第九十五話 少女覚醒
前回までのあらすじ!
人斬りとしての心構えをわりと真剣に語ったぞ!
木剣が空を薙ぐ。
鋭さも切れもない。
おれはその場から足を動かすこともなく、上体を反らしてそいつをやり過ごした。メルがすかさず、さらに踏み込む。修道服のスカートと降り積もっていた枯れ葉が舞い上がり、木剣がおれの胸部中央へと突き出された。
おっと……。
が、木剣の剣先が届くよりも早く、おれは当然のように木枝でメルの右腕を払う。剣先は反れて空を貫いた。
「痛……ッ」
ぱしっと音がして、メルが顔をしかめた。
「顔」
「お、おお!」
にへらと笑った。
あれから五日が経った。
メルは毎日のように太陽が傾き始める頃にやってくる。都合のいいことに、不格好な握り飯なんぞを持ってだ。正確なところを言えば米かどうかはわからんが、それに似たものが食えるのは実にありがたい。
もっとも、そいつを享受しているリリィに関しちゃ、今やすっかりメルの味方だ。
「ほれでふ、メル! んぐん。……今の踏み込み良かったですよ! そういう技はもっと繋げていきましょう!」
「そうかっ!? リリィもそう思うか!?」
頬一杯に握り飯詰め込みながら適当なことほざいてんじゃあないよ……。
が、まあ、あながち間違いでもねえ。メルのやつ、打たれる痛みに慣れてきたこともあってか、てめえの剣というものを考えるようになっていやがる。
あきらかに動きが変わった。
おれだから見てから対処することもできちゃいるが、初見の盆暗が相手なら互角にはやれるだろう。
「まだまだ手が少ねえ。技と呼べるようなものが足りてねえんだ。ちょいと才のあるやつが相手なら、一度見せた技は通用しねえから多いほどいい」
「そっか……」
リリィが不思議そうな顔で銀髪を傾けた。
「オキタの三段突きや斬撃疾ばしは、一度見たくらいでは対処のしようもないのでは?」
「そりゃ技の話じゃあねえ。必殺剣の話だ」
メルがにぱっと笑った。
「なんだよ、汚物! 最初からそれを教え――アダッ!?」
木枝でメルの頭を叩く。
汚物と罵られたからじゃあないぞ。
「くぅ~、頭ばっかりぼこぼこ叩くな。気持ちよくなっちゃうだろっ!」
なんか気持ち悪いこと言い出した!
「必殺剣なんぞ、数日そこらでできるわけねえだろ阿呆。無数に得た技の中から最も得意なものと最も特異なものを選別し、何千何万回とそいつを繰り返すんだ。雨の日も雪の日も。そン中でものになった技だけが必殺剣と呼ばれるもんになる」
「時間が足りないか」
「わかったらさっさと立て」
「ん!」
こうしてまた打ち合う。
当初の想像を上回る早さで成長してはいるものの、まだ新撰組の一般隊士ほどにも至っちゃいない。
十五度目にメルを転がしたおれは、木枝を肩に置いて尋ねてみた。
「メル、真剣を扱ったことはあるか?」
「ない。見習いは有事の際以外、木剣なんだ。だが安心しろ。一応中に金属の棒が詰まっているから、重さは真剣に近いはずだ」
そうじゃねえんだなァ。そろそろ次の段階に移らねば、剣筋や体捌きに妙な癖がついてしまう恐れがある。
つまりはこういうことだ。
木枝じゃいくら打たれても死にゃしねえ。当然だ。刃がついていないのだから。
だが、そいつを前提に動かれるのは不本意に尽きる。たとえば枝を肩で受け止めて木剣を返す戦法等だ。真剣相手に同じ作戦を取りゃあ、ただの自害になっちまう。
だからといっておれだけが菊一文字則宗を抜いちまうのも大人げねえ。そも、金属が入っていようが木剣ごときで打ち合える代物でもねえ。
どうしたものかと考えていると、リリィがおれを覗き込んで空色の瞳を細めた。
「夜のうちにわたしが調達してきましょうか?」
「できるか?」
「どこかに国でもあれば良いのですが。セレスティには戻れませんから」
「距離かィ?」
「いえ、オキタを乗せていなければ亜音速まで遠慮なく出せますので、そちらのほうはあまり問題ではありません」
そいつぁ悪うござんしたね。
ここんとこ、しょっちゅう落っこちてるからなァ。
「……イグニスベルか」
「はい。古竜同士だと、ある程度の距離があってもその存在を感知されます。オキタが生きている限り、血の盟約でわたしを従わせることは何者にもできませんが、わたしが囚われた場合、オキタは明日の朝日は拝めません。つまりわたしが一日囚われれば、オキタは死んでわたしはイグニスベルに従わされてしまいます」
「すまねえ。うかつには離れられねえなァ」
「はいっ」
黑竜病さえなけりゃあなァ。
現状、一日に一度はリリィの血を飲まなければ、おれは呼吸困難と喀血でくたばっちまう。まったくもって不便な身体だ。
メルが戸惑いながら、会話に参加してきた。
「えっと? 神竜国家の王の名前とか、血の盟約とか、なんかさっきからすごい不穏な言葉が聞こえてるんだが……」
おれとリリィが目を見合わせて、うなずき合った。
こいつならまぁ問題はねえだろう。むしろリリフレイア神殿を動かすためには、知っていてもらわねばならない。
「先日ちょいと揉めてなァ。イグニスベルと死合った。痛み分けで終わっちまったがね」
「ふふ、わたしを取り合ってですっ」
「得意げに言うんじゃあないよ。あながち間違っちゃいねえが」
しばらくして、ふと気づいたようにメルが目を見開いた。
「え、え……? リリィってまさか……異様な濃度の魔素をまとっているから、魔女かなんかの類だろうとは思ってたけど……え、うそ……」
おれはメルの口に掌をあてた。
「口には出すな」
「~~~~ッ!?」
直後、メルの木剣が逆袈裟に斬り上げられた。
「おわっ!?」
鋭い。これまでのどの一撃よりも。
おれはとっさに飛び退き、間一髪でそいつを躱す。ざわり、と臓腑の底がざわついた。
殺気だ。
糞! 判断を誤った! リリィが古竜だと知った途端にこれだ――!
おれは後退と同時に菊一文字則宗の柄へと手を伸ばす。だが、直後にメルから投げかけられた言葉はあまりに意外で。
「き、きき、汚いモノを弄くった手で、わ、わ、わたしに触るなぁぁぁっ! 妊娠したらどうしてくれるんだぁぁぁ!」
「……あ、あぁ?」
困惑するおれを余所に、メルは両腕でてめえを抱いて後ずさった。
おれは柄に添えた手を力なくするりと落とし、魂の抜けた顔で呟く。
「……や、しねえよ」
そんなことで殺気を放つんじゃあないよ。斬っちまうところだっただろうが。
それも、教えに忠実なのか、涙目で歪んだ笑顔まで浮かべて。
「……フフ、フフフフ…………汚らわしいモノが……間接的にわたしの唇に……フフ……」
紅潮し、歪んだ感情を示すその表情に、臓腑ではなく不思議と背筋がぞわっとした。
おれに恐怖や不安を植え付けるたぁ、こいつはたしかにおれには理解のできん大物になるやもしれん。
結局、メルにリリフレイア神殿国家に属する小国の位置を聞き、その日のうちにリリィには飛び立ってもらった。
ま、このときはまだ、リリィがあんなとんでもねえもんを持ち帰ってくるとは夢にも思っちゃいなかったわけだが。
ドラ子の雑感
おっつかい♪ おっつかい♪
……あれ? 何かいる……? 何かいるー! かわいい!




