秘密の※番外編2
お久しぶりです。
ここからしばらく過去編を書こうかなと思っています。かなりお待たせすることにはなりそうですが( ; ; )
ようやく二人の名前出てきました!
夢を見たからだろうか。
懐かしい昔の夢を。
仕事へ行った旦那さまのいない家が寂しくて、家族の顔が見たくて久しぶりに実家へと顔を出した。
思い出してみれば、私が旦那さまと出会ったのは、随分と昔のことだった。
***
「お母さま、お掃除終わりました〜」
「ありがと〜お洗濯お願いしてもいい〜?」
「はーい」
ほのぼのとした空気の流れているようなまったりとした声だが、家中の人間が慌ただしく動いている。
「お姉さま! お帰りなさいませ〜」
「ただいま〜、エリー」
家事担当の私とは別に、領主としての仕事の少しを担っている姉が帰ってきたことに気づいて、洗濯物を放り出してお迎えに行ってみたり。
お姉さま目当ての貴族の輩を追い払ってみたり。
花壇の整備と称して花冠を作ってみたり。
そんなことばかりをして遊んでいた毎日は、例え貧乏領主などと言われようとも確かに幸せな日々だった。
そんな日々に、変化が起こったのだ。
「エリー、最近ね、泥棒がよく出るらしいの。だからちゃんと気をつけるのよ? 分かったわね?」
「はい、お母さま。行ってらっしゃいませ」
そんな風に言われて一人で留守番することになったのは私が十歳の時だったはず。
お父さまとお母さまは王都へとお仕事に、お姉さまは恋人との秘密の逢瀬に出かけたので夜まで戻ってこない日だった。
「さて、何をしようかしら。お留守番だから家を出ちゃ駄目かな? 駄目よね…」
色々と悩んだ末に私が思いついたことは家中の掃除をすることだった。
これは今も変わらない貧乏性の癖かもしれない。なんでも自分たちでやってきたせいで、暇な時間があると落ち着かないのだ。
いつも以上に家中を綺麗に掃除し、いつもはやらない場所まで手を着けているうちにいつのまにか日が傾き始めていた。
外の妖しげな空に不意にお母様からの忠告を思い出して身震いしたが、何もないと言い聞かせてあと残り少しの掃除に励んだ。
日も傾き風が少しずつ強くなって来た夕暮れ時、しっかりと戸締りをして冷えないように着込んで読書をしていた。
しっかりと戸締りをした、と確認したはずだった。それなのに玄関の方から音が聞こえた。閉めたはずのドアが開く音がした。
そっと本を置いて暴れる心臓を深呼吸で押さえ込んで、掃除部屋の箒を持ってそっと足音を忍ばせて玄関へと向かう。黒い影は少しずつこちらへと近づいてきて、あと数歩のところで勢いよく箒を振り下ろした。黒い影の頭に当たる寸前に受け止められた箒を、めちゃくちゃに振り回す。
「出て行けドロボー‼︎‼︎」
しかしその箒を完全に掴まれて、さらに腕まで掴まれたので嚙みつこうと暴れる私をその黒い影は押さえ込んだ。
「大人しくしてくれ、お嬢様。俺は泥棒じゃない。君の父上に頼まれた騎士だ」
どんなに暴れてもその拘束からは抜け出せず、彼の声にも焦りがない。ゆっくりと諭すように何度も声をかけられてようやく暴れるのをやめた。
「騎士…様?」
「あぁ。証拠ならこれだ」
そう言って見せられた紋章は確かに国の騎士団を示していて、認めざるを得なかったのだけれど。
「父に頼まれたのですか?」
「俺はお嬢様の父上と懇意にさせてもらっていて、その関係で一晩だけ、君の護衛を任された」
「騎士様が…貧乏領主の娘のお守り、ですか?」
「今日は休みだから問題ない。来るのが遅くなって申し訳なかった」
なんだかよく分からなかったが、とりあえず一晩家にいてくれるということなのだろう。
そして彼が泥棒でないことは確認できたので、家に上げないわけにはいかない。
「殴りかかって、ごめんなさい。どうぞ」
羞恥で僅かに赤くなった頬を隠すように客間へと彼を導き、手際よくお茶を淹れると彼の前に置いた。
「お名前を、伺ってもいいですか?」
「ロンバルト・ホークスだ。それと俺は貴族じゃないから丁寧に接してもらわなくてもいい」
「ホークス様、ですね。…貴族だとか貴族じゃないとか関係ありません。私は両親にそうやって教育されています」
「…そうか。そういえば君の父上もそんな人だ」
それからしばらく無言が続いて、目が合ったり逸らしたりを繰り返して少しの時間が経ち、不意に彼が声をかけてきた。
「夕飯はどうする。俺は食べたが君はまだだろう」
「あ…えっと、用意してあります」
「食べないのか?」
「まだ、お腹空いてなくて…」
「…そうか。じゃあ湯浴みでもしたらどうだ。俺がいるから物盗りなどは気にしなくていい」
「…この屋敷に金目の物はもうほとんどありませんから、心配してません」
そう言いながら何だか恥ずかしくて笑って見せた。
泥棒に気をつけろと言われたところで、守るのは家の物なんかじゃなくて所詮自分の身しかないのだから。それも考えてみればこんなお金もない、子供しかいない家など泥棒の方から願い下げだろう。
「そう、ですね…じゃあお風呂に入ってきます。ゆっくりしていてください」
そう言って弾んだ足取りで浴室へ向かうと、一日掃除に励んだ汗を流すべく温かな湯を浴びた。
大人びたふりをして彼と話しているが、見ただけでも6、7歳は離れているだろう人と喋る機会なんて今まで無かったから変に気を使う。きっと彼もこんな年下の子どもと接する機会がないだろう。
彼も10代に違いはないだろうが、実際年齢は幾つなのだろうか。騎士で10代ということはまだなったばかりと言ってもいい年頃、それなのに彼の醸す落ち着いた雰囲気はなんなのだろうか。ついほっとして色々と話したくなる人だ。
「はぁ〜…疲れちゃった」
温かな湯に浸かると声も体も力が抜ける。お父さまだって教えてくれたって良かったのに。
そうしたらもう少しきちんとした格好で出迎えたのに。いくら齢10の子どもだからと言って私は女の子なのだ。男の人が来れば意識もする。
それも、あんな素敵な人なら。
そんなことをぼんやり考えながら浸かっていたせいで私はすっかり逆上せてしまった。
そこからはまぁよくある…わけがない話で。
心配した彼に助けられ、着替えさせてもらったうえで窓際の涼しい場所で寝かせられていた。
恥ずかしい、恥ずかしすぎて涙が出てくる。
初対面の男の人にちゃんとしていない姿どころか、一糸纏わぬ姿を見られてしまったなんてもうお嫁にいけない。
そんなことを考えている私とは違って、彼は原因には触れずにただひたすら私の熱を冷まして寝落ちした私の側に朝まで付いていてくれた、らしい。
と言うのも、朝起きた時にはなぜか自分の部屋の自分のベッドで寝ていて、彼の姿はすでになかったから。
そしてお父さまにはちゃんと文句を言っておいた。乙女の純情を荒らしたのだから当然と言ってもいいだろう。
この時の私は思ってもいなかった。彼が未来の旦那さまだなんて。
***
「…リー……エリー?」
母の声で目が覚めた。
「…大丈夫? かなり寝ていたけれど、疲れていたの?」
「う、ん…そうかも。起こしてくれてありがとうございます、お母さま」
「いいのよ〜、今日はお泊まりする?」
「ううん…旦那さま帰って来られるから、ちゃんと帰ります」
「あら、そぉ? …まぁエリーも人妻だものね。ちゃんと仲良くやってるみたいで安心したわ」
いつもいつもほんわかと気の抜けた母だけれど、こういう時はきちんと見てくれているんだなぁと感じて、心の中が温まるような、そんな母の優しさを実感する。
結婚すると決めた時本当に良いのか、としっかりと将来を案じてくれた両親には心から感謝している。特殊かつ危険な仕事の旦那さまと離れて暮らすことの不安、それを確認したうえで私の意思を尊重してくれた。そんな素敵な両親のもとに生まれたこと、幸せに思う。
たまには、こうやって実家に帰るのもいいものだ。
「もう帰るの?」
「お母さまとお茶したら帰ろうと思います」
「あらぁ、そんなこと言ってくれるなんて。じゃあ特別に私が淹れてあげるわ」
嬉しそうににこにこと笑いながら部屋から出て行ったお母さまがお茶を持ってすぐに戻ってくると、久しぶりに2人きりのまったりした時間を過ごし、他愛のない話をした。
旦那さまと離れて、改めて家族とは大切なものだと実感した一日だった。
疲れて帰ってくる彼をちゃんと迎えてあげるために母に別れを告げて家に帰ると、家事に勤しんだ。
7時を告げる鐘が鳴った直後、彼は帰ってきた。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
「あぁ、ただいま」
「お風呂も沸いていますが、ご飯を先に?」
「…そうだな、君も待っていてくれたようだし、食事にしよう」
ちらりと机に視線をやって2人分が残っていることをさりげなく確認してからのその言葉に、くすぐったいような嬉しさがこみ上げる。
旦那さまは手早く着替えだけ済ませると、豪華ではない、それでも想いのこもった温かな食事を2人で楽しんだ。
そしてきっちり食べ切った後にごちそうさま、とそして美味しかった、と目を見て告げられて何だか恥ずかしくなった。
「今日は実家に行っていたんです。お母さましかいなかったんですけど、元気そうで安心しました。…それと、やっぱり家族って良いなと実感しました」
「…そうだな、俺もたまには顔を出すのもいいかもしれない」
「ぜひそうしてください。私は幸せ者だなと思い出した一日だったので、旦那さまが遅くなってしまわれたことは本当に寂しかったですけど…充実していました。私改めて思ったんです。旦那さまと結婚して良かったなぁって」
「……そう、か」
どこか歯切れの悪い旦那さまの顔は、ほんの少し赤かったような、そんな気がした。
精悍な顔立ちの旦那さまが薄い笑みを浮かべると、私にとっては殺人的な破壊力だ。
「そろそろ、家族が増えてもいい頃だな」
「え…?」
爆弾発言。
思わず、食べ終えて重ねたお皿が手を滑り大きな音を立てる。
そして、もう一度。
「えっと…?」
聞こえなかったわけじゃない。
でも旦那さまがそう言いだしてくれたことに驚きと嬉しさと、恥ずかしさと。
「俺は君と家族だと思っている。そして家族は二人ではなくてもいいと思っていることを、分かっていてほしい」
「…は、い…」
旦那さまは機械仕掛けのようにただ頷くことしかできない私に苦笑してそっと抱き寄せて頭を撫でてくれた。
旦那さまはこうすれば私が安心するとでも思っているのだろうか。
…まったくもってその通りである。
「…まずは結婚式からやり直そうか?」
「…はい?」
二度目の、爆弾発言。
あぁ、どこまでも限りなく愛おしい旦那さまの側にいれるだけで幸せだというのに。
私をどれだけ幸せにしたら気がすむのだろうか。
こうして私は今日も旦那さまと未来を夢見る。
お読み頂いた方ありがとうございます。拙いですが少しでも楽しんで頂けたら幸いです^ ^