第六十五話 置き土産
前回までのあらすじ!
ちょび髭伯爵UZEEEEEE!!
まあいいさ。
最終的にどちらがまぬけだったかを決めるとするならば、この場でくたばっちまったほうに決まっている。
なんたってゲイル伯爵は、わざわざおれの前に姿を現してくれたんだからな。これがおれに斬られてくれるためでないとしたら、他に何があるね。
おれは菊一文字則宗の切っ先を斜めにずらし、膝を微かに曲げた。
天然理心流、平晴眼のかまえ。ここから放つは江戸の末期に恐れられ、必殺と呼ばれた三段突きだ。
「ほう……?」
ゲイル伯爵が眉根を寄せる。
「だが、それでいいのかね?」
「あン? 何がよ?」
歪み。
首筋が粟立ち、おれは頭を下げて後方へと滑るように移動する。金属音を立てて、一本の剣がおれの立っていた場所に突き刺さった。
「おお、それでも躱すか。すごいな、キミは。変わったかまえなどを取るものだから、周囲を気にせず私に集中してしまっているのかと思ったが、どうやら杞憂のようだ」
ずばりその通りだよ畜生め。
おれは浮いた汗を振り払う。
たはぁ~、魔術の存在をすっかり忘れちまってた。やつとは違い、おれにかまえなんざ取ってる暇はねえってことをおかげさまで思い出せたぜ。
降り注ぐ剣の雨を今度は前進で躱し、身を低くしてゲイルへと迫る。
これはもはや一対一の死合じゃあない。多対一にも等しい乱戦だ。
走る軌道を予測していち早く降ってきた剣の柄を左手でつかんで奪うと同時に、おれは右手の菊一文字則宗を走り抜け様にゲイルへと払う。
「――ッ!」
「~~ッ」
凄まじい金属音がして、菊一文字則宗の刃とゲイルの左手大剣の刃が火花を散らした。
そんなもんで菊一の斬撃が――!
「らァ!」
刃、めり込む。
菊一文字則宗の刃が大剣の刃を斬り飛ばした直後、二刀流のゲイルが身をひねっておれの刃を躱しながら、右手大剣をおれの頸部へと目掛けて振り下ろした。
「ハァ!」
先ほど奪い取ってやった魔術の剣でそいつを防ごうと考えた瞬間、おれの左手は重量を失って空を掻く。
「~~っ!?」
消えた。手の中から。たしかにあった魔術の剣が。
顕現消失も自在ってか!
舌打ちをする間もなく、おれは頭を可能な限り下げて斬首の瞬間を遅らせ、とっさに引き抜いた鞘の鯉口で大剣の軌道を反らす。
がぁん、とけたたましい音がして、おれの鼻先でゲイルの大剣が空中通路の足場を斬り裂いた。
危ねえ――ッ!
「シッ!」
反す刀でゲイルの足を斬り払う。
だが、ゲイルは跳躍でそれを躱すと、空間の歪みから顕現した大剣を空中でつかみ、再び二刀流となって後方に着地した。
呼吸が荒れた。
一瞬の攻防だ。おれたちはただ一度交叉しただけに過ぎない。
にもかかわらず、汗、全身に浮いて。鼓動、激しく打ち鳴らし。
だが顔色が変わったのはゲイルも同じだ。にやけ面が消え、その喉が大きく上下した。
空気が変わった。たしかに変わった。死に近づいたからだ。
おれは鞘を腰へと戻し、舌打ちをする。
「ったく。鞘の鯉口が緩んじまったじゃねえか。代えはねえってのによぅ」
「命の代えに比べれば、安いものだろう。――名を訊いてもかまわんかね?」
「オキタ。侍のオキタだ」
会話の間も当然のように神経は研ぎ澄ませている。必死扱いて喋っている間に、頭っから尻の穴までぶっ込まれるのは勘弁だ。
「サムライ? サムライとは何かね?」
「レアルガルド大陸で言うところの騎士みたいなもんだ」
たぶんな。
「なるほど。魔素反応はなし。魔術らしきものも使わずとなると、二〇〇年ほど前に我が国の手によって滅亡した騎士国家ロンドレイの聖騎士のようなものか。おもしろいな。実におもしろい」
笑いやがった。歪な笑みで。だから笑い返す。歪な笑みで。
「騎士王リリエムが今も健在であれば、キミのような異質な存在には、さぞや興味を示しただろうねえ」
「かっ、二〇〇年前の英雄だか知らんが、アラドニアごときに滅ぼされる程度の輩にゃ、興味もねえや」
「ふ、ふはははははっ!」
ゲイルが歪な笑みで二本の大剣を背中の鞘へと納める。
「なんだなんだァ? もう了いかい?」
「キミも剣を納めたまえよ、オキタくん。私たちの決着が、こんな足場も限られた薄闇の中ではもったいないと思わんかね」
ゲイルがちょび髭を撫でて、腐った人殺しの瞳でおれを睨めつける。
「恥ずかしながら、このゲイル。先ほどの一瞬、久々に生を感じられたのだ。死に最も近しい位置に立ったのだと、今し方理解した。わかるだろう?」
わかるぜ。死と隣り合わせに立つからこそ生を感じられる。
楽しいよなァ。昂ぶるよなァ。
「……かっ、一緒にすんな。この変態野郎。さっさと抜け、莫迦が」
「ふむ。ずいぶん焦っているね。下に落ちた女性がよほど大切だと見える」
図星を突かれ、おれは舌打ちをした。
「だが、残念ながらそう長くは保つまいよ。キミの大切な人を先ほど闇へと引きずり込んだのは、影の魔女ルシアだ。このような光すら届かぬ闇の中では、彼女に勝てる人間などそうはいまいよ。闇はすべてルシアの味方、いや、ルシアのものだ」
リリィの足を絡め取った魔術か。
虚を衝かれたとはいえリリィの莫迦力を考えると、たしかにあの黒い手のような魔術はかなり強力な部類なのだろう。
「この高さから落ちてまだ動けているあたり、キミの大切な人も腕におぼえのある人物なのであろうが――」
「――おまえさん、なぁ~んもわかっちゃいねえなァ」
ゲイルの言葉を遮って、おれは菊一文字則宗を納刀した。
あの伸縮自在の黒い手のようなものが魔術で影から生み出されるとするなら、たしかに全身を闇に呑まれた人間では太刀打ちできないだろう。おそらく、おれであってもそれは例外じゃあない。
だが――。
「魔女だかなんだか知らんが、リリィを舐めすぎだ」
おれは跳躍し、鉄柵に跳び乗った。
ゲイルが眉をひそめる。
「何を――」
「またな」
身体を傾ける。背中から闇へと。倒れゆくおれに手を伸ばそうとして、ゲイルが途中でその行動をやめた。
「……愚かな」
ゲイルがおれに投げた言葉だ。
おれは闇に吸い込まれるように落下してゆく。どこまでも。長く、長く。思っていた以上に船底は深く。
この高さだ。人の身ではとても助かるまい。
だが。そう、だが。
「リリィィィィィ!」
叫びにこたえるように、船底で光の粒子が散った。
ざわり、と全身が粟立つ。直後、船底から巨大な竜が飛び立った。
暴風を巻き起こし、落下するおれを背中で受け止めて。
「さて、行くかね」
『はい』
銀竜シルバースノウリリィは、幾重にも己の身に巻き付けられた影の魔女ルシアの黒の手を強引に引き千切り、咆吼した。
――ガアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!
轟く。絶対王者の咆吼が、軍用飛空挺内に反響して。おれですら鳥肌が立つほどに。
急上昇。空中通路で呆然と立つゲイルを越える瞬間、おれたちは再び視線を交えた。
「な……っ、銀竜族だと――ッ」
「じゃあな、互いに生きてりゃまた殺り合おうや!」
「貴様ッ!」
瞳を閉じ、納刀した菊一文字則宗の鍔を左手親指で跳ね上げながら、集中力を高めてゆく。
「土産だ――ッ」
おれは高くそそり立つ大型魔導機関上部を狙い、斬撃疾ばしを放つ。
飛空挺内中央部中層から斜め上方へと放たれたおれの斬撃は、大型魔導機関の一部と飛空挺操舵室、そしていくつかの砲台をすっぱりと分断して、月へ吸い込まれて消えた。
飛空挺の崩壊音が轟く中、亀裂を縫うようにして、おれとリリィは月の夜空へと飛び出した。
ドラ子の雑感
オキタ、ちょび髭に負けて落とされちゃったのかぁ~。
わたしがいないとだめだめだなぁ。




