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第六話 自分語り

前回までのあらすじ!


病弱侍が風前の灯火だ!

 急激に刻が流れ始めた、あの時代。文明開化と呼ばれる強く大きな濁流に押し流された、今はもう失われた時代のことだ。


 そこに取り残された己の主君のため、おれは――おれたちは刀を手に戦った。

 あの頃のおれたちは時代の寵児と囁かれるほど力強く、人々に恐れられた武闘派集団だった。


 斬りも斬ったり幾百名――。


 悪人善人かかわらず、時代を押し流そうとするやつぁ、分け隔てなく斬ってきた。名前を知っているやつも、知らねえやつも斬った。家族のいるやつも、いねえやつも斬った。

 とにかく斬って斬って斬りまくってきた。


 おかげでこの手もずいぶんと汚れたもんさ。今じゃもう血の臭いが消えやしねえ。己の喀血の臭いなんかじゃねえよ。この臭いは善人の返り血だ。

 おまえさん、知ってるかい?

 清い善人の血ってのは、薄汚え悪人の血よか遙かに強く臭うんだ。そいつは洗っても擦っても取れやしねえ。後悔ってやつだからだ。


 ああ、話が逸れちまったな。

 主君と時代を守る戦いの話だ。

 結論から言やぁ、おれたちは敗北した。いくら強えったって、たかだか弐百やそこらの人数だ。時代を守るにゃ無力に過ぎた。

 仲間も大半は殺されちまった。中には新たな時代に生きる途を選んだやつらもいるが、おれにゃやつらを責める資格がねえ。


 なぜかって?

 おれは時代を決める戦に、参戦していなかったからさ。

 笑えるだろ。肺病でな。剣鬼だ剣豪だと称されたところで、病魔にゃ勝てなかった。仲間はおれ一人だけを残し、みんな戦場へと行っちまった。

 あいつらが主君や時代のために戦い、次々と討ち死にしている間も、おれぁ床に伏せって喀血(かっけつ)よ。情けねえ話さ。


 で、気づけば時代は入れ替わっていた。

 おれが戦場にいれば、こんなことにゃならなかった……な~んてことを言うつもりはねえが、こんな顛末(てんまつ)はあんまりだ。……あんまりじゃねえかよ……。


 なあ、おまえさん。おれはなんのために斬ってきた? すべてが無駄だった。

 ……もう疲れた。ぽんこつの肉体にも、人を斬ることにも。何もかもが嫌になった。

 だからこのまま、この肺病で死を迎えるつもりだった。

 ところがよ。病床でようやく意識が途絶えやがったと思ったら、こぉ~んな雪の山奥に放り出されていたのさ。生きているどころか、ご丁寧に刀まで持ってな。


「やれやれ、ここはどこなんかねェ……」


 語り終えると眠くなった。底なし沼に呑まれるように、徐々にまどろむ。

 これでようやく仲間(やつら)に会える。あいつらはおめおめと生き残っちまったおれをどう思うだろうか。士道不覚悟と責められるだろうか。それとも、また酒を酌み交わし、笑ってくれるだろうか。


「あぁ……会いてぇなァ……。……願わくば……浄土よりゃ……地獄でやつら……と……もう……一度…………」


 涙、一筋――。


 その瞬間、風の吹き荒ぶ音に混じって、生命の醸し出す音が聞こえた。

 羽音だ。それも、聞いたことがないほど大きな。

 気づかぬ間に閉ざされていた瞼を持ち上げる。

 洞穴の入口付近の雪が、凄まじい風で前後左右に吹っ飛んでいた。


「……ッ」


 無意識。もはや握ることはあるまいと思っていた愛刀に手を伸ばす。右手でつかもうとするも五指ともに力が入らず、柄は岩の地面に転がった。

 右手の指が動かない。腐りかけてやがる。

 おれは愛刀の鞘を口で噛んで引き寄せ、羽織から取り出した手ぬぐいで右手と刀の柄を固く縛った。

 そのまま愛刀、菊一文字則宗を抜刀し、鞘を投げ捨てる。


 背中で岩肌を擦り上げながら、両膝に力を込めて立ち上がる。幸い、まだ動くようだ。

 視界には、銀に輝く鳥のような鱗肌の脚部。それも、己の身長ほどもある大きさの。そこから推測される全長は、馬や熊程度の大きさでは済まないだろう。

 舌打ちをする。怪物だ。


「くそったれ。最期くれえ穏やかに眠らせろってんだ」


 どうやらここはなんらかの獣の巣で、この白骨死体はそいつの餌だったようだ。なんとも間の抜けた話だ。


 空から舞い降りたそいつは、洞穴の入口でようやくその全身を現した。

 蜥蜴か。いいや、違う。肌こそ銀の鱗に覆われているが、顔つきも肉体もまるで別物。それに、背中には巨大な翼が弐枚ある。

 だが特筆すべきはそこではない。その巨体。この広大なる洞穴を以てしても狭く思えるであろう、あまりに大きな肉体だ。

 さらには――。


「……」


 心を奪われ、声を失う。

 輝く白銀の鱗もそうだが、それ以上に、生命力。己にはまるでない、みなぎる力強さ。この極寒の地において、暖かく感じられてしまうほどの、生命の熱。

 圧倒された。戦う意志を忘れ、美しいと感じた。


 空色一色の瞳が、おれに注がれる。

 だがその直後、そいつは獰猛なる牙をむき出しにして吼えた。


 ――ガアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 空気を伝って壁や天井に反響し、音の刃が襲い来る――!


「……カッ!?」


 反射的に目を閉じ、両手で耳を覆った。今にも止まりそうだった心の臓が、突如として暴れ回るように血液を押し出し始める。

 まだ生きている、と。


 そいつの咆吼は丸天井の洞穴を震わせた。長い長い咆吼だった。地響きの質が途中から変化したことから、この山のそこかしこで雪崩が起こったのだと理解した。

 おれが再び瞳を開けたとき、そいつは丸天井付近にいて――。


「うおっ!?」


 鋭いかぎ爪が、おれの立っていた場所の地面を抉り取る。とっさに前転していなければ、これでもう(しま)いだった。


「くそ!」


 転がり、入口方面へと逃れたおれへと、太く長い銀の尾が振るわれた。風を切り、凄まじい力で降り出された尾が、洞穴の壁を削り取りながら迫る。


「……ッ!!」


 おれは感覚を失いかけた脚に力を込めて跳躍した。

 おれの足下を通過した尾が反対側の壁面へとめり込み、丸天井がわずかに崩れる。

 着地と同時に視線を向けると、怪物は白骨死体の前に立ち、威嚇でもするかのように翼を大きく広げていた。


 おれは――。

 菊一文字則宗を両の手で上段にかまえ、白銀の怪物へと疾走する。

 これまで散々っぱら善人を斬ってきたんだ。最期くれえは、ヒト食いの獣()を道連れにするのも悪かねえ。


ドラ子の雑感


ど、どろぼー……? どろぼぉぉぉー!?

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