7
「ララ・メロー遅刻の理由を述べろ」
「寝坊しました」
「……あなた、王子の部屋に寝泊まりしているんだって、寝坊する位の事をしているのかしら?」
「寝坊するようなこと?」
「言わなくても分かるでしょ」
メイドの偉い方が頬を染めているので、ララもさすがに気づいた。
「王子様とは、何もありませんよ」
「本当?」
「夜中にチェスに誘われたことはありますけど、王子様は優しい方ですから、何もないですよ」
メイドの偉い方も、ララの言い方を見たら、何もない事は、一目瞭然だと思ったのか、あきらめて。
「もういいわ、仕事に戻りなさい」
「はい」
「ララ・メローよ」
ウワサをする人物も数人いるが、気にしないことにした。
洗濯物を洗っていたら、体が冷える。
「寒い」
まだ、雪は降っていないが、寒い季節なのである。
洗濯物を洗い終えて、暖炉を探した。メイド寮の暖炉は、人が集まっていて当たることが出来ない。
(どうしよう)
そこで、一つ、キャイルの部屋に暖炉があることを思い出した。
(王子の所へ行こう)
◆ ◆ ◆
「王子様、暖炉に当たらせて下さい」
「うん? どうした?」
「外は、寒いですよ」
そう言って、暖炉に当たると。
「どれ?」
キャイルが手を握って来た。
「こんなに冷えちゃって、女の子が体冷やしちゃだめだよ」
キャイルはそう言って、暖炉の前に座った。
「メイドは、みんな冷えていますよ、仕方ない事だと思うわね」
ララも開き直ってそう言う。
手を握っていたキャイルは、顔をララの手に近づける。そして、唇が、ララの手に触れた。
「な、何するんですか」
「ご、ごめん」
お互い赤くなっていたと思った。少し黙って。
「君が、急に心配になってしまってね」
キャイルは優しくそう言う。
「私の事は、私で出来ます。余計な心配しないでください」
「ふ~ん、冷えているのは手だけじゃないだろ」
そう言って、抱き寄せられる。
「あ、あの~」
「こんなに冷えちゃって、増々心配じゃないか」
「……」
「ララは、ガマンし過ぎだよ、こんなに冷えるまで仕事するなんて、王子付きのメイドにそんな思いさせたいと思う?」
「……」
黙って聞いていた。
「あまり心配をかけないでくれよ」
「でも、ですね、洗濯は、やはり自分でしないと、ダメですよ」
「そうか、ほどほどにね」
キャイルは抱き寄せたまま耳元でそう言う。
(こんなの、ドキドキしない方が変よ)
ララはパニックになっていた。
「もう、温まりましたから、離してください」
「そう、温まったか」
名残惜しそうに手を離す、キャイルに、また、ドキドキする。
(ネコミミ、ネコミミ)
唯一嫌いなネコミミをみつめる。
(よし、元通り)
「また、おいで」
「は、はい」
そう返事して、部屋を出て行った。
(別な意味で熱が上がったわ)
はーはーと貯めていた息を吐く。
(王子も王子よ、ただのメイドに、こんなことしていいわけないのに、あれじゃあまるで、カップルだわ)
一人で、そう考えて頬が熱くなる。
◆ ◆ ◆
そして、午後三時、そろそろ、うさぎ小屋へ向かおうと思い、昼の料理で出た残りの野菜をもらっていく。
「これ、もらっていい?」
「いいですよ、何に使うの?」
「花壇の肥料にします」
「はーい」
いつも、こうやって、野菜をいただいているのだ。
「今日は、ラビットちゃんの好きなレタスがあるわ~」
鼻歌を歌いながら、裏庭へ向かうと。
「おう、来たか」
キャイルが来た。
「王子様、出歩いて、大丈夫なんですか?」
「ちゃんと、帽子かぶって来たよ」
「そうですか、ラビットちゃん、ラビットちゃん、おいしいレタスが入りまちたよ~出ておいで~」
そう言って、ララがラビットに近づくと。
「ふふふ」
キャイルは笑う。
「また、バカにしている」
「君が、かわいいのがいけないんだよ、ついつい、笑いたくなってしまうだろ」
「?」
(何で、かわいいと笑うの? やっぱりバカにしているのよ!)
少しすねた様子で、キャイルを見つめると、優しい顔で微笑んでいた。
「どうしたの? ラビットが戸惑っているよ」
レタスの位置が高すぎて、ラビットの口に運べないのか、ラビットは拗ねてしまっている。
「ごめんね~ラビットちゃん、お預けじゃなくて、間違えたのよ、機嫌直してちょうだいよ~」
ねこなで声でララがそう言う。
キャイルには、つぼなのか、笑いをこらえている。
「む~」
ララは、少し不満だった。うさぎを前にして、こんなにデレない人がいるのだろうか? ララの常識では、うさぎは最高にかわいい物だが、キャイルは違うようなので、なんだか嫌なのである。
「王子様は、うさぎをどう思いますか?」
「かわいいんじゃない」
「私みたいに、何よりもうさぎが大事だって言うのは、変なのでしょうか?」
「うん、変だよ」
キャイルは迷わずそう言った。
「普通、人間は、別な人間を大事にしている者が多い、君みたいにうさぎが一番大事だと答えるのは、少数意見だろうね」
「そうですか」
(やっぱり、私が変なんだ。恥ずかしい)
「でも、そう言うのも、面白いだろ」
キャイルは満面の笑顔でそう言う。
「やっぱり、バカにしてらっしゃいますね!」
「……いいや、してないよ、ふふふ」
「やっぱり、王子様は、私をバカにして、変な子だと思って、笑ってらっしゃったのですね!」
「いやー君が、面白いから、笑顔になってしまった」
ララは、複雑な気持ちで拗ねた顔をした。
「まあまあ、君のそんな姿を見れるのが、俺だけって言うのが、うれしいのもあったんだよ」
「前から思っていたんですけど、王子様って天然でそう言う事言ったり、したりしているんですか?」
「何の事?」
「その女性を口説くようなしゃべり方や行動です」
「口説く? ごめんね、良くわからないや、俺は、生きたいように生きて、言いたいことを言うように育てられてきたから」
「……やっぱり天然!」
「えっ?」
「王子様、気を付けてくださいね、絶対、何人かの姫は、その天然に引っ掛かっていますよ」
「え~? そうかな?」
(そうよ、あんなこといわれたり、されたら、好きに成らない方が、少数派のはずなのよ!)
ララは心の中でそう思う。
「ララは知らないんだな、俺が、人を傷つけることもあるって事」
「えっ?」
(『生きたいように生きて、言いたいことを言うように育てられてきた』と言うことは、嫌いな相手には、すごいひどい言葉を浴びせてるのかも)
ララはキャイルをみて、少し引いた。
(でも、そう言うと、したいことして……暖炉の前で抱きしめたりするのとか、したかったのかな? でも、それって……)
「王子様って、実は女たらしですか?」
「どうだろう? 時々、言い寄られたりするけど、王子だから」
「その人とも、抱き合ったりするんですか?」
「人による」
「……」
(きっと、他の人にもやっているんだな、やっぱり女ったらしなところが天然であるのね)
「何?」
「王子様、あまり、気のあるふりはしない方が良いですよ」
「?」
キャイルは?マークを飛ばしている。
(わかっていない、本当に天然なんだわ)
「ララ、バニラがにんじん欲しいって」
「あっ、バニラちゃん、ごめんね、よしよし」
バニラに、にんじんを食べさせていると。
「そろそろ、戻るね、楽しかったよ」
「あっ、王子様! 私も後で行きますね」
「うん」
キャイルがいなくなった所で、ララは。
「ラビットちゃん、王子様は、私の事なんだと思っているのでしょうか?」
レタスをかじらせる。
「きっと、遊びであんなことして、私を試しているのよ、あの男は、たぬきなのよ、きっと」
大声でそう言った後。
「で、でもね、本当に天然でやっていたら、王子様がかわいそうよね~? う~ん、わかんない」
バニラににんじんを食べさせる。
「バニラちゃん、もやもやするのは、気のせいよね」
バニラは、にんじんをおいしそうに食べている。
「その鼻の動きがたまらないわ、なんで、うさぎって、こんなにヒクヒクしているのだろうか? かわいいわ」