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第八十話 瀬戸際

前回までのあらすじ!


もう……あかん……。

 谷底から連なる岩山を震わせる怒りの咆吼。

 羽音はない。だが、断続的に突き上げるような地響きがしている。

 まるで、そう。巨大な獣が、谷底から這い上がってくるかのように。何度も、何度も。


 鞍のついたワイバーンの大半が狂ったように鳴き、主である竜騎兵らを置き去りにして次々と飛び立ってゆく。空へと逃れるために。

 おれだってそうしてえよ。翼があるならな。


「ぐ……く……っ」


 だが生憎(あいにく)、翼どころか足すらまともに動きゃしねえ。このぽんこつは。

 命と引き替えなら、今一度放てるだろうか。

 己の掌に視線を落とす。手が震えているからか、それとも目ン玉がやられっちまったのか、右手の指が十五本見える。

 無理だ。


 ラドとリリィはまだ打ち合っている。

 ラドの特大剣は何度かリリィを掠めてはいるが、おそらくリリィがあれに負けることはない。理由は明白、ラドには殺意がないからだ。

 イグニスベルの目的はリリィの力を手に入れることだ。むろんそれは死体であってはならない。生かしたままリリィの血を飲み、盟約にて縛り上げ、彼女自身を戦力として従わせる必要がある。

 ゆえに、ひとまずリリィには危険はないと見て間違いはない。


 問題はおれだ。ラドにせよ竜騎兵にせよイグニスベルにせよ、現在リリィの主であるおれは不要、むしろ邪魔な存在だ。生かしておく理由も必要性もない。


 ならばどうする? 何ができる?

 谷底からの地響きが、徐々に高度を増してきているのがわかる。理由は知らんが、どうやら翼での飛行ではなく、崖を這い上がってきているようだ。


「――ッ」


 足もとが大きく揺れた。

 近い。


「……埒もねえ」


 考えるだけ無駄だ。あの一撃でイグニスベルを断ち損ねた時点で、状況は圧倒的に不利。

 リリィが女性体のままラドをぶっ飛ばせりゃ問題はねえが――。


「この――っ!」


 岩をも破壊するリリィの拳の一撃を、ラドは特大剣の腹を滑らせることで去なす。


「……」

「いい加減にして――っ!」


 焦れたリリィは懸衣を踊らせながら跳躍と同時にラドの首へと回し蹴りを繰り出すが、それを読んでいたラドはリリィの蹴り足をかいくぐりながら彼女の軸足をつかみ、銀色の頭部から乱暴に地面へと叩き下ろした。


「おお……ッ!」

「ひゃっ」


 頭部を叩きつけられる寸前、リリィは両手で大地を叩いて身軽に跳び上がり、空中で軽やかに回転しながら光の粒子を散らした。


「させぬ」


 だが、横薙ぎに払われたラドの特大剣を両手で挟み込んで霧散させる。散った粒子が赤の懸衣へと戻った。


「もう、しつこい――ッ!」

「あきらめて我が王の后となるがいい。幼き銀竜の姫よ」

「お断りします!」


 だめだな。冷静さまで失ってやがる。

 女性体での戦闘経験の少なさが出ている。

 力も速さも瞬発力でさえリリィが上回っちゃいるが、そいつを使いこなすだけの知識や技量が足りてねえ。こればっかりは経験だ。


 ずん、と大地が大きく揺れた。

 呼吸がようやく戻ってきたが、依然として視界はぼやけたままだ。

 ずん……。震動が地面を突き上げる。


 おれたちを取り囲む竜騎兵の包囲網が、唯一途切れている方角。つまり、おれがイグニスベルごと数十名の竜騎兵どもを斬撃疾ばしの出来損ないでぶっ飛ばした、谷のある方角だ。


 陽炎で歪んだ――。


 人のものではない赤く巨大な火竜の爪が、谷から這い出た。

 じゅう、じゅう、と周囲の岩を真っ赤に焦がしつけながら。

 続いて翼が、そして片目の潰れた長い首が持ち上がり、隻眼となった火竜が溶岩よりも赤い瞳でおれを射貫く。


 ――ギィアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

「~~ッ」


 熱波とともに襲い来た音の刃を受けて、おれは今一度膝を折った。


「……かっ、糞……ッ!」


 鼓膜が激しく震動し、耳に激痛が走る。

 やつの身内であるはずの竜騎兵ですら息を呑み、その動きを止める。かろうじて残っていたワイバーンらは恐慌を来し、空へ舞い上がることさえ忘れて主である竜騎兵を吹っ飛ばし、我先にと走って逃げ出した。

 そうして巨大な火竜は、ついにその全身を崖上へと置いた。


 ――カァァァ……。


 口の隙間から炎が漏れる。

 赤の翼は無惨に破れ、左の瞳は潰れ、鱗もところどころ剥がれ落ち、全身からじくじくと溶岩の血液を流している。


「……」


 臓腑の底が震えやがる。やつのまき散らす殺気と、おれの体内から溢れ出す恐怖で。

 だが、どうやら。どうやら出来損ないでも、斬撃疾ばしはそこそこの効果が見込めたらしい。


「か……っ、くくっ、大した様だなァ、イグニスベル。たかが人間の放った技一つによ」


 火竜イグニスベルは、怒りと憎しみに燃える炎を宿した瞳でこちらを見ている。口蓋を大きく開けて、息を吸うように胸を徐々に膨らませながら。


「――?」


 誰もが、その様子に身動きを止めていた。

 やつと対峙しているおれはもちろんのこと、三桁もの竜騎兵らは脅えた視線を王へと向け、あれほど激しく打ち合っていたラドとリリィでさえその手を止めて、神竜王へと視線を向けていた。


 だからだろう。

 気づく。おそらくは、この場にいる全員が。

 谷の方角から流れていた風の向きが、山からの吹き下ろしの風へと変わっている。やつが、イグニスベルが風を喰っていやがる。

 ラドが瞳を見開いた。


「王よ、あなたは……。――いかん! 竜騎兵ッ、ワイバーンを呼び戻せッ!!」


 叫ぶや否や、ラドが首から提げていた小さな笛を吹いた。

 先ほど逃げ去ったはずのワイバーンたちが、勇敢なる意志を瞳に宿しながら次々と空から飛来する。

 半ば恐慌を来しながら、竜騎兵らがワイバーンの背に乗ってその場から離脱し始めた。だが、中には騎竜の戻らぬ兵もいる。彼らは狂ったように笛を吹き、空を見上げて絶望し、やがて己が足でその場から逃げ始めた。


 なんだ? 何が起こる?


 リリィが焦燥に駆られた表情で叫ぶ。


「オキタ!」


 なんだってかまわねえ! 逃げるなら今だ!


「リリィ!」

「わかってます!」


 リリィが再び光の粒子を散らす。


「~~ッ」


 だが、次の瞬間、ラドの特大剣を避けて再び光は霧散した。


「く、あなた――ッ」

「させぬ。幼竜の姫よ、おまえには我がワイバーンに乗ってもらう」


 イグニスベルの胸部が、まるで河豚(フグ)の腹のように膨らんでいる。事ここに至って想像すらできねえほどには、おれだって莫迦じゃあない。

 ドラゴンブレスが来る。それも、最大級の。

 あんなもんもらっちまったら、おれたちは愚か、この岩山だって跡形もなく消えちまう。


ドラ子の雑感


どうしよう……! どうしよう……!

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