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「聞いた? 王子様がここを通るらしいよ」
今日は、城下町で、パレードがあるのだ。パレードの最後は王子の乗る馬車が通る事になっている。
「王子、かっこいい物ね」
(そうだろ、そうだろ)
「キャイル様、見つけましたよ。もうすぐパレードですので、城にお戻りください」
「は~い」
キャイル・ローウン、それが王子の名前、髪は茶髪で、灰色の瞳をしている。灰色の瞳は王族だけの物なので、キャイルが王子に選ばれたのは、灰色の瞳を持つ男の子が一人だけだったからなのである。
キャイルを迎えにきた騎士は、サグナと言う。がっちりとした体形で、国一番の力持ちである。
サグナと一緒に、城へ戻り、祭りの衣装に着替える。
この地方では、青を基調とした服が王族の証である。そのため、青い宝石を合わせて付ける事が王族に人気なのだ。金の刺繍が施されている青いコートの上に、青いマントを羽織り、サグナに見せつける。
「サグナ、青ってかっこいいよな」
「キャイル様、お似合いですよ」
サグナにも乗せられて、パレードに向かう馬車に乗る。
街には、キャーキャーと歓声が飛んでいる。王子が登場すると、さらに会場は盛り上がった。
「あの子、かわいくないか? サグナ」
「キャイル様、まじめに仕事なさってください」
「そんな事言われてもね、見世物にされるのは、あまり好きじゃないんだよね~、それなら、観察してやろうと思ってね」
「おやめください」
「はーい」
真面目に群衆に手を振った後、パレードが終わって、城に戻った。
「サグナ、明日から忙しくなるな」
「はい」
そう、パレードは、出陣パレードだったのだ。西のある街に、魔女が現れたと言う話が流れていて、その魔女を倒しに行くためのパレードだったのである。
(魔女……)
いままで、幾度となく魔女の話は聞かされていた。しかし、その全てが悪行である。そして、何より、強そうなのである。
(倒せるかな?)
眠れぬ夜を過ごした。
◆ ◆ ◆
次の日の朝、お見送りの群集が出来ていた。
「いってらしゃいませ」
王妃と王も、心配そうにキャイルを見つめている。
「必ず倒して、帰ります」
西の街へ向かう馬車が走り出した。もう戻れないのだと、心の中で不安になった。
ガタガタ揺れる馬車は、森を抜けていく。
「サグナ、今のうちに作戦を立てておこう」
「そうですね、キャイル様」
「魔女が出たと言う事は、聞いているが、魔女が一体何をしてたのか、どんな能力の持ち主なのか、そう言う情報は、いまいち入ってこないよな」
「そうですね」
サグナも首を傾げる。
「もしかして、デマと言う可能性だって出てくるのでは?」
キャイルは、デマであってほしそうにそう言った。サグナはそれを見ても顔色を変えずに。
「それは、わかりません、でも、まず、現地視察をしてから考えても、遅くは無いでしょう」
と言って来た。
「サグナが、そう言うなら信じるよ」
サグナは、今まで、幾度となく戦いを切り抜けて来た戦士なのだ。まだ、あまり戦場に出たことの無いキャイルの言葉よりも、ずっと信頼できる。
ガタガタ揺れる馬車の中で、不安になっていた。
(サグナがいるから、大丈夫だろう……)
サグナに甘えているのかもしれないが、今頼れるのは、サグナしかいないのだ。
◆ ◆ ◆
西の街に着くと、閑散とした街並みが広がっていた。
「人は? 人はいないのか?」
「あっと、あれは案山子ですね」
何も植えられていない、畑に案山子のみが立っている。
(なんて、かわいそうな町なんだ……!)
「地面がひび割れていますね」
「つまり、雨が降らなくなったのかもしれないな、だから、住人も移住してしまったのだろうな」
「そうか」
一見、ただの天候不良なのかもしれない? とも思ったが、しばらく歩くと人が住んでいた。
「あっ、あんた達、救援部隊かい? 助かるね」
おばあさんが一人出てきた。
「一人暮らしなんですか?」
「まあね、中に入りな、食料を渡してもらうよ」
おばあさんは、キャイルとサグナをテーブルに座らせた。
木造のボロ屋だったが、中には色々な物が置いてあった。ヤカンに、暖炉、塩漬けにした物の瓶。
「この部屋の物は、救援部隊にもらったんですか?」
「ああ、そうだよ」
お茶を一杯出してくれた。
「娘も息子もこの土地には、もう住めないと言うんだ。魔女さえ倒せれば、まだ、住めると思うのだがな……」
「魔女ですか?」
「北の山の頂上に、マーガレット・ワイスと言う、魔女が住んでいる。その女を倒してくれ」
「わかりました。倒しますよ」
「本当かい?」
おばあさんは、震える手でそう訊き返してきた。
「しかし、とても強い魔女だから、やめた方が良いかもね」
「おばあさん、大丈夫ですから、魔女を倒して、娘さんと息子さんにも、戻って来てもらいましょうよ」
「そうか、お願いします」
そして、家を出ると、サグナはすぐにこう言ってきた。
「キャイル様、あんな安請け合いしていいのですか?」
「サグナ、俺は、あの状態の住民を放って置く事なんてできないよ、必ず、魔女は倒すから」
「キャイル様が、そう言うのなら、仕方ないですね」
サグナも納得してくれて、軍を率いて、鎧を着こみ、腰には剣を持って、北の山の頂上を目指した。
「う~、寒い」
「ここ冷えるな」
山の上は、とても冷えていた。
「これも魔女の仕業なのか?」
「そうだろうね」
サグナにグチをいいながら、ひたすら山を登った。すると、頂上に家が建っているのが見えて来た。
「あれが、マーガレット・ワイスの家か」
家の前まで来ると、自動でドアが開いた。マーガレット・ワイスの家は、普通の洋風な木造住宅と変わらない形をしている。
「しつれいしま~す」
「やっと来たね、王子」
ガラガラ声でそう言う、若い女がいた。
「ああ、来てやったよ」
「ここでは、戦うことが出来ないね、ちょっと外に出てから戦うと言う事でも良いかな?」
「はい」
返事をして外に出た。
「では、戦おうか王子、まさか、後ろにいる軍の全員で、私を倒そうとしたりしないわよね?」
「えっ!」
「私だって女だよ、そんな風に、寄ってたかってで倒すわけがないわよね?」
「……」
魔女と一対一で戦えと言っているのだと思って、汗が流れた。
「どうなの?」
「わかりました。このキャイルが相手します」
「ほう、偉い坊や、命は助けてあげようかしら」
もう勝つつもりでいる、マーガレット・ワイスに少し怯えていた。
「キャイル様」
「いいんだ、サグナ」
一応死は覚悟した。
「では、戦いましょう」
そう言って、マーガレット・ワイスは、氷を放って来た。
「寒いでしょう」
確かに寒かった。やはり、魔女と戦うのは難しい位、経験が足りないのだと思い、焦ってしまった。
「うおー」
それでも、大声をだして、気合を入れ、剣を力強く持ち、魔女の方へ一直線に走って行った。
「な、何!」
魔女ののど元に、剣を突き立てた。
「やるわね」
そう言って、魔女が、剣を吹き飛ばした。
「あんたが気に入ったよ、苦しめてやりたくなったわ、私から、一つ呪いを差し上げましょう」
そう、マーガレット・ワイスが言って、杖を振った。
「そうそう、あなたの国では、野良猫の事を、『キャット』って言うそうね、『キャット』の意味は、けがらわしくて、貧乏だそうね、ふふふ」
何のことを言っているのだろうと思っていると、魔女は消えた。あったはずの家も消えていた。
「どう言う事だ?」
「キャイル様」
「サグナ、逃げられた」
「それ以前に、自分の頭を触ってみてください」
「えっ?」
そこには、立派な、ふわふわした耳があった。
「えっ? えっ?」
「ネコミミですね」
「ちょっと待って、よりによってネコかよ、あっ、でも、うさぎにされるよりはましなのかも」
「キャイル様、国中にネコミミが生えている事を知られれば、王子を降ろされかねませんよ」
「え~! ネコミミ位で?」
「耳が生えていると言う事は、獣の家系の人物で、王子ではなかったと言われる可能性だってありますよ」
「そうか」
急に冷や汗が流れてくる。
「父上、母上にも隠し通すのです。この事は、サグナとキャイル様だけの秘密にしましょう」
「うん」
急いで帽子をかぶった。
「勝負は、どうなったのですか? キャイル王子! 霧で戦いが全く見えなかったのですが」
付いてきた兵士達が口々にそう言う。
「魔女は倒した」
そう言うと、全員抱き合って喜んだ。
(よかった。ばれていない)
ほっとして山を歌いながら下った。すると、ぽつぽつと雨が降って来た。
「もしかして、魔女を倒したから、雨が降ったんだよ」
兵士達が喜んでそう言う。
そして、村に一人で住んでいたおばあさんにとても感謝された。
「ありがとうね」
「いいや、そのための軍ですから」
「娘と息子といなくなった住民に手紙を書くよ」
「そうしてください」
その後、馬車に乗って城へ帰る事になって、サグナとキャイルは、同じ馬車だが、みんなは違う馬車に乗っている。
「サグナ、まだ生えているか?」
「ああ」
キャイルは、とても落ち込んだ。
(王位失脚なんて事があったら、どうしてくれるんだ、魔女!)
と心の中で思った。
「これは、もう一度魔女に会って呪いを解いてもらうしかないですね」
「ええ~、無理だよ、あの魔女、すごく強かったじゃん」
「あの魔女の居場所は、探させます。生きていないか確かめるためと言えば、調べてくれるでしょう」
「サグナ、もう、お前だけが頼りだ」