4
その頃ララは、メイド達の統率のとれた動きに驚いていた。
(人事異動したばかりなのに、みんな揃っている)
ナイフとフォークを並べる手の動き、料理を受け取る時の列、まるで、訓練されている人達の様だ。
ララは、落ちこぼれだったので、滅多に、料理を取りに来たことが無かったので、とても驚いた。
「ララ、何しているの? あの動きに合わせられないと、料理はとれないわよ」
「ええ~」
ララには、みんなの様にうまく動くことが出来ない。
「ララ、王子付きのメイドだからって、甘くしてもらえるわけじゃないのよ」
先輩のメイドがそう声をかけてくる。
(でも、やらなくちゃ)
意を決して、列に並んだ。何とか、ナイフとフォークを取ることは出来たのだが、次は、最難関の料理だ。
(怖い……)
しかし、恐怖と戦いながら、皿を受け取ろうとしたのだが、ガッシャーンと音がして、皿が床に落ちた。
「あっ……」
「何やっているの、次の人が困るでしょう」
「は、はい」
「とりあえずあなたは、料理をもらって行きなさい、怒られるのは、後よ、メイド長にしっかり叱ってもらいます」
「はーい」
嫌々返事して、王子の元へ料理を運んでいった。
「お待たせしました~」
「おお、やつれたな」
「王子様、私、ちゃんとやって行く自信が無くなりました。メイド長に早速怒られることになってしまいました」
「君の覚悟は、そんな物だったの? 髪の毛を少し短くしたのを見た時は、覚悟したのだと思ったのだけど?」
「あっ、これは、オシャレです」
「そう、かわいいね」
「か、かわいい!」
ララは、急に恥ずかしくなった。
「照れているのか?」
「それは、男の人に褒められたことが無いですから、照れるに決まっています。でも、さすが王子ですね、女の人に「かわいい」って言うのも、全く、ためらわないで言えるんですから」
「かわいい物に、かわいいっていう時、君はためらうのかい?」
「えっ?」
「よく女性は、かわいいと言う言葉を使うだろ」
「それとこれとでは、違います」
照れた気持ちのまま、ララは拗ねる。
「あれ? 何か気に障ったようだね、ごめん、こちらも女の子の扱いには慣れていないものだから」
キャイルが微笑む。
「ずるいです」
ララは小声でそう言った。
「何か言ったかい?」
「何も、やっぱり、ネコミミが気にくわないな~と思っていたのです」
「俺も好きでネコミミになっているわけではないから、許してくれないか?」
「そうですね、考えてみます」
キャイルとララが談笑していると、サグナが咳払いする。
「キャイル様、仕事をしましょう」
「そうだな」
「いっけなーい、メイド長が怒っているんだった。う~、嫌だけど、しっかり、怒られてきますね」
ララはそう言って部屋を出て行った。ララの向かった先は、メイド長室。
(キャイル様に惚れそうになるなんて、そんなことないはずよ……)
メイド長室に着くと、メイド長は、部屋で静かに座っていた。
「待っていましたよ」
「は、はい」
メイド長は、とても、どっしりと構えている上に、気迫のあるメガネをかけていて、少し怖く見える。
「あなたは、王子付きメイドと言う栄誉を受けながら、皿一つ受け取れないのですか? 同じ部屋だと聞きました。これから、びしびし指導させていただきますよ」
「はい」
頭をひたすら下げて、小さくなっていく。
「それにしても、王子は、何でこんな子を指名したのかしら?」
「さあ?」
「あなたは、ある意味でシンデレラガールなのですから、他のメイドにも目を付けられているのですよ。それなのに、失敗をするなんて、陰で笑われていたって、なにも文句は言えないのですよ」
「はい」
こういう時は、文句をつけず、聞き流しておけばいつかは終わる、少しだけそう言う事を考えていた。
「それにですね、あなたは、ウソばかりついているらしいじゃないですか? そんな信頼のおけない人物が、王子付きになった途端に認められるとでも思っているんですか?」
「そんなこと思ってもいません、ウソだって……」
「ウソだって?」
「たまにつく位、いいじゃないですか?」
「あなたは、たまにじゃないでしょ」
「……」
その後もメイド長の小言は続き、ぐったりして部屋に向かった。
メイド長は仕事中、一人で部屋にいた。
(リサと同室の時は、楽しかったな~)
そう思い出していた。
新しい部屋は、とてもさみしい。なんだか悲しくなって来る。
(ううっ、泣きそう)
引き受けなければよかったかな?
そう考えていたら、王子の顔を思い出してしまい。
(優しそうな人だった。ネコじゃなければ、好きに成っていたかも……いやいや、せっかく、期待してくれている人がいるんだからがんばらなくちゃ!)
枕を抱いてそう思う。
◆ ◆ ◆
「ララ、ララさん、ララさん」
(はっ、いつの間にか眠っていた)
メイド長が怒って立っている。
「初日から昼寝何ていい度胸ですね、そんなに仕事をためたいのなら、私が倍にして差し上げますよ」
「い、いえ、ただ……」
「それは、もういいから、王子がお呼びよ」
「はい」
急いで、メイド服を整えて、走り出した。
「お呼びって、何のことでしょうか?」
「丁度よかった。サグナが出かけているので、書類を運ぶのを手伝ってくれないか? たまってしまっていて……」
「お安いご用です」
行っている側から、次々とハンコを押す、キャイルに感心していた。
(やっぱり、ちゃんと働いているんだ)
時々、紙を横の箱にいれる。
「あっ、これは、不採用の紙」
(一枚一枚、しっかり目を通しているんだ。あのスピードで、なんだかすごいわ!)
「慣れると、そんなに大変じゃないよ。この書類を父上に届けてくれ」
「はい」
王の元へ書類を持って長い廊下を走る。
(急がなくちゃ)
「ちょっと、そこのララ・メローさん」
茶髪をポニーテールにしている、メイドの女の人が、とても怖い声でそう言った。
「何の様でしょうか?」
「「何の様でしょうか?」ですって、あなたに用事の無いメイド何て、いるのかしらね?」
「どう言う事ですか?」
「どんな手を使って王子に取り入ったの?」
「何もしていません」
「それもウソなんでしょう?」
ララはメイドの女に髪の毛をつかまれた。
「いった~、何するの」
「あんたなんて、王子付きのメイドにふさわしくないのよ、わかるでしょう、この前、皿を割った姿を見た時、この子、出来ない子なんだって、すぐにわかったわよ」
ララも、実際自分は落ちこぼれなので、何も言えないと思い、困っていた。
「王子に仕事をもらったんだ、書類運びなんてさせられて、まともな仕事をもらえないのでしょう?」
ララはついに切れた。
「書類運びだって立派な仕事だし、王子様は、私を大切にしてくれています」
「あらやだ、王子は誰にでも優しいのよ」
そう、メイドの女が言って、突き飛ばされた。書類が宙を舞う。
「キャー拾わなくちゃ」
「ああ、いい気味、せいぜいがんばって拾ってね」
メイドの女がいなくなった。
(こんな目にあうなんて……)
せっせっと書類を拾う。
◆ ◆ ◆
そして、一時間後。
「まだ、集め終らない」
そこに、サグナが通った。
「何をしているのですか? それは、私のする仕事です。あなたはしなくてもいいのですよ」
「こけて、ばらまいちゃって」
「そうか」
サグナは、一言そう言って、拾うのを手伝ってくれた。
(ううっ、味方がいるのってうれしいよ)
無事、王に書類を届けた。すぐにキャイルの所へ向かった。
「王子様、無事届けてきました」
「ご苦労、髪が乱れているね」
「走ったからだと思います」
「それにしては、引っ張ったような乱れ方だね、どこかで髪の毛を引っかけたんじゃないかい?」
「それが……そうなんです」
(王子に心配かけてはだめよ)
「君は、そそっかしいな、それで、誰にやられた」
「えっ?」
「俺にだって、君が、髪を引っかけたのではなく、引っ張られた事位わかるに決まっているだろう?」
「知らないメイドだったんです」
「上の方の奴か」
「なぜ、わかるのです?」
「君は、下っ端のメイドとは、長年一緒にいるから、見間違えるはずはない、新人は、入っていない、そうなると、上の方の奴だろ」
「なるほど」
「寮も危ないかもしれないな」
キャイルが指を頭の横に置いてそう言う。
「よし、決めた、ララ、君は犯人が見つかるまで、俺の部屋に泊まりなさい」
「ええ~」
「安心しろ、ベッドは二つある、着替えも出来るようにカーテン付きだ」
「……それなら、安心ですね」
「メイド長にこのことを伝えに行ってくれないか、俺は、ネコミミだから、行くに行けないからな」
「はい」
ララは、返事して、メイド長のいる部屋へ向かった。
「メイド長!」
「何です? ララさん」
「ちょっと、聞いて欲しい事があるんです」
かしこまった様子でそう言った。
「何かしら?」
「今日、メイドの誰かに、髪を引っ張られて、書類をばら撒かれたんです」
「何? そんなことをするメイドがいたの? そう言うメイドは、即刻辞めさせなければいけないわね」
「それで、王子様が、寮も危ないから、俺の部屋に泊まれと言うのです」
「はっ?」
メイド長はポカンとしている。
「あなたは、愛妾にでもなりたいの?」
「い、いいえ、ベッドも別ですし、絶対に手を出さないと、王子様は約束してくださりましたし……」
「男がそんな約束を守ると思ったら大間違いよ、王子は、間違いなくあなたを愛妾にしたいのよ」
「まさか、そんなわけないですよ、用件は伝えました。今日から王子の部屋に泊まらせていただきます」
「ララさん」
メイド長はため息をついた。