2
ララはうさぎ小屋に向かった。
「ラビットちゃん、レタスでちゅよ~」
ラビットはぴょんぴょんと近づいて来て、レタスをおいしそうに食べている。
「おいしそうね」
次にバニラに、にんじんをあげる。
「バニラちゃん、にんじんよ~」
二羽の鼻のヒクヒクをみていたら、慰められた。
(うん、やっぱり、うさぎはかわいい)
ララは、ポケットから、キャイルにもらったうさぎのキーホルダーが出ている事に気づいた。
「キャイル王子……」
名を口にした途端。
「呼んだ?」
「えっ」
「ごめんね、今の見ていたんだ」
「王子こそ、なんでここに!」
ララは後ずさった。
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
「私、あなたの気持ちを知りたくもないし、答えられもしないわ」
そう言ってしゃがみこんだ。
「ララ」
キャイルはいたたまれなくなった顔をしている。
「君は、何を隠しているんだ? それを教えてくれ、絶対に解決して見せるから」
「いいえ、無理よ、言えない」
ララは、まだ、しゃがみ込んでいる。
「どうしてかな、こんなに手に入れたい、そばにいたいって思った女の子初めてかもしれない。君が逃げれば逃げるほどにね、そう思ってしまうんだ」
「だめです。近づかないで下さい、私は、ダメなんです」
キャイルは、容赦なくどんどんララに近づいて行く。
「嫌がる女の子には、しないつもりだった。でも……」
キャイルは、ララのあごに手をかけ、唇を奪った。
「王子様……」
ララはぺたんと床に座り込んでしまった。
「どうして、私の心を鈍らせるような事をするんですか?」
「どうしてかな? したかったんだよ」
キャイルは真剣な顔でそう言った。
「そばにいてよ、ねえ、ララ」
そう言って、抱きしめてくる。
「……」
ララは、泣きながら走った。
(ダメよ、私の心が許しても、私の血が許さないでしょ)
心の中でそう言う。
「あら、ララさん」
「メイド長……」
「ついに捨てられたのね」
「……」
少し、相談相手をメイド長にしたことを後悔した。とても、興味津々な顔をしてこちらを見ている。
(この人、ゴシップ集めてるんだった)
「ですから、男に心を許すなと言ったのですよ」
「あの、本当に捨てられたとかじゃなくて……ですね」
「王子と言えども、彼は男です。女の心など、理解できないのですよ」
「そうですよ、こっちが嫌がっているのに、キスするなんて」
「無理強いされたの? 今すぐ王妃に言いつけましょう、いくら王子でも、嫌がる女性の唇を奪ってはいけないのです」
「そういうわけじゃないんですよ」
メイド長は、男を目の仇にしている。その理由は、別れた元夫のせいだろうけれど……。
「とにかく、男は敵ですよ、ララ・メローさん」
「はい」
「何かあったら、すぐ言いなさい」
「はい」
◆ ◆ ◆
その日の夜、キャイルの部屋で寝るのが嫌で、メイド長と同じ部屋で眠った。
次の日、メイドのいじめも落ち着いて来て、ララもいじめられなくなってきた。
(あんな風にふってしまって、会いに行くのは、悪い気がする)
ぼーとしながら、掃除していた。
「ララさん、しっかりやってください」
「はい」
さっさとほうきを動かす。
(間違いなく、私は、王子が好きなんだわ、でも、それで、王子を困らせるなんてダメだわ)
一人で百面相していた。
「おじさん、野菜余っている?」
掃除が終わり、台所でそう言って、いつも通り、レタスとにんじんをもらって、うさぎ小屋へ向かった。
「ラビットちゃん、バニラちゃん」
二羽のうさぎは、ぴょんぴょんとはねながら出てきた。
「本当にかわいい」
二羽を抱きしめて、野菜を食べさせる。
(いつも、王子はこのタイミングで出てくるんだけど……)
「やっ、ララ、無視なんてつれないな~」
(やっぱり、いた)
「すみません、でも、あきらめて下さりましたよね?」
「言わなかった? 逃げれば、逃げるほど欲しくなるって」
「……」
「君を泣かせたことは、後悔している。だけど、それであきらめるのは筋違いだと思うんだよね」
「王子……」
(この人は、何を言ってもダメそう)
「サグナに何か言われませんでしたか?」
「サグナは、なんか、毒について調べるから、刑務所に行くって言っていたけれど? それが何か?」
「それなら、帰って来たら、サグナに訊いてください、ララ・メローがどういう血筋の娘で、どんなことをしてきたか」
「?」
キャイルは不思議そうな顔をして、部屋へ帰って行った。
「ラビットちゃん、きっとばれちゃうよね」
涙が頬を伝わる。
「私、もう、王子のそばにいられないのかな?」
地面に涙が落ちた。
「本当は、私も、はじめて、そばにいて欲しいと思ったんだよ……でも、無理だから……」
涙があふれてくる。
「無理だから、大好きだった。で終わらせなくちゃ」
ララは泣き崩れた。
◆ ◆ ◆
キャイルはサグナの帰りを一人部屋で待っていた。
(ララの秘密か……)
サグナの行ったところは刑務所、つまり、ララには、犯罪歴があるのだろうと思った。確かに姫になる人には、あってはいけない経歴だ。
(ララをあきらめるしかないのか?)
キャイルは心の中で葛藤していた。
そこに、サグナが帰ってきた。
「キャイル様、ララ・メローの事で話があります」
「わかった」
覚悟をしてイスに座った。
「この、一冊の本を探しに行ったのです」
サグナがそう言って一冊の黒い本を取り出した。
『暗殺貴族名簿』と書いてある。
暗殺貴族と言うのは、暗殺で収入を得ているお金持ちの事である。
それは、偉い人になればなるほど、国の重要人物の殺害を依頼されて、高収入を得ている。
つまり、黒い貴族だ。
「この中に、ララ・メローが書いてあったのか?」
「いいや、書いてあったのは、マティアス・メローだよ」
「……ララの父親か?」
「マティアス・メローは、カランの毒を盛られて死んだと書かれている。ララも、そう言っていたので、間違いないだろう」
「それじゃあ、ララは、本当に暗殺貴族で暗殺者の娘」
「キャイル様の暗殺計画も、マティアス・メローの家からみつかった」
「……」
ふと、ララの時計の事を思い出した。
(あれは、俺がまだ7才だったころ、城に入り込んだ男の腕についていた物だったような気がする)
キャイルは冷や汗を流している。
(あれが、ララの父親!)
「どうしました? キャイル様」
「俺、会っているよ、マティアス・メローに、間違いないと思う」
「そうですか、それなら、ララ・メローをいくら気に入っても、手を出してはいけませんよ」
「ああ」
キャイルは沈んだ気持ちで返事した。
(ララの言った通りだ。ララは俺の隣には立てない)
悲しい気持ちが込み上げてくる。
(ララの事をあきらめられるか? いや、あきらめるしかないんだ)
ララは、こうなることをわかっていて、距離をとっていたのか。
何だか、情けなくなった。
(俺のやっていた事は、ララを困らせるだけだったんだ)
ララを気に入った時から、ララを試すと自分に言い聞かせながら、色々な事を仕掛けてきた。
それは、ララを見ていると、無性に触れたくなるのだ。
「ララの手、柔らかくて、触ると安心できるのに……」
ララを手放す決意をしなければいけないと思った。
「はは、ララを手放す? そんなこと、したくないよ、ずっと、俺のそばに置いておきたいのに……」
朝、目が覚めて、一番最初にララをみると、心の底から安心する。
「ララ、もう一度、君の手をにぎりたいよ」
◆ ◆ ◆
ララは、その頃、うさぎ小屋にいた。
「さぼっちゃった」
泣き顔を見られたら、ゴシップ好きのメイド長の恰好のエサにされそうだし、心配する人もいるかもしれない。
(王子をふったなんて言えない)
心の中で、本当は真実を知られるのが、嫌な自分がいた。
「あーあ、ばれちゃったよね、全部」
いつ追い出されてもおかしくない理由になると思った。これから、どうやって暮らして行こうか悩んだ。
(孤児院で先生をやるとか? どこかのお屋敷でメイドをするとか?)
考えて見たが、少し気が乗らない。
(もう、会えないのかな? 王子に……)
ララの父は、暗殺者だ。しかも、位は上の方、きっと、王子も殺すターゲットだったと言うこともあるだろうと思った。
(命を狙った男の娘なんて、気持ちも冷めたでしょうね)
少し、笑った。
おかしい、私、一体を期待しているんだろう。
ララは少しだけ、王子が嫌わないでくれるのではないかと考えてしまったのだ。
(だめよ、王子は優しいけど、これだけは、あきらめてもらわないと)
ラビットが足に絡み付いてくる。
「どうしたの? ラビットちゃん」
ヒクヒク鼻を動かすその姿は、かわいかった。
「もし、ラビットちゃんが、うさぎを殺すようなうさぎだったら、私、嫌いになっていたかな?」
考えてみた。
(少し、軽蔑してしまうかも)
でも、完璧に嫌いになるだろうか? と考えた時。
(きっと、嫌いになれないわ、止める様にしつける事は、するだろうけど……)
ララは、自分はこう考えるけど、王子はどうなんだろうと、気になりだしていた。
ララは、父が暗殺している事を知った時、ララに対しては、優しくて、いい父親だった父を嫌いになれなかった。
「私って、変わっているのかしら?」
バニラに向かってそう訊くが、ヒクヒク鼻を動かしているだけだった。
「はー」
ため息が出た。
そこにキャイルが走って来た。
「サグナから話は全て聞いた」
「……」
(ほらね、別れを言いに来たのよ)
「今まで、君を困らせていたことは、謝る。でも、もう一度だけ、君の手を握ってもいいかな?」
「冷たいですよ」
「じゃあ、温めてあげるよ」
そう言って、キャイルは、ララの手を握った。
「君の手は、やっぱり落ち着く」
額をララの手と自分の手の間にくっつける。
「あの、私は、いつ、この城を立てばいいんですか?」
「えっ? なんのこと」
「お別れを言いに来たのではないのですか?」
「お別れ? そうか、暗殺貴族の娘は城に置けないのか!」
キャイルは今さら気づいたようにそう言った。
「しっかりしてください」
「個人的には、追い出すつもりは無いから、後、俺は王子だから、もみ消せるだけもみ消すよ」
「えっ?」
「暗殺貴族の人って、うまく生きているから、刑務所に入ってもばれているのは、大体、サグナ級の偉い人だけだし、今まで、だれも、君を暗殺貴族と特定できなかったのは、君のお父さんの生き方がうまかったからだね」
「そうですよね、普通ばれますよね、あんな風に言ったら」
「だから、もみ消せるだけ、消してみるから、もう少しそばにいてよ、ララが迷惑じゃなければだけど」
「あの、実は、私、暗殺貴族の出だから、時々、気配を消していたの気付いていましたか?」
「えっ? そんなことできるの?」
「父から教わった唯一の事なので……」
キャイルは、笑って。
「何かに役に立つといいね」
「そうね」
「目が真っ赤だよ、うさぎみたいだね」
キャイルは無邪気にそう言う。
「いいえ、うさぎの目の方が丸くてかわいいです」
「そうかな? 俺は、ララの目好きだよ」
「!」
(好きだよって……告白?)
「サグナの目も好きだな、ごつい体なのに、目は普通に光るんだよ」
「そ、そう」
(ちょっとだけ期待した私がバカだった。王子は天然だったんだわ)
「でもさ、ララは迂闊だよ、自分が暗殺貴族だって事、平気で言っちゃうんだもの、ウソだと思われなかったら、危なかったのに……」
「い、いやー実は、メイドになったばかりのころは、父が貴族って事しか知らなくて、貴族は、人殺しする物だと思っていたから、自慢のつもりで、貴族の出なのって言っていたの」
「でも、つい、こないだまで言っていたよね?」
「ウソと思われているから、いいやと思って、ほら、女同士ってこういうキャラだよって言うのが必要なのよ」
「つまり、うそつきキャラを演じていたんだ」
「そうなの、メイドの仲間の中では、定着していたから」
「ララも大変だね」
「えへへ」
恥ずかしいので、照れてそう言った。
ララは、虚言癖でもなければ、うそつきでもない、うそつきキャラだったと言う事がばれてしまったので、下を向いている。
「辛くなかった?」
「えっ?」
「ウソついていないのに、うそつきって呼ばれて」
キャイルは優しい目でそう訊いてきた。
『辛くなかった?』
「辛かったのかもしれない、私、平気だと思っていたけど」
「ララ」
キャイルはララを抱きしめた。
「よく耐えたね、俺がほめてやる」
頭を撫でられて、心がポカポカしてくる。
「王子……」
キャイルの頭をなでる手つきは、優しくて、心の底から、うれしさが溢れて来そうになる。
(落ち着け、私)
ララは、ぐっとこらえた。
「いつまで、撫でているんですか、私は子供じゃありません」
「ごめん」
頬が熱い、きっと顔は赤くなっているだろうとは思った。
「ララって、本当にかわいいな」
キャイルは、笑顔でそう言いながら、笑いをこらえているようだった。
「王子~、バカにしないでください」
「ごめん、ごめん、今回は、本当にかわいすぎて笑いが出た」
また、頬が熱くなる。
「あんまり、かわいいって言わないで」
「なんで、かわいいのに」
キャイルは、楽しそうにそういう。
「もう、お別れしないんですから、持ち場に戻りましょう、私、メイド長にこってり絞られてきます」
「そうだね、俺が、引きとめたって言ったら、あのメイド長だ、「ついに王子が私のメイドに手を出したのよ」とか言いそう」
「そうだね」
王子のものまねが、面白すぎて、大笑いした。
「サグナの手伝いをしていたことにしたら、怒られないんじゃないか?」
「あっ、そうか、でも、いいの」
「今回は、俺のせいだ。俺の部下に口封じしておくよ」
「ありがとう」
キャイルの頬に軽くキスした。
「えっ、今のって、もしかして――」
「お礼よ、お礼」
ララはそう言って、頬を抑えて走って行った。
(はずかしい~)