第八十一話 死中に活
前回までのあらすじ!
誰がどう考えてももうだめだ~w
膨らんだ火竜は鱗の隙間から炎をちらちらと漏らしている。どんだけ体内に熱を溜めてやがるのか想像もつかねえ。
今や谷方面だけじゃあなく、岩山全土から陽炎が上がっている。
おれは息を吐いた。
「……こいつぁどうにも、進退窮まっちまったなァ……」
ゆるいが手足の感覚はある。呼吸が戻ったためか、視界も徐々に定まりつつある。むろん、斬撃疾ばしが使えるってわけじゃあない。
おれの背後では背中合わせとなって、リリィがラドの特大剣を防ぎ続けている。重々しい一撃が響き続けているおかげで、リリィの無事はわかっている。
潮時かね。
「よぉ、リリィ」
「お断りします!」
問答するつもりはねえ。リリィも、おれもだ。
おれはリリィが想定したであろう言葉を吐くつもりだった。だが、以心伝心。そいつは言葉よりも先に伝わり、リリィはそれに返答した。
てめえ一人でとっとと尻尾巻いて逃げろって話だ。
あきれたね。熟々莫迦な女だ。
「言うと思ったぜ、この阿呆ンだら」
「……ッつ」
骨の音が響き、甘い匂いのする血液が飛散する。おれはそいつを空中で一滴つかみ取り、舌で舐めとった。
生命の雫、銀竜の血液エリクシル――。
「だったら覚悟しな、リリィ」
リリィがラドの特大剣を蹴り上げて、大地を揺らす踏み込みと同時に鳩尾へと掌打を放つ。だがラドは自ら後方へと跳び、その威力を減衰させ――しかし表情を苦しげに歪めた。
リリィは懸衣の乱れも直さず、さらに踏み込む。
大したもんだ。もうラドの動きに適応し始めている。おかげでおれはイグニスベルへと集中することができる。
すぅ、はぁ。息を吸い、吐く。
いつからだろうか。死を遠ざけ始めたのは。
いつからだろうか。生にしがみつくようになったのは。
「てめえは血の一滴までおれのもんだ」
エリクシルを飲んだ瞬間から、おれは忘れていた。
おれの全身に重くのしかかり、手足を鈍くさせていた絶望は、今や別の感情へと置き換わりつつある。
忘れていたのさ。死は常にともにあった。おれはすでに死んだ身で余生を過ごしているだけに過ぎない。てめえの命などどこにもない。時代の濁流に呑まれて失った。黑竜病に冒されて失ったのだ。
だから今、そいつを得るためにリリィという名の仮の命を借りて旅をしているだけだ。
どくん、と心臓が力強く脈打った。血液が全身へと行き渡る。
ならば燃やせ。燃え滓の魂を原動として走れ。死はすでにともにある。
熱を失い腐りかけた肉体に、心に炎が灯る。
「だからよ――」
重量減らしに鞘を投げ捨て、抜き身の菊一文字則宗を下段にかまえ、おれは地を蹴った。歪な笑みを浮かべながら。
「だから、地獄の底でも眺めに行こうやッ!! なァ、シルバースノウリリィ!!」
「仰せのままに、どこまでも」
凛々しき女の声を置き去りに。
四本の足で大地を這う矜持高き狼のように――いいや、今一度新撰組の前身、壬生の狼に戻り、限界まで膨らんだ火竜イグニスベルへと疾走した。
いつものような速度はない。足が回りやがらねえ。
正直な話、馴染んだ菊一文字則宗でさえ重く感じる。滑らぬよう、取り落とさぬよう、柄を強く握る。
狙いは一つ。
心の臓の位置なんざわかるはずもねえ。頭だ。どんな生物だろうが、心の臓か頭部をぶった斬ればくたばるってもんよ。
「オオオオオォォォォッ!」
ドラゴンブレスが来ようが関係ねえ。避ける力はもうない。ただまっすぐに走り、ただまっすぐに突き刺すのみ。
走る、走る、走る――!
やつから見りゃ、さぞや不気味に映るだろう。ドラゴンブレスの射線をまっすぐに駆けてくる矮小なる愚か者の姿は。
火竜の腹の膨らみが止まったと同時、おれはイグニスベルまで十数歩といった距離で跳躍する。尖った無数の牙を剥き出しにして、火竜ががぱりと大口を開けた。喉奥には白く変色した炎が渦巻いてやがる。
関係ねえ――ッ!
「くかかッ!」
意図せず笑いが漏れた。歪んだ狂人の声だ。
吐くなら吐け。おれの肉体は塵のように消し飛ぶだろう。そりゃあもう見事にだ。
だがなァ、そのときには、この切っ先はてめえの脳天に突き刺さっている。
貴様の命を貫いている――ッ!
退けば死、進めば相打ち。壬生の狼にしちゃあ、上等な死に様だ。
「死合おうぜェ、イグニスベル――ッ!」
不退転の覚悟でおれは最後の力を振り絞り、白色の炎渦巻く火竜の口蓋へと飛び込むように菊一文字則宗を突き出す。
一本突き――!
瞬間、おれは光に飲まれた。不思議と熱は感じなかった。ただただ世界が白く濁り、リリィの悲鳴も音も消えて、すべての感覚を失っていた。
だが、それは一瞬のことで。
気づけばおれの視界は真っ暗な谷底を見下ろしていた。
「~~ッ!?」
とっさに身を翻し、菊一文字則宗を逆手に持ち替えて崖際に突き刺す。
足もとで轟々と吹き荒ぶ風。ブーツの下に地面はない。おれは右手一本で菊一文字則宗の柄をつかみ、崖にぶら下がっていた。
何が起こった……?
両足を大きく振った反動で崖上へと着地する。だがさすがに踏ん張りが利かず、おれは無様に尻餅をついて背中から転がった。
すぐさま手を突っ張って上体を起こし、眉間に皺を寄せる。
「……なんでえ、つまらねえ。殺り合っちゃくれねえのかィ?」
「冗談ではないッ。あのような無謀な戦い方をする生物など見たこともないッ。貴様は一つの生命として完全に狂っているッ。――なんなのだ、貴様はッ!」
男性体となったイグニスベルが、忌々しげに吐き捨てた。
やつは今際の際になり、相打ちの炎ではなく人化での回避を選んだ。菊一文字則宗の切っ先に臆した。命の交換に怖じたのさ。
そりゃそうだろう。こんな風前の灯火と猛々しき劫火の交換だ。割に合うはずもねえ。
「そう褒めるな。照れるじゃねえかよ」
「茶化すな、人間! 何者かと問うている!」
おれは全身を震わせながら片膝を立て、菊一文字則宗の切っ先をやつへと照準した。
血走った目をかっ開き、口もとに歪んだ笑みを貼り付けて、外連味たっぷりに言い放つ。
「侍だ」
「サム……ライだと? そのような人種、聞いたこともないわ!」
「そうかィ」
イグニスベルが表情を歪めて舌打ちをした。
おれも満身創痍だが、やつも無傷ではない。
威力半減以下の出来損ないとはいえ、斬撃疾ばしを受け止めたイグニスベルの肉体は、左肩口から右腰部まで袈裟懸けに溶岩の血を大量に流している。おそらくやつが竜骨剣にしていた二本の骨も断ち切ったはずだ。
エリクシルという体液を持つ銀竜ほどの回復力は、火竜にはないらしい。
渇いた唇を舐めとる。
かなりの深傷――今ならば。
ドラ子の雑感
え~……なんか勝ったような空気出してイキってるけど、
命がけで屁理屈こねたようにしか見えませんでした……。




