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第五十六話 進路反転

前回までのあらすじ!


人斬り侍とドラ子が神様に睨まれたぞ!

 しばらくの間、おれたちはレーゼの去った空を見上げていた。

 やがてどちらからともなく、崩れた岩場に腰を下ろす。


「塩、ねえだろな~……」

「そうですね」


 リザードマン族の集落があった場所だ。大地は焦げ付いて抉れ、家屋の痕跡はもうない。鼻につく臭いは不快だ。絶壁も崩壊し、大蜥蜴の旦那が棲んでいた穴蔵も埋まっちまっている。


 救いと言えば、ここにリザードマン族は一体たりとも残っちゃいなかったってことくらいのもんだ。名もなき国と同じ末路を辿らせずに済んだことは、一族に迅速な対応を促したギーに感謝せねばならない。


「どうすっかねェ」


 食い物の話ではない。このまま徒に西だけを目指して飛んだところで、黑竜“世界喰い”がここを通ったとは限らない。なぜならルナイス山脈以降、この地に至るまで、ルナイス同様に死の大地と化していた地域は一カ所もなかったからだ。

 結局、リザードマン族からも“世界喰い”に関する有益な情報は得られなかった。


 リリィはおれの隣で岩に腰を下ろしたまま、膝に肘と顎をのせている。何かを思案しているようであり、な~んも考えていなさそうでもある。


「リリィ?」

「後回しでもいいですよ」

「あん?」


 リリィが長い銀髪を傾けて、おれに視線を向けた。


「だから、黑竜の件は後回しでもいいです。わたしの仇討ちを優先させる必要はありません」

「や、別におまえさんの事情を優先してたわけじゃねえよ。ルナイス山脈の惨状を見る限り、“世界喰い”はアラドニアとは比較にならん最大脅威だと判断しただけだ」


 空色の瞳を細め、リリィがくすくすと笑った。

 おれは憮然とした表情で続ける。


「そんなもんがどこぞの空にぷかぷか浮いてると想像してみろィ。おちおち夜も眠れやしねえや」


 リリィが、陽光を反射して輝く頭をおれの肩にのせた。


「そういうことにしておきます」

「莫ぁ~迦。そういうことなんだよ」


 どこぞの国の上にでも突然出現してみろ。半端な広さの国では一夜で死滅だ。運良く生き残ったやつらも黑竜病に罹患し、いずれ死ぬ。

 もちろん全員にリリィの血(エリクシル)を分けてやるわけにもいかねえ。そんなことをすりゃあ“世界喰い”を討つことができなくなるし、何よりリリィが死んじまう。


 もっとも、国が死滅するのはアラドニアの軍用飛空挺団が現れても同じことだ。

 名もなき国に引き続き、リザードマン族の集落まで灼かれちまった。いずれも、おれに巻き込まれる形でだ。災厄を呼び込むのはアラドニアや“世界喰い”だけじゃない。

 おれも同じだ。さしずめアラドニアを引き寄せちまう貧乏神ってところか。


「アラドニアを先にぶっ潰すかね」

「わたしたちだけでは不可能かと」

「だよな~……」


 魔導国家アラドニアは、少なく見積もってもおよそ三〇〇隻の軍用飛空挺を保持している。こちとらたったの三隻相手に逃げ回る始末だ。それこそアリアーナの聖女レーゼの力でも借りねえ限りは難しいだろう。


 や、借りてもどうにもなんねえ戦力差だが。

 リザードマン族やライラの力を借りたところで、地上ならばともかく空が相手ではどうにもならない。


「……アリアーナ神殿に頭を下げて力を借りる?」

「無理ですよ。アリアーナ神殿はもちろん、リリフレイア神殿も教義に従うのみです。敵になる可能性の高い勢力には近づかないほうがいいと思います」

「だよなァ」


 斬撃疾ばしは一日一発まで。泥臭く地道に一日一隻ずつ墜としたとして――阿呆らしくなって、おれは考えるのをやめた。


「仲間が必要かもしれねえな」

「空を飛べる仲間と限定すれば、常闇の眷属ですと鳥人族ハルピアや、古竜の眷属では竜騎国家セレスティくらいでしょうか」


 たしかライラは、セレスティには期待できないと言っていた。

 軍用飛空挺を一隻墜とすのに多数のワイバーン乗りが犠牲となった結果、戦うことをやめてしまったのだと。


「竜騎国家ってのは人間なのかい?」

「はい。ワイバーン乗りの戦士たちです。ただし、ハルピア族とは対立していますね。どちらかと組めばどちらかが敵に回るかと」


 めんどくせえし、お近づきにもなりたくねえところだ。

 味方を一つ作るのに、敵を一つ作らねばならんとは。それにこう言っちゃなんだが、おれは斬るのは得意でも仲良くなるのは苦手だ。

 だが、背に腹は代えられん。親和性の高そうなほうを選ばせてもらう。


「東っつったか。ちょいと戻ることになるが、竜騎国家セレスティが古竜の眷属ってなら話は早ええ。こちとら銀竜族の生き残りに乗ってんだ。きっといい返事が聞けるってもんよ。リザードマン族のようにな」

「では、竜騎国家セレスティに向かいますかっ」


 リリィが立ち上がって、さして汚れてもいねえ懸衣の臀部を払った。


「嬉しそうだねェ、おまえさん」

「はいっ。旅は楽しいですっ」

「何度も死にかけてんのに?」

「一族が誰もいなくなったルナイス山脈の近辺で過ごしていた頃に比べれば、オキタとする旅はずっとずっと楽しいです!」


 お天道様のような笑顔で、銀竜の娘はそう言った。

 だからだろうか。おれは釣られて少し笑って。


「…………おれもだよ……」


 小さく呟いていた。

 仲間が次々と討ち死にしていた頃、おれは病床の身で動けなかった。

 焦れる心に流す涙も、それでも動かぬ不甲斐ない身も、すべてを恨み憎んで怨嗟の声を上げていた頃に比べりゃあよ。今、てめえ自身が味わっている苦難なんざ、ちょっとした楽しみだ。

 概ね動くようになった肉体に、笑えるようになった心。それで充分だ。満たされている。

 だから、おれは口走る。


「くかかっ、おもしろくなってきたねェ」

「はいっ。おもしろくなってきましたっ」


 笑い合って。この女と笑い合って。


「けど、その前によ――」

「ええ、その前に――」


 そうして一呼吸を置いて、おれたちは毎日同じ言葉を吐くのさ。


「ちょいと腹減ったなあ」

「少しお腹が空きましたね」


 また、笑って。



ドラ子の雑感


うふふ、どうせまた喧嘩売っちゃうんだろうなあ~!

楽しくなってきやがったぜ~!

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