第九話 すれ違い
前回までのあらすじ!
侍がドラ子の骨っこを勝手に埋めちゃったぞ!
おれは白骨を載せていた羽織を手に持って、ぱたぱたと雪を払い落とした。
いつまでもあんな格好をされてちゃ、ぶっ倒れられかねない。それに正直なところ素足が見えているのぁ、目の毒だ。
「着るかい? 寒いだろ」
女は突っ立ったまま眉をひそめた。言葉はない。
互いに困り顔で見つめ合い、あきらめたおれは羽織に袖を通す。
「ま、遺体がのっかってたもんじゃあ薄気味悪ィって――」
「――寒くは、ありません」
言葉を遮って女が呟いた。
「そうかい。……え、そうなの?」
こくり、うなずく。
おれも他人のことはいえねえ格好だが、このシ……汁婆何ちゃらいう女は、白い薄布一枚でできた異国の服を着ているだけだ。
袖からは腕が見えているし、膝頭から下も丸出し、おまけに雪面に素足で立っている。
「その白い衣は、そんなに優れた防寒具にゃ見えないがねェ」
「これはワンピースという服です。防寒具ではありません」
椀ぴぃす……何?
「なんかよくわからんが、見てるこっちが寒くなる」
女が椀ぴぃすとかいう服の裾を指先でつまみ上げ、首を傾げた。白く眩しい脚部が、太もものあたりまで露わとなる。
どうやら足を見せて誘惑するのが目的ではないらしく、純粋に椀ぴぃすとやらの是非を問うているようで、空色の視線は自身の服へと向けられていた。
「お気に召しませんか、マスター?」
「そういうわけじゃねえが、若え女が足なんざ出して歩くもんじゃあねェよ」
ますたあってなんだ?
「では少し失礼いたします」
女が無防備に歩み寄ってきた。
別段殺気をまき散らしているわけではないし、こいつが襲いかかってくるとも思えなかったおれは、静かに差し出された人差し指の先端を額で受け止めた。
「なんだい、こりゃ?」
「マスターの記憶を、少しだけ覗かせてください」
「はあ……」
「ご安心ください。服装に関するものだけですので」
よくわからんことばかりだが、どうやら、ますたあ、というのはおれのことのようだ。
そうしてしばらく。
おれの額に触れていた指先を、女がゆっくり下ろした。
「解析完了。ありがとうございます」
「おお」
「着替えます」
「あ?」
おれが間の抜けた戸惑いの言葉を発するよりも早く、女の着ていた椀ぴぃすとやらが光の粒となって粉々に吹っ飛んだ。
「――うふぇっ!?」
光の粒は全裸となった女を隠すように、わずかの距離で一瞬漂うと、再び女の肉体へと吸い込まれるかのように吸着する。
だが、違う。変わっている。白の椀ぴぃすだったものは、花柄の入った赤い懸衣へと変化していた。
おれは言葉を失った。
「換装完了。着物にしてみました。いかがですか、マスター?」
「……あ、あぁ……いいね……。……ずいぶんと……よくなった……」
何、今の……。
「ありがとうございます。では、あなたの前ではこの姿でいることにします」
にこりともせず、真顔で礼を述べる女の姿に、おれは頭が痛くなった。
物の怪の類か。さっきの怪物もそうだが、この山にはまともな生物はいないのか。それとも、おれはまだ寝ぼけているのか。
「ところでおまえさん、怪物を見なかったかい? 羽の生えた大きなやつだ」
あれほど特徴のある怪物なのに、いざ言葉で説明しようとすると、なかなか難しい。何せ形容する言葉がほとんどないのでは。
「あ~、ちょうどおまえさんの髪の色に似ていたな」
「色、ですか。怪物の……色……」
女がわずかに眉根を寄せた。ぴんとこなさそうなツラだ。
「すまねえ。他にどう説明していいのやらさっぱりでな」
「申し訳ありません、マスター。覚えがありません」
「そうかい。そいつぁ残念だ」
あれだけの巨体だ。そんな簡単にゃ姿を隠せるとは思えねえが。もしやあの怪物さえ、死にかけたおれの夢の産物だったのだろうか。
「一宿の礼を言いたかったんだがな」
「わかりました。これから捜索してきますので、少々お待ちください」
「あ、いや――」
別にいいよ、と言おうとした直後、女の周囲で再び光の粒が散った。
「ん? どわぁっ!?」
次の瞬間、光の粒は降り積もった雪を、おれごと衝撃波で大きく弾き飛ばしていた。
背中から大きく宙を舞い、危うく崖から落とされそうになって、片足で踏みとどまる。崖下は薄暗い谷で底が見えない。
「と、と、ぬ……っが!」
腕をぶん回してかろうじてバランスを保ち、どうにかこうにか一命を取り留めたおれは、眼前に広がる異様な光景に目を疑った。
周囲には雪煙が立ち籠めている。目を凝らして雪煙を凝視すると、その中では巨大な影が蠢いていた。
大きな、大きな、銀色の生物だ。熊なんかより、よっぽど。
雪煙の上部に目を向けると、見慣れた怪物がひょっこりと顔を出していやがった。
『シルバースノウリリィ。“怪物”の捜索に出ます』
怪物が飛び立たんとして、白銀の翼を大きく広げる。
おれは必死で首を左右に振りながら叫んでいた。
「………………や、おまえだよっ!?」
ドラ子の雑感
えぇ!? 怪物ってわたしのことなの!?
……ぅぅ……ひどい~……。