は傭兵団を目指す。名を大事にする王国兵士とは違って実力があるものが生き残れる傭兵業で彼女は活躍した。そして彼女は敬虔な教会の信者でもあった。決まった日には聖堂で祈り、戦場では従軍している神父の前で懺悔した。実力と信仰が国王、教皇両者に認められたアリステラは偶像として勇者の名を得た。だが彼女はただの偶像で終わらなかった。傭兵団を離れて少数精鋭の仲間を募り、戦場へ赴いて勝利を人間世界にもたらした。

 戦い、戦い続け、遂に魔王の居城を辿り着く。

 そして今は人間世界の全軍をもって魔王の居城を包囲していた。人間族、獣人族、森精族、土精族、鬼人族、魔人族の軍勢、その数は二十万を超えているだろう。

「アリステラ様。明日は決戦です。そろそろ身体を休めては?」

 声をかけたのはアリステラ勇者一行の一人である人間族の騎士ーーデラント。長身で整えられた金髪、いつも仏頂面の彼は正義感が強く、腕も立つがプライドが高いのが傷であり、アリステラに崇拝に似た感情で接しているため彼女は苦手だった。

「そうだね」

 アリステラはデラントに苦笑すると天幕郡に向かう。

「アリステラ様、そちらは穢らわしい傭兵たちの天幕です。近付かない方がよろしいかと」

 まただ、とアリステラは溜め息を吐く。貴族出身のデラントは傭兵たちを毛嫌いしている。今までも数度、戦場で顔を会わせれば罵詈雑言を吐き捨て傭兵たちと刃傷沙汰になっている。最近はアリステラが戒めたおかげで嫌悪感のある表情でガンを飛ばすだけに収まってはいるが。

「友達に用事があるんだ」

「友人は選んだ方がよろしいかと思います。奴らは金で動く守銭奴で野蛮人です」

「私も元だけど傭兵だよ」

「それは過去の話でありましょう。あなた様は今は人間世界の英雄なのですから」

「……いくら君でも私の交遊関係に口出ししないでね。さすがに怒るよ」

 不機嫌そうにアリステラが睨むとデラントは慇懃無礼の一礼で謝罪して去っていった。

「まったくデラントには困ったよ」

 彼には頭を悩ませざるを得ないアリステラ。彼のことは後で考えることとして今は幼馴染みのことを思うことにする。

「よう! 勇者様。こんなむさ苦しいところに何の様だ?」

 笑って迎えてくれる知り合いの傭兵たち。

「〈巨人(ジャイアント)〉の場所知ってる?」

 〈巨人〉とは幼馴染みの二つ名だ。傭兵たちにはこれで通じる。

「ああ。アイツなら自分の天幕の前で鍋をかき混ぜていたぜ」

「ありがとう。明日も一緒に頑張ろうね」

 傭兵たちに手を振り、幼馴染みの天幕を探す。彼の旗は赤地に交差する二振りの剣。常に戦いを求めると意味だ。ほら居た。

「ギル、今一人?」

 アリステラが声をかけたのはぐつぐつ煮える鍋を見つめている人前では絶対に外さない全身甲冑の人物。彼こそがアリステラと同じ村の出身で幼馴染みのギルだった。立ち上がれば大人の熊ほどある彼だが丸太に腰掛けてボーッとしていると、つい笑みが溢れる。アリステラは彼の隣に腰を下ろす。

「アリスちゃん、来てたの?」

 声は大人なのに自分を幼少の頃からの名前で呼んでくれるギルにアリステラはまた笑ってしまう。

「ああ。今来たばかりだよ。他の皆は?」

「別のお仕事してる。今日は僕が料理当番」

 他の皆とはギルが所属している『烈火の獅子』傭兵団のメンバーであり、アリステラも前はメンバーだった。今では大きく数を減らしてギルを含めて三人しか居ないが、全盛期は五百人以上の大所帯だったらしい。その理由は団長であった女性が姿をくらましたためだった。彼女はがさつで大胆な性格だったが、団員から信頼され、慕われ、最強の傭兵だった。彼女が居た『烈火の獅子』は幾つもの伝説を作り、その戦力は万の軍隊にも劣らなかった。だが彼女を失って『烈火の獅子』は誰も団長の座を引き継がずに空中分解。自然消滅へと向かっていた。誰も彼も存在意義を見失っていた。彼女はそれほどまでに偉大な存在だったのだ。

「およ? アリステラじゃん! 元気だった?」

 天幕から出てきたのはアリステラと同い年なのに小柄な少女。彼女は土精族のケチャという。土精族の身体的特徴である低身長と子供っぽい性格なのでアリステラからしたら妹のような存在だ。彼女は『烈火の獅子』では一番の新参であり、だが戦闘の実力はアリステラも認めるほどだ。

「ケチャ、仕事終わった?」

「うん! 武器も防具もぜーんぶ手入れしたよ! ご飯まだ~?」

「もうちょっと待ってて。今のうちカルネラ呼んできて」

「えー。カルネラならどっかでサボってるよ。そのうち帰ってくるって」

「皆揃わないとご飯にしないよ」

「え~!?」

 ケチャはぶうぶう文句を言いながらもカルネラを探しに天幕を離れた。

「相変わらずカルネラは遊び呆けて居るのか?」

 カルネラという女性は元は人間族の行商人で『烈火の獅子』と顔を会わせることが多かった。だが、いつの間にかに一緒に行動するようになり、最後には傭兵団のメンバーになっていた。格好は奇抜で黒魔女のとんがり帽子とマントを羽織っている。アリステラたちよりも年上なので敬うべきなのだろうが、消えたと思ったら他の傭兵団と酒を飲んでいるし、気づかぬうちに隣に立っていたと思ったら何か怪しい術で道具を作ってメンバーにくれる神出鬼没の自称錬金術師だ。タメ口でも気にせず、反対に上下関係や束縛を彼女は嫌うのだ。

「それでもカルネラは強いし、彼女の道具で助かったこともある」

「それは分かるよ。でも酒に煙草にギャンブルが好きときたらダメ人間にしか思えない」

「たっだいま~!」

 本人が帰ってきた。アリステラに抱きつく。

「ひっさしぶり~」

「酒臭いよ、カルネラ。今度はどこで飲んできた?」

「さあ。どこかの禿げた公爵さんのところだった気がする」

「……よく首を落とされなかったな。たぶんその人、王族の次くらいに偉い人だぞ」

「その息子さんと騎士でポーカーしたらボロ儲け。何か欲しいのある?」

「別に要らない。資金は十分あるから」

「そ、じゃあその辺で倍にしてくるね!」

「カルネラ、ご飯出来た。遊ぶのは食べた後で」

「じゃあ食べてから行く!」

 ギルの言葉に素直に従うカルネラ。もうどっちが年上か分からない。

 パチリと燃えている薪が小さくはぜる。

「食事にするなら私はもう行くよ」

 アリステラは立ち上がる。

「アリスちゃんの分もあるよ」

 呼び止めたのはギル。

「でも、戻らないと。それに邪魔しちゃ悪い」

「な~に水臭いこと言ってるのよ。例え勇者でも居場所はここで良いじゃない」

「そうそう」

 アリステラの手を引いて座らせるカルネラにケチャも同意する。

「……ありがとう」

 アリステラたちは彼らと過ごす時間が好きだった。彼らは勇者ではなく、アリステラという少女と接してくれるからだ。鍋を囲んでアリステラは『烈火の獅子』と共に一晩を過ごした。

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