襲撃
一週間後、森に人間族の軍勢が侵攻する。その数は約二千。全員が軽甲冑を着ていて森での戦闘に適した兵士たちだった。
そしてその部隊の一部を率いているのは--
「覚悟していてくれ、ギル」
元勇者であり、ギルの幼馴染みのアリステラだった。
「ギル、来るよ」
カルネラの言葉に瞑想していた鎧姿のギルが兜を被る。
鬨の声と地響きを上げながら森の木々の隙間から攻め込んできたのは人間族の兵士、数は百ほどの先遣隊。
「《火球》!」
ヨツバの掌から火の玉が飛び出し、次々と敵を吹き飛ばす。
「怯むな! 相手は三人だけだ!」
「人間族の力を見せてやれ!」
「異端者は皆殺しだ!」
兵士たちは口々に叫んで部隊を鼓舞する。
「舐められたものね」
カルネラは呪文を唱える。
「《朽ち果てし哀れな死者は生者を嗤う》」
ギルたちの後方、異端の村から現れたのは無数の異形たち。腐り、骨と皮、そして目玉や内蔵がドロリと垂れる死体の軍勢。
人間のだけではない。犬や猪、馬や鳥の死体まで蠢く。
「し、死霊術師!?」
さすがの兵士たちも目の前の現実に浮き足立つ。
「おい! あれ!」
兵士の一人が指差した方向。全身甲冑のギルが掲げた旗に兵たちは恐怖する。
「『烈火の獅子』だ!? 伝説の傭兵団だ!?」
「解散したんじゃなかったのかよ!?」
「あの鎧の兵士、一年前に勇者様に倒された魔王の眷族じゃ!?」
恐怖は一気に部隊に伝染した。
「伝令!」
息を切らせた兵士がアリステラの元に跪く。
「先遣隊が壊滅! 第二部隊も圧されています!?」
「敵の数は?」
「三人。ですが、全員化け物です!」
「アリステラ隊、出るぞ!」
アリステラの兵、五百が動いた。
「うわッ!? 助けてくれ!」
「止めろ!?」
「殺さないでくれ!? ぐはッ!」
第二部隊の兵士が次々に惨殺されている。
だが相手は先遣隊の死体たちだ。
「カルネラ、魔力保つの?」
「大丈夫よ。私が居る限り死体は甦って人間を殺し続けるわ!」
カルネラは高らかに嗤う。
カルネラの死霊術の魔法は村に発動していて死ぬと自動で甦る。そして甦った兵士が、今度は生きている兵士を殺す恐怖の連鎖が人間族を追い詰めていた。
「カルネラ、無理しないで。鼻血出てる」
「……分かったわよ」
カルネラは鼻血を拭い、苦笑する。
死体がバタドタと音を発てて本来の姿に戻る。
「少し、寝るわ」
カルネラが膝をつく。
「少し馬車で休んで。ありがとう、カルネラ」
ギルがカルネラを抱える。
「ご主人様、ご命令を」
「ヨツバ、君は僕の家族だ。とても大切で、君には普通の生活を送ってもらいたい」
「はい」
兜で見えないが、ヨツバには分かる。ご主人様は笑ってくれている、と。
だからこそ応えたい。
「全員、皆殺し。情け容赦は要らない」
「分かりました」
ヨツバはギルを見送ると振り返る。
甦る死体という畏怖の敵が消え去り、勢いを取り戻した人間族の兵士たちがヨツバに得物を向ける。
「役目を果たしてみせます、ご主人様」
ヨツバの白い肌に血のように赤い幾何学模様が脈打つ。
「ターゲット確認。殲滅します」
ヨツバが嗤った。
だって人殺しが彼女の存在証明だから。
そして自分の慕う主人に"お願いされたのだから"