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第七十八話 剣舞

前回までのあらすじ!


ドラ子が取られそうだ!

 集中を切らさぬよう、ゆっくりと菊一文字則宗を抜く。

 同時に、片膝をついて見守っていたラドや竜騎兵らが、一斉に立ち上がった。やつらの槍の穂先は、もちろんおれたちへと向けられている。


 この期に及んで、おれはまだ迷っていた。

 斬撃疾ばしを使うべきか否か。

 放てば仮にイグニスベルを殺せたとしても、黑竜病に冒され限界まで弱ったこの身では、ラドや竜騎兵には対処できなくなってしまうだろう。


 ならば一騎打ちよろしく死合うか。

 こいつも正直なところ難しい。イグニスベルがただの斬撃ごときでそう簡単に殺せるとは思えないし、ラドと挟撃されてはお手上げだ。ついでに三桁をこえる竜騎兵どもも指を咥えて黙って見ていてくれるとは到底思えねえ。


 ……詰んでるねェ……。


 おれとイグニスベルの間に立っていたリリィが視線を前方へと向けたまま、やつの威圧に押されるかのようにじりじりと後ずさってきた。

 それを追って、イグニスベルは両手を無防備に広げながらおれたちへと近づいてくる。刀を抜いたおれの存在など、まるで路傍の石であるかのように。薄ら笑いなんざ浮かべながらだ。


 舐めやがって――。


 リリィがイグニスベルから視線を切って素早くおれの背中に回り込み、自らの背をあてた。背中越しに伝わる鼓動は早鐘のように響いているし、懸衣越しでも汗で湿っているのが感じられる。

 やはり火竜イグニスベルを相当恐れているようだ。それでもこいつは。


『オキタ。ラドと名乗ったあの男は、可能な限りわたしが押さえておきます』


 気丈に念話を飛ばしてくる。がちごちの恐怖に囚われちまっているはずなのに。


 おれはため息をつくと、リリィの臀部(しり)を揉んだ。びくっと懸衣の身体が小さく跳ねて、直後にリリィの踵がおれのふくらはぎを蹴る。


『ちょっと! こんな状況なのに何をしているんですかっ!』


 ごもっとも。だが、身体に無駄な力が入り過ぎだ。そんな状態じゃあ、とても本来の力は出せないだろう。と、言葉に出せりゃいいんだが、念話をしていることは敵さんには可能な限り隠しておきたい。

 そのためなら助平の汚名くらいは被ってやるさ。

 なかなかの触り心地ではあったがねェ。


『…………そ、そういうことは、や、宿についてからにしてください』


 それじゃ意味ねえ。

 ま、力も抜けたようだし結果は良しとするさ。


 息を吸い、息を吐く。

 江戸末期の暗殺合戦の際、刃を交えてもっとも厄介だったやつらは、鋭い暗殺の刃を受け止める達人じゃあない。

 受け止めることすらせず、自らの身を省みずに己が刃を捨て身で振るう狂った人斬りどもだった。


 リリィと莫迦なやりとりをしているうちに、どうやらおれも気が晴れたようだ。

 どうするかなど決まっている。あの時代、江戸が刻の濁流に呑まれたあの時代の経験が、それを指し示してくれている。

 選ぶべきは、イグニスベルが最も嫌がることだ。

 だからおれは、菊一文字則宗を右下段にゆっくりと引き絞った。歪んだ醜い悪人の笑みを浮かべながら。


「褒美をくれるっつったなァ、イグニスベル?」

「申してみよ。だが、急げよ、人間」


 足を止めずにイグニスベルが右手を一振りした。その手の中に、柄のない燃える刃が顕現する。掌から生えたように見えたのは気のせいだろうか。


「この竜骨剣が、貴様の首に届く前にな」

「……ケチな野郎だ。いくらもねえじゃねえかよぅ……」


 轟々と炎を立ち上らせている刀身は、まるで骨から削りだしたかのように白い。銘や顕現のさせ方からして実際に己の骨を使用しているのだろうが、つくづく古竜ってのは規格外の怪物なのだと思い知らされる。

 それでもおれは告げる。不遜な態度で、歪な笑みで。偉大なる神竜王へ。


「おれの命がだめならよォ……」


 地面を舐めるように体勢を低くして、おれはブーツの中で地をつかんでいた。


「……くれや」


 舌を出し、狂人の笑みで大地を滑る。


「――おまえさんの命を」


 直後、甲高い金属音が鳴り渡った。

 逆袈裟に振り上げた菊一文字則宗の刃を竜骨剣とやらで防ぎ、イグニスベルが目を見開いた。どうやら人間風情が選ぶには、ちょいと意外な対応だったらしい。


 菊一の刃が竜骨剣の炎を派手に散らす――!

 痩せ衰えた筋肉が軋み、おれは顔をしかめた。


「防ぐかね、今のを……!」


 最高の不意打ちだったんだがねェ。


「ふん、小賢しい。このまま圧し潰してくれようか」


 イグニスベルが菊一ごとおれを圧し潰そうと力を込めた。

 両腕どころか全身の骨が軋む。


「ぐ……く……っ」

「……ふ、なんだその力は。人間の女にも劣るぞ」

「……うる……せえ……!」


 鍔迫(つばぜ)()いには応じない。相手は人の形を取っていても古竜だ。こいつらの莫迦力はリリィで散々っぱら見てきている。それでなくともこちとら病人だ。ただの人間相手だって力の勝負はご免だ。


 おれは腕の力を抜いて竜骨剣の刃を菊一文字則宗の刃で柔らかく滑らせながら受け流し、そのままの勢いでイグニスベルの喉へと菊一文字則宗の刃を薙いだ。


「イアッ!」


 切っ先が頸部を掠め、溶岩流のように泡立った高熱の血液が噴出する。頸動脈を断った。やつがまともな人間であれば、これで(しま)いだったはずだ。

 ラドの特大剣を正面から両手で挟み取ったリリィが叫ぶ。


「まだです! 油断しないで!」


 わ~ってるよッ! いいからおまえさんは自分の心配してろ!

 頸部から血液を撒き散らしながらも、憤怒の形相でイグニスベルはおれへと竜骨剣を振るう。そこに衰えはない。人体であるならば死亡の免れぬ怪我ですらも、古竜種の歩みを止めることはできない。


「があああぁッ!!」

「――ッ」


 紙一重で躱すたびに、炎をまとった暴風によって己の皮膚と肉が焦げ付く痛みと臭気がした。刀で受け流し、体捌きで躱し、おれはぎりぎりでそれらを回避し続ける。


「小癪ッ!」


 上体を反らせて躱したおれの頬を、まとう炎が焦がして流れた。


「~~ッ」


 続く追撃の突きを菊一文字則宗の腹を滑らせることで去なし、身体を回転させながらの踏み込みと同時に脇腹へと必殺の刃を振るう。

 凄まじい金属音が響き渡り、互いの肉体が弾けた。同時に飛び出す舌打ち。

 これも防ぐかよ!

 力だけならどうにかなると思ったが、なかなかどうして技量も高いときたもんだ。


「面倒な人間め。ひと思いに踏みつぶしてくれる」


 おれの追撃をさらに弾き上げたイグニスベルの全身から、突然光の粒子が散った。


ドラ子の雑感


今なんで揉んだの? なんで?

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