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メイド長の元へ向かうと。
「大遅刻ですわね、もう午後一時ですよ!」
「はい、サグナ様のお手伝いをしていました」
「とかなんとか言って、王子かサグナ様と何かあったでしょう?」
(なんでわかるのよ)
心の中で、冷や汗が流れる。
「その泣き後を見て、わからないようじゃ、メイド長は、やってられませんのよ、それで、どうなの」
「何もありません」
「ウソね、目が泳いでいるわ、捨てられたのね」
「いえ……」
(むしろ拾われた)
「あら、違うみたいね」
メイド長は、つまらなさそうにそう言って、サグナに直接訊きに行った。
「さて、そうじをするか」
ほうきを持って、ホールを掃除しに行く。
「ララ、今日どうしたの? 泣きはらしちゃって」
リサが声をかけて来た。
「リサにだけは、後で話すね」
そう言って、まず、ホールの掃除を終わらせた。
「ララ、泣いた後、良い事があったでしょう」
「リサ、何でわかるの」
「当然、女のカンよ」
リサとメイド寮の個室へ入った。
「絶対、王子がらみでしょう。告白されたとか? プロポーズされたとか、それとも、キスした?」
「大体、全部されたかも」
「え~」
リサは大声を出した。
「だって、君を手に入れたいとか、そばにいて欲しいとか、王子は、どんなつもりで言ったのかと思うと……」
「完全にクロだわ、ララ」
「えっ」
「王子はララにべた惚れしているのよ、男の口から、そんな甘だるい言葉が出て来るのは、よっぽどのたらしか、天然よ」
「王子は、たらしではないと思うので、後者で」
「は~、いいな、次期王妃か~、ララがね~」
「それは、わかんないよ、色々な理由で、降ろされるかもしれないし……」
「そうね、キャイル王子、近くの国の姫達からたくさん求婚されているらしいから、すごく力のある国の姫とかと結婚しそうだものね」
「えっそうなの」
「知らなかったの? じゃあ、なんで降ろされるのよ、メイドだから?」
「私は、孤児だからよ」
「ふ~ん」
リサは納得しているのか、していないのか、わからないような口調で返事した。
「いずれにしても、ララは雲の上の人になるのね」
「リサってば、今まで通りだよ、私は」
「どうかしら」
リサは、そう言って、持っていたコーヒーを飲む。ちなみにララはコーヒーが好きではないので、ココアをもらった。
「それにしても寒いよね」
「キャイル王子にでも、温めてもらえば」
「……」
「あっ、赤くなった、前科者だな、王子に温めてもらった過去ありね!」
「手をね、握ってくれたの」
「本当に、それだけ~?」
「リサ! 本当にそれだけだから」
大声で言うと、扉が開いて。
「大声を出さないの、ララ・メロー、ゴシップなら聞かせなさいよ」
「「出た! メイド長!」」
「出たとは何よ」
王子のゴシップをどうしても取りたいメイド長との戦いは、まだまだ続きそうだと思った。
◆ ◆ ◆
キャイルの部屋に向かうと、サグナと話していた。
「それで、ララ・メローの過去をもみ消す方法を探しているだと!」
「ああ、ララを城に置いておきたいんだ」
「しかし、マティアス・メローの犯罪歴を見ましたか? 五〇人も殺していて、ばれていないものも含めば、一〇〇人を超えると言われる、暗殺貴族だぞ」
「それ、本当?」
ララが立っていた事に、今まで、サグナすら気づかなかった。
「本当だ」
「一〇〇人もの人の未来を奪ったのね、お父様」
ララは泣き崩れた。
暗殺貴族、ここで気付いておけばよかった。暗殺で生計を立てるほど、殺すと言う事がどう言う事なのか。
「ララ」
「王子、いいんです。私の父のしたこと、すべて教えてください」
キャイルは首を横に振って、言わないようにサグナに言った。
「王子、私は、知らなければいけないんです。そして、私は、その罪を受けます」
キャイルは、ララの強い瞳を見て、観念したように頷いた。
「マティアス・メローは、三人の大臣を殺して、二五人の貴族を殺したとされている。しかし、毒殺、自殺などのケースでも、手を引いた可能性がある事件、八〇件」
「そんなに……私のドレス一着にどれだけの人の命があったのでしょうか、おいしいご飯は、誰の命の上にあったの……」
「ララ、君は、知らなかったんだろ」
「知っていたら、いらなかったわ、あんな立派なドレスも、おいしい食事も、でも、それは、いいわけか……」
「ララ、いいんだよ、君は笑っていれば、ララの父も、ララに暗殺を強要しなかったんだろ」
「でも!」
「君の父は、知ってほしくなかったんだよ、君の笑顔を守りたくてやった事なのかもしれないから。もちろん、人を殺して、君を笑顔にしたところで、君の父は、許されない。でも、ララには、この罪を被って欲しくないと思っているのはわかる」
「そんなの、勝手よ、お父様」
「確かに、血はつながっているかもしれない、でも、ララの手は血を浴びてない、全く罪が無いわけじゃないけど、幸せに成る権利位あるはずさ」
「王子、いいのですか」
「俺は、最初から決めていた、何があってもララを守るって」
「えっ? 最初っていつ?」
「言わない」
その日から、暗殺貴族のデータを更新する作業をサグナが行い、マティアス・メローと書かれた書物は、すべて灰になった。
「やりますね、王子」
「王子か、キャイルって呼んでよ、ララ」
「ダメです」
「なんで?」
「王子との関係は、まだ秘密にしておきたいの、ばれちゃうでしょう、特にメイド長にばれると面倒よ」
「そうだね」
キャイルも納得したようにうなずいた。
すべてうまく行っているはずだった。
「でも、王子、ネコミミどうするんですか?」
「そういえば、生えてたんだよな~、ララの事で頭がいっぱいでどうかしていたよ」
「もしかして、もう、戻らないんでしょうか?」
「だったら、困るな~」
「私は、困りませんよ。いつまでも、王子のメイドでいられますからね……」
ララはうれしそうにそう言う。
「今度、お墓参りに行くの、お父様とお母様に久しぶりに会いに行くの」
「ララは、お母様も死んじゃったのか」
「お母様も、毒を盛られて死んだらしいわ、人伝えにそう訊いた。昔住んでいた屋敷にも行こうと思うの、死んだ人の供養に」
「そうか」
ララも一歩前に進んだ。
「よし、俺も、ネコミミを隠してなんかいられないな」
「言うんですか?」
「ああ、母上と父上には、言っておかないと」
「そうですよね」
ララは少し残念そうだ。
「ヒミツが減っちゃいます」
「減っても大丈夫、俺達には、大きな秘密があっただろ」
「お父様の事?」
「違うよ」
(うさぎの事だよ)
ララは、キャイルが顔を寄せて来て、耳元でそう言ったので、何でもない事だが、頬が熱くなってしまった。
「そうでしたね」
「かわいいな、ララ」
頭を撫でられる。
「子ども扱いですか、私は、王子と二つしか違いませんよ」
「充分、年下だよ、ララ」
キャイルは余裕そうに笑う。
「王子にふさわしい女性には、見えませんよね?」
「どこが、年下だって、ララは、かわいいから、ふさわしいと思うけどな~?」
「王子には、私がかわいく見えているようですが、みんなが認めるほど、かわいくは無いですよ」
「そうかな~」
キャイルは、笑顔を浮かべてそう言う。
「じゃあ、サグナと相談して、ネコミミの事を話すタイミングを決めるよ」
「がんばってください」
ララは部屋を出て行った。




