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アリアと黒猫の放浪記―アルミラージの恩返し―

完結しません。あしからず


 ある昼下がりの森の中。周りには様々な種類の木々が生い茂り、時折アクセントのように、人の手によって植えられた草丈の低い白い花、ステラが小さな坂道を覆い尽くしています。

その坂道に沿って右へ左へと曲がりくねった、石を積み上げてできた階段がありまして、さらにその階段の右側にだけ錆びて赤茶けた細い手すりがあり、その手すりに紐で掛けられた寂れた金属製の看板、この道の先にあるカフェの名前『Horn Rabbit のテラス』の文字がありました。


この森にポツンとあるカフェは、いわば”ジェラート”と呼ばれる氷菓を提供しており、他にもクッキーが美味で、一部では大変人気な店舗でした。

今でも店内には数人のお客さんがその手にジェラートの入った紙コップや、薄茶色の紙袋に包まれた焼き立てのクッキーを持って美味しそうに食べているのが目に入ります。


そのカフェにはオープンテラスがついており、そこにはいくつかのチョコレートの様な丸テーブルがありました。時折吹く涼しい風が穏やかに頭上の木々の葉っぱたちを揺らし、木でできたテラスに乗るチョコレートの様な丸テーブルの上に木漏れ日を落としています。


テーブルの上に置かれた紅茶の入ったグラスは、その木漏れ日を受けてキラキラと輝き、結露して流れ落ちた水滴がテーブルの上に次々と落ちて小さな水たまりが出来上がっていきます。

もしそのグラスを持ち上げた時には、水の輪ができているでしょう。


さて、その丸テーブルの席の一つに座っていた十台の中~後半あたりの黒髪ボブカット少女は、同じくここで購入したカップに入ったジェラートを食べていました。

テーブルにはすでに、一つの手では収まらない程のジェラートのカップが重なっています。


「――――私はジェラートの中にクッキーが入ってるやつがかなり好きです。今までで食べたアイスの中で一番かもしれないです」


このテーブルには2つの椅子が対になるように置かれているのですが、今そこに座っているのは彼女一人だけです。傍から見ると独り言を言っているようにも見えますが、しかし彼女の座るテーブルはテラスの一番隅の席であったので、近くに人はいませんし、それに彼女の目線は床上の黒猫に向けられていることから、少なくとも独り言ではありませんでした。


その黒猫は無言のまま、―――もちろん猫でありますので、喋ることはできませんので、無言でその金色の凛々しい瞳で彼女を見上げています。

その顔は別段何を訴えている訳でもなく、彼女の言葉に耳を傾けていました。


しかし、何ともおかしなことに、その猫の足の下には新聞紙がありました。

踏みつけるようにではなく、まるでその手でページをめくる途中であるような状態でした。


その時、そんな黒猫に対して彼女はスプーンを使ってジェラートをすくうと、それを見せながら言いましす。


「食べます?」


疑問形を使うという事は、この黒猫が食べるか食べないかを選ぶ権利があるという事になります。しかし、猫は首を縦に振る訳でも横に振るわけでもなく、もちろん返事をするわけでもなく少し目を伏せました。


「本当ですよ、今度はちゃんと上げますから」


そんな黒猫に、彼女は笑いながらスプーンを揺らします。

そんな謎の補足に反応してか、黒猫はため息を吐くような仕草をしたかと思うと、そこでようやく重い口を開きました。


「いや、結構じゃ」

猫にとって糖類と乳糖の塊は毒なのです。


当然と言えば当然なのですが、しかしここで猫が質問に答えるということが当然ですまされるわけにはいきません。


しかし、彼女はそれが当たり前―――当然であったかのように、そのスプーンに乗ったジェラートを口に入れました。



「遠くから来た甲斐がありました。前から勧められてはいたんですけど、なかなか時間が取れなくて・・・」


そう言って、今日何個目かのジェラートを完食しました。

ジェラートは種類も多く、シャーベットのように食べやすいので仕方ないと彼女は言い訳がましいことを言っていましたが、しかし、やはり懸念されることがあります。


「食いすぎじゃし、・・・腹を壊すぞ?」


「美味しいものが食べられるのなら、必要な犠牲です。シュレも一緒にどうですか?」


「嫌じゃと言っておる」


ゆるい感じに聞いてきた彼女の提案を軽く受け流すと、シュレと呼ばれた黒猫は再び読みかけの新聞の方へ目をやり始めました。



「何か面白いこと書いています? それ」

黒縁の眼鏡のフレームを持ち上げながら、彼女は指でテーブルをコツコツと叩きながら言います。


「とりとめのないことじゃ・・・ロハス的な生き方講座とか、新しい高速道路を作るとか、ホットケーキとパンケーキの違いとか、しょうもない、脈絡もないことばっかじゃのう」


「うわあ地味ですね。パンケーキはオシャレな感じだとおもいます」

彼女はグラスの紅茶を飲みながら、「ホットケーキ食べたいですねー」とどんどん話をねじ曲げていきます。

自由すぎる彼女に黒猫はため息を吐くと、やっぱりもう一度新聞の方へ目を戻して呟くのです。


「・・・まあ、いつもどおり平和じゃなのう」






それから彼女ら(主に彼女が)は、十分アフタヌーンティーを堪能した後、席を立ち、店内にもどります。

この建物は木材が主の為、室内は暖かさを感じさせるような木目調の壁や棚、テーブルをオレンジ色の光を放つライトが照らし出しています。

中には数人のカップルが向かい合って座っていたり、彼女より少し年上くらいの女性数名が椅子に腰かけて楽しそうに座談会をしていました。



「店主の方ですか?」


彼女は財布からお金を出して会計をしている時、近くにあった写真―――家族写真でしょうか、男性と女性、その間にいる少年が写った写真が写真立てに立てかけられていました。


その質問に、写真と同じような容姿をした男性、それに少しだけ年を重ねた本人は、彼女から頂いた代金のお釣りを渡しながら笑顔で答えます。


「ええ、わたしたちは女房と二人でここをやっているんだけど、もうずいぶん長くやらせてもらっています。特にこのジェラートとクッキーが自慢で、お気に召してもらえたら嬉しいよ」


「本当に、美味しかったです。種類が多くてどれを食べようか悩みまして、結構いろんな種類を試してみたんですが、結局半分も食べられませんでした。次に来たときは、全種類食べようと思っています」


「果実ベースだから季節限定の商品もあるし、そう言うのも楽しんでほしいね」

会話の中から営業トークに結び付けると事から、この店主の”うまさ”が感じられますが、それはさておき、話は彼女のことに移ります。


「それはそうと、こんな山中まで来て下さって、見たところ若い学生かな? 何処から来たんだい?」


「ええと、”パンが美味しいことで有名な町”から来ました」


「ああ、あそこか! パンのにおいがする良い町だよね。そんな遠いところからわざわざ来てくれて、本当、感謝します」


「いえいえ、こちらこそ。美味しかったです、ごちそうさまでした。それはそうと、ジェラートの中にクッキーが入ってるやつがとても美味しくて、――――」


と、話が終わって帰ると思いきや、彼女はまた話に火をつけ始めます。わざわざ遠くから来たというフラグも立てておいたので、これでそう簡単に帰るという空気にはさせません。

彼女にとって、そこで美味しいものを食べるのも、美味しいものを作っている人の話を聞くのも、外出、旅の醍醐味なのです。





そんな長い立ち話を傍に、先ほどまで彼女に付き添っていた喋る黒猫は暇でした。

黒猫も店の中に入っても構わないと店の人に言われています。しかし、毎回恒例の彼女の御話タイムを聞いててもつまらないのです。別に、話をするのが特別苦手という訳ではないのですが、これは言うだけ野暮なことなのでわざわざ説明するまでもありません。

だから、黒猫は毎度のことながら、今のように外の景色を眺めたりして時間をつぶすのです。



黒猫は店舗から出て、曲がりくねった階段を下りた所にある金属製の看板、おそらくアルミ製でしょうか、その看板の前で座り、それを何気なく眺めていました。


「ウサギ・・・? 角・・・? なぜこんな名前を付けたのじゃろうか」


『Horn Rabbit のテラス』の文字を見ながらそんなことを考えている黒猫。

しかし、その思考はすぐに切られました。ようやく立ち話を済ませた彼女が帰ってきたのです。その手には、お土産である紙袋が握られています。もちろん、それは自分へのお土産です。



「次に来たときは、カシスのジェラートと柑橘系のクッキーをいただくんです。お土産には、私たちの町のパンでも持っていきましょう」


上機嫌にそう話す彼女の顔はやはりうれしそうです。

黒猫は「遅いぞ」と文句の一つでも言ってやろうかと思っていたのですが、そんな彼女の顔を見て結局言いませんでした。


この黒猫は口調的にも人間的?にも大人なのです。




さて、彼女たちは何処へ向かったかというと、自分たちの家に帰るためには移動手段が必要です。

駐車場が指定されていたため、少し歩いて移動手段の元へと森の中に作られた道を行きます。


そこで待っていたのは、彼女たちの相棒、―――荷台が箱型のそこそこ大きなトラックでした。



彼女はベージュのコートの外ポケットからトラックの鍵を取り出すと、運転席のドアを開けます。それからトラックに乗り込むと、今度は黒猫が入れるように助手席のドアを開けます。


帰り支度は万全です。

後は、彼女が帰り道で休憩と称して睡眠をとらなければ、おそらく今夜の11時ころには着くことでしょう。


彼女はサイドミラー、バックミラー、シートベルトと人が周りにいないかを確認し、トラックのエンジンをかけます。


草葉の擦れる音と、何処からか聞こえる鳥のさえずりは突如として現れたトラックのエンジン音にかき消されます。



「明日は仕事があるんです。今日中には家に帰りますよー」


「おう、事故らない程度、ほどほどには頑張れ」



彼女は「よーし」と掛けていた黒縁眼鏡を押し上げ気合を入れると、それからギアを入れ、サイドブレーキを落とすと、アクセルを踏みようやっとトラックを発進させました。


彼女は大型免許を持っていたのです。

言うだけ損ですが、年齢詐称で取得したという話はまた別の話。






「ん? 何じゃあれは・・・」


それから数分後、坂道を下っていた彼女らは、少しだけ舗装された道に出ました。

今まで砂利道だったので走りやすく、ほどほどに快適です。


そんな時、黒猫が見つけたのが道の脇に腰かけ、まるで泣いているように腕に顔をうずめている制服姿の少年でした。


そして、それだけならよかったのですが、道の上には何十枚といった紙がぐしゃぐしゃと散らかっており、彼女らから見ればその紙の持ち主はその少年であると判断するのに疑いはありませんでした。


「さすがに、踏んじゃ不味いですよね・・・?」


「じゃろうな・・・」



彼女は窓を開けると、そこに座って蹲っている少年に声をかけます。

助手席側から見える位置にいたので、彼女はシートベルトをはずして運転席から助手席の窓へ乗り出す格好になります。


「あの、この散らばってる紙は貴方の物ですか? でしたら、片付けてほしいんですけど・・・」


彼女は少年に声をかけます。

しかし、待ちましても一向に返事は帰ってきません。



「返事なしか・・・」


黒猫は小さく呟くと、頭上で困ったような顔をしている彼女に「気にかまうな」と提言しました。



「紙もあの状態じゃ。人為的にねじられたように見えるし、破れているものもある。それに、返事もせんという事は、踏みつけても構わんのじゃろう」


黒猫は冷たくそう言い切りますが、彼女は已然として蹲る少年をこまったように見ています。

そして、何を思ったか、彼女はギアをRに、サイドブレーキをかけると、ドアの取っ手に手をかけました。


「でも、見かけたからには無視するわけにもいきませんので・・・」


「お人好しめ・・・」


黒猫は、呆れたようにため息を吐きます。しかし、その言葉には「またか」と言っているようなニュアンスも含まれていました。


「何とでも」

そう言って彼女はドアを開けて少年の元へ歩いていきました。



さっきの冷たい発言は、黒猫なりの皮肉でしたが、しかしそのことは彼女も十分承知でした。

そして、彼女が自分のことをお人好しであることと自覚していることも、黒猫も知っていますし、だからこそ、これは茶番であり、確認作業なのです。


つまり、彼女はいつでも面倒事に首を突っ込んでいくタイプで、お人好しで、いつも冷静に見える割には感情をとても大切にしている人間でした。



だからこそ、彼女は今の仕事に向いているのでしょう。



彼女は歩いていき、そのまま少年の背後に立つと、静かに声をかけます。



「こんなところで何をしているんですか?」


しかし、やはりと言うべきでしょうか、返事は帰ってきません。

この時、彼女は気付いていました。少年が鼻をすすり、目元を袖で必死にふき取きとっている姿を。そして、歩いている時に気付いた、道に散らばっていた紙がなんであるかを。


彼女は諦めずに、もう一度声をかけます。


「私でよければ、話を聞きますよ?」


と、そのとき少年は体をわなわなとふるわせ始めると、何かを小声で言い始めました。


ようやっと、彼女の問いかけに反応したのです。しかし、彼女の顔がぱっと明るくなったのに対し、少年は顔をあげて彼女を睨みつけました。

怒っているのか泣きたいのかのどちらか・・・おそらくその中間の表情で睨みつけ、そして、八つ当たりをするように彼女に向かって叫びました。


「ほっとけよッ! 誰なんだよお前! 踏みつけていけよ、あんなゴミも同然の紙屑なんか・・・

捨てたんだよ、俺は! 俺はッ・・・!」


少年は握りこぶしをわなわなとふるわせて、近くにあった紙を手に取ると、もう見たくないと言う風に投げ捨てます。


少年は「ほっとけよ・・・」と再度言いながら、彼女に自分のことに気をかけるなというふうに威圧をかけます。その言動は、まるで子供のそれです。



その様子を眺めていた彼女は、やれやれと言う風に「はあ」と短くため息を吐きました。



彼女―――アリア=ローズウッドはかけてあった黒縁の眼鏡を取り外しました。



彼女は自分のことをお人好しであると自称し、そしてそれを難儀で面倒くさい性格であるとも認めてます。人間関係に一度は絶望し、何処までも冷えた眼でしか人間関係が見えなくなっていた彼女が、人を好きになるきっかけになった出来事は、ある恩人のおかげであり、それが今、彼女の生活の基盤となっている仕事でありました。



そして、彼女はまるで輝石の様なグレーの瞳で少年を見下ろしながら言いました。



「私は、”なんでも屋”ですよ。しがない」









久し振りこのタイトルで書いたので、それのちょっとしたリハビリ。

続きはあまり期待しないで下さい(プロットはありますけれども)。

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