第六十話 赤き褌
前回までのあらすじ!
ドラ子発情中!
脱いだ。
むろん褌は残してある。色は赤だ。こいつは人間を奮い立たせる色で、斬り合いにはもってこいだ。そして、見慣れた血の色でもある。
つまり戦う色なのである。
にもかかわらず、リリィときたら呆然とした阿呆面でおれの全身を上から下まで眺め、グビッと喉を鳴らして。
「寒ィ。さっさと頼むぜ」
おれはみっともない痩せぎすの身体を隠すように両腕を組む。
再度、リリィの喉がグビッと鳴った。
「で、では、す寸法を測りますね! ええっと、まずは、……か、かか下半身から」
下半身から!?
わちゃわちゃと指先を動かしながらリリィの手がおれの腰もとに迫る。
ぞわり、と殺気にも似た感覚に、おれは一歩後ずさった。
「……」
「……」
不穏な光を宿したリリィの視線と、おれの疑惑に満ちた視線が、互いの中央でぶつかった。
瞳孔をぱっくりと開けたリリィが、口もとに不気味な笑みを浮かべる。
狂人だ。江戸の終わりに幾人も見てきた、人斬りにも似た狂人の笑みだ。
今度は己の喉が鳴った。
「動いてはいけませんよ、オキタ。ささ、もうあきらめて採寸をさせてください」
あきらめて!?
「ちょ、ちょ、ちょいと待て。おまえさん、ブーツのときは採寸なんざしてなかっただろうが」
「ぅ……」
「時間がねえんだ。寸法の多少の違いくらいはかまわねえ。採寸はいいからちゃっちゃとしろィ。一応言っとくが、盟約だぞ?」
「ふぐぅ……っ」
口もとを手で押さえ、リリィが悲しげな瞳をする。
なんだ、その反応は。
「ぅぅ……め、盟約をぉ~……承りましたぁ~……」
「お、おう」
なんだこれ。おれが苛めてるみてえじゃねえか。
リリィがおれの体表に触れるか触れないかあたりで手を止め、ふぅと息を吐く。直後、光の粒子が散ったかと思うと、すぐに収束して異国の装束がおれの全身を包んだ。
「おお……」
膝を曲げて跳躍し、上半身の具合をたしかめるように上体をひねる。
全体的にぴっちりと身体に貼り付いていて、どうにも違和感だ。
「ちょいと動きづれえなァ。自由がねえや」
「だから採寸をと言ったのに……」
「そうじゃねえよ。そも、作りが窮屈なんだ。特に、なんだこの~、長衣の下に穿いてる下半身装備は」
リリィが興味を失ったかのようにおれに背を向けた。
リリィの全身から赤の着物が弾け飛び、光の粒子となって再び彼女の身体に収束した。一瞬の後には、おれと同じ服装に変化する。
ちょいと胸のあたりが窮屈そうだが、こればっかりは仕方ねえだろう。引っ込めろと言って引っ込められるもんでもあるまい。
「……下半身って、ズボンのことですか?」
「ズボンってのか。窮屈でたまんねえな。――リリィ、ちょいと後ろを向け」
「?」
おれはリリィの長い髪をつかんで、アラドニア兵の装束の背中へと押し込む。リリィは文句も言わず、されるがままに従った。
巨大な胸ばかりはどうしようもないが、足もとでくたばっているアラドニア兵に可能な限り背格好を似せねばならない。
「わたしにはオキタの褌のほうが窮屈に思えましたが。どうしてあんなものを穿いていたのですか。……穿いてなければよかったのに……」
こいつ……。
異国の女ってのは、どうにも羞恥ってもんがねえ。いや、もしかしてこれはリリィがかなり特殊なのか? 人間じゃあなくて、曲がりなりにも竜だからなァ。
どうでもいいことを考えながら、おれはため息をつく。
「股間の話をしてんじゃねえよ。そんなところを自由にしてどうする。役人にしょっ引かれちまうだろうが。膝だ、膝。動きが制限される」
こんなもんの上に、さらに金属鎧なんぞを着て戦場に立つなんざ考えられねえ。アラドニアのぼんくら兵どもは、わざわざてめえから駒落ちしてくれるらしい。
「我慢なさいませ。この作戦が終わるまでですから」
「へいへい。と、おれの羽織はどうなる?」
リリィが眉をひそめた。
「ここに置いていけばいいではありませんか。似たような羽織でしたら、わたしが魔法で編めますから」
「莫迦言え。こいつは新撰組の魂だ。戦いの中で破れても、繕って繕ってともに過ごしてきたんだ。魂をこんなところに放っぽってくやつがあるかよ」
おれは“誠”の文字の刻まれた薄汚れた浅葱色の羽織を持ち上げ、リリィに見せつける。
「ノリスケさんは?」
「刀は侍の魂、羽織は新撰組の魂だ」
あと則宗だ。もうどっちでもいいが。
「困りましたね。魔素から編み出されたものでしたら一度解体してもすぐに直せるのですが、人の手によるものでは……」
「紐を作ってくれ。腰に巻き付ける」
「あ、はい。それでしたら」
リリィの指先が光の粒子を散らす。
ふわりと浮いた紐を空中でつかみ取り、おれはたたんだ羽織と袴を己の腰へと巻き付けた。
「これでよし」
そも、ここに新撰組の羽織を置いてって、代わりの羽織をリリィに作らせでもしたら、いつでもこいつの好きなときに魔法で脱がされることになっちまう。
さすがに冗談じゃねえや。
ハッ、まさかとは思うが、こいつ、それが狙いで……。
突拍子もない想像だが、然もありなんで恐ろしい。
「では、そろそろ行きましょうか」
くだらぬ考えに耽っていたためか、その声に驚いておれはびくりと肩を跳ね上げた。
リリィがいつもと変わらぬ柔らかな笑顔でおれを見ている。邪気のない、子供のような笑顔だ。
さすがに考え過ぎか。莫迦莫迦しい。穢れているのは、むしろリリィを疑ったおれの心か。
「おう。まずは入口から見て右手方向、軍用飛空挺の大型魔導機関の破壊からだな」
「はい。大型魔導機関を停止させれば、自然と軍用飛空挺内の通信室も使用不能となるでしょう」
おれは足音を忍ばせ、静かに目立たぬよう、だが身を隠すことなく堂々と歩き出す。
アラドニア前線基地の入口は、もうすぐそこだ。
魔物よけのためか、それともナタクら集落民の反乱を警戒してのことか、前線基地の周囲には網状の壁のようなものが張り巡らされていた。
その内側。人工の光の中を、アラドニア兵らが歩き回っている。
どいつもこいつも基地内であるためか、金属鎧は装着していない。だが、腰や背には、魔導銃や大剣が吊されている。
「入口はあそこだな」
詰め所のある一角だけ、網状の壁が途切れている。
窓から光が漏れる詰め所には、無数の人影が蠢いていた。
ドラ子の雑感
ああ、もうちょっとで着脱与奪の権利が手に入ったのにィ……。
でも褌、きゅってなっててかわいいv きゅっv




