5
その夜、王子の部屋にいた。
「おやすみ」
「おやすみ」
メイド長が「男がそんな約束を守ると思ったら大間違いよ」と言った事を思い出して、少し警戒する。
(王子が、私なんかに手を出すわけがないわよ)
心の中で、そう思うが眠れない。
トントンと足音がして、キャイルが近づいてくる。
(やっぱり来た)
「眠れないのか? ララ」
そう優しい顔で訊いて来た。
「はい」
流されるように返事した。
「じゃあ、チェスやろう」
「はっ?」
「チェスは嫌いだったか? おもしろいんだけどな~、やり方がわからないのなら教えてやるよ」
この人は、本気でチェスをやる気だとわかった。
(心配して損した)
「君が眠れないと、心配で、俺も眠れないんだ。だから、気負いせず寝てくれていいんだよ」
キャイルは、遠慮して寝ていないのだと思っているようだ。
(どこまで、色恋に疎いの)
もう笑うしかなかった。
「ありがとう、王子様、眠れそうです」
「そうか、それならよかった」
キャイルはベッドから離れて、自分のベッドに戻った。ララは安心して眠りに着くことが出来た。
「いつまで、これを演じなければいけないんだ」
小さな声で、そう聞こえたが、夢だろうと思い忘れた。
◆ ◆ ◆
朝の光が差してくる。
「朝か~王子を起こそう」
キャイルのベッドに向かうと、王子は気持ちよさそうに眠っていた。
「王子様、王子様」
「う~ん、こっちにおいで」
そう言って、ララをベッドに引きずり込む。
「キャー、王子、王子~!」
平手打ちの良い音がした。
「う~、起こしてくれたのか、ありがとう」
「すみません、顔叩いたりして……」
「いいんだよ」
キャイルは、微笑んだ。少しドキッとした。
「王子様、あなたの身分では、していい悪ふざけと、してはいけない悪ふざけがあるのですよ」
「悪ふざけ? ああ、今、妹とララを間違えたことか?」
「えっ、ふざけてやったんじゃないの?」
「ああ」
「そうでしたか」
怒るのもばかばかしくなって、メイド服に着替えるため、自分のベッドのカーテンを閉めた。
「では、仕事に行ってきます」
「ご苦労様」
キャイルは笑ってそう言った。
◆ ◆ ◆
キャイルの部屋には、サグナが来ていた。
「タヌキですね」
「何が?」
「ララ・メローを気に入っているのでしょう、キャイル様は寝起きが悪い方ではないですから、彼女を試したのでしょう」
「見ていたのか……と言うか、なぜわかった」
「長年、一緒にいればわかります」
サグナはため息をついた。
「ちょっと、ララが、かわいく見えてしまって、普通に手を出したら、妙なウワサを流されかねない、それは、ララにとっても良い事じゃない、だから、ちょっと試させてもらったんだよ」
「キャイル様のそう言うところは、好きじゃないですね」
「王子と言う立場をわきまえた行動だったはず」
「もういいです。話せば話すほど、ばかばかしく見えてきます」
「そうか、それで、魔女の方はどうなった」
「そう簡単には、見つかりませんよ、キャイル様はネコ化進んでいませんか? もし進んでいたら教えて下さい」
「進んではいない」
キャイルはそう断言した。
「そうですか、それならいいのですか」
そこに、王妃が現れた。
「キャイル、最近部屋にこもっているようだけど、そんなに傷がひどいの?」
「え~と、そうだな~サグナ……」
「はい、ひどい状態です。激しい運動などは、まだ出来ないかと……、出来れば、安静にしていた方が良いでしょう」
王妃は、顔を曇らせた。
「まさか、そんなにひどいなんて……痛かったでしょう?」
王妃が近づいてくる。
「あっ、母上、傷には触れてはいけませんよ」
「はい」
そう言って、キャイルを抱きしめた。
王妃は満足したのか、部屋を出て行った。
「サグナ、本当に、これで乗り切れるのかな? 魔女だって見つからないしさ、永遠にこうならいっそ、言ってしまった方が楽なのではないか?」
「そうですね、いつかは、言わないといけないかもしれませんね」
「そうだよな~」
キャイルはため息をついた。