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第五十話 その死でさえも ~第二部完~

前回までのあらすじ!


魔術兵の顔面にドラ子のケツが炸裂した!

ぼよよ~んっ!

 あ~あ。まったく鈍くせえやつだ。

 尻に敷かれた魔術兵も、着地すらまともにできなかったリリィも。

 残り一人の魔術兵が水飛沫を立てて逃走している最中、おれはリリィの差し出してきた手の傷口を必至で吸っていた。


「ゆっくりでいいので、一口ずつちゃんと喉に流し込んでくださいね」


 結んだ盟約によって、本来であるならば自らを自らで傷つけることのできないリリィだが、幸か不幸か落下の際に水底で強く腕をぶつけてしまったらしい。

 リリィの血液(エリクシル)を飲み下す。何度も、何度も。


 そうしてしばらく。ようやく澄んだ意識と視界、それに呼吸を取り戻せたおれは、一人だけ逃がしちまったアラドニアの魔術兵のことではなく、空から降ってきておれを救ってくれた銀竜のことを考えていた。


「……はあ」


 必要充分を腹に満たして安堵のため息をついたおれは、なぜか優越感に満ちた表情で微笑むリリィを見上げた。


「どうかしましたか?」


 おれは両手で顔を押さえてうつむく。

 リリィが下流方向を指さしておれに尋ねてきた。


「追います? 魔術兵」

「……いや、いい」


 集団ならばともかく一人での逃走となれば、空から発見するのは困難だ。それに、そんなことよりも、だ。

 あ~あ。殺っちまった。


「……オキタ?」


 おれはこいつに直接の人殺しをさせるつもりはなかった。黑竜の血から黑竜病を治せるエリクサーを手に入れた暁には、結んだ盟約を破棄して姿を消すつもりだった。

 それは、おれの行く途が血に塗れた修羅道や、外道だらけの畜生道だからだ。閻魔は決してゆるしはしないだろう。行き着く果ては、新撰組(仲間)の待つ地獄だ。

 そんな途に女を引きずり込むつもりなんざなかった。なのにこいつときたら、尻で人を殺してにこにこしてやがる。罪の意識さえねえときたもんだ。

 人斬り(おれ)と同じで。


「…………人死にを見せすぎたか……」

「え?」


 リザードマン族がようやく追いついてきたのはその直後だ。

 先頭のギーはおれたちと渓谷の惨状を見るなり、群れの移動を片手で制した。


「オキタ。もう終わったのか」

「ああ。いや、一人逃がしちまった。すまねえ、ギー。リザードマン族の集落はもう危険だ。おそらく数日内にアラドニアの軍用飛空挺がやって来る」

「ふむ」


 おれは立ち上がり、ギーとその背後に立つリザードマン族の戦士たちに頭を下げた。


「それはなんの真似だ」

「謝罪だよ。お尋ね者のおれたちが入り込んだせいで、集落を危険にさらさせちまった」


 ギーが得心したとばかりにうなずく。


「気にするな。そもそもおまえを客人として招いたのは我だ。それに、もうじきここにも冬の精霊がやってくる。我らはもともと移動民族。南へと下る時期に差し掛かっていた。数日それが早まっただけのこと」


 胸を撫で下ろす。

 名もなき国の(てつ)を踏むようなことにならなかったのは僥倖(ぎょうこう)だった。今回の件は、すべてにおいておれに非がある。


 集落入口で魔術兵どもと話した際、名もなき国の末路を聞いて、柄にもなく頭に血が上った。すっとぼけてりゃいいものを、首を跳ねちまった。ギー・ガディアはそんなおれを助けるため、大鉈を振るったのだ。


「すまねえ。恩に着る」

「我は謝るなと言ったぞ」


 レアルガルド大陸には気のいいやつが多い。ま、ほとんど人間以外だが。


「そうかィ。ありがとよ」

「感謝も必要ない。勘違いするな、オキタよ。我らは崇拝する古竜種の姫を守るために戦っただけに過ぎん。事が済んだならば集落に戻る。急ぎ、旅立ちの準備を整えねばならん」


 ギーが無言で腕を振ると、リザードマン族の戦士たちが一斉に来た方角へと引き返し始めた。


「おまえと酒を酌み交わしたい。もう一晩泊まってゆけ。その程度の猶予はあろう」


 ギーがリリィに向き直り、己の右手を左胸にあててゆっくりと瞳を閉じる。そうして踵を返し、戦士たちのあとを追い始めた。

 おそらく、今の仕草がリザードマン族の礼や合掌なのだろう。


 二人きりに戻り、おれは大きな岩に濡れた腰を置いた。

 さぁて、どうすっかねェ。

 リリィは後ろ手を組んでにこにこ笑って立っている。

 渓谷にはいい風が吹く。そいつが長い銀髪と赤い懸衣の袖を揺らしている様は、なかなかに好いものだ。


「オキタ、オキタ」

「んぁ?」

「もしかして、私が魔術兵を潰したことを気にしてます?」


 おれは顔をしかめた。


「……なんでおまえさん、こういうことだけ無駄に鋭いの……?」


 リリィがおれの座る大岩に、てめえのでけえ尻を、ぐいと載せてきた。仕方なく、おれは腰をずらして場所を空けてやる。

 そうしてぶすくれた表情で吐き捨ててやった。


「殺しはよくねえよ」

「それ、オキタの口から出る言葉とは思えませんね」


 だよなあ。我ながら説得力ってもんがねえや。


「ごもっとも」

「オキタってワイバーンを見てどう思いました?」

「やけにうまそうだ」

「でしょ。人間はワイバーンを狩って食べるのですが、結構おいしいらしいですよ。でもあれ、種族で言えば古竜の血も混じっているんですよ。だからわたしには食べられません」


 へえ、だからワイバーンの群れは銀竜体のリリィが接近しても逃げ出したりしなかったのか。


「そんなに賢そうには見えなかったけどな」


 リリィに轢かれてあわや墜落しかけたワイバーンを思い出し、おれは少し笑った。

 だが、なんとなく彼女の言わんとすることがわかった気がした。

 おれがワイバーンを殺すのとリリィが魔術兵を殺すのは、どうやら等価らしい。つまり、リリィはワイバーンを殺さない限り罪にはならないらしい。

 まあ、屁理屈だな。


「そんなものなのです。人間の決めた罪の尺度なんて」


 リリィがおれの腕に、こつんと銀色の頭を預けてきた。


「わたしにとってオキタとアラドニア魔術兵は、銀竜とワイバーンくらい違うものです。ですが、そのことが原因でわたしたちの旅の終わりが、罪の天秤を持つ神アリアーナによって天国と地獄に分かたれてしまうのであれば――」


 一度言葉を切り、リリィは力強く呟く。


「――わたしは天秤の神(アリアーナ)をくびり殺し、オキタのいる地獄へ向かいます」


 たぶんアリアーナって神が、日本でいうところの閻魔にあたるものなのだろう。

 しかしあらためて考えると……閻魔を殺す、か。


「く、くく、むちゃくちゃ言うね、おまえさん。さすがは神に近しい古竜種だ」


 何気なくリリィのほうを振り向くと、顔面がかつて見たこともないほど真っ赤に染まっていた。頬を両手で挟み、必至で顔色を隠しているが、丸わかりだ。

 おれは見なかったふりをして、空に呟く。


「行くかね」

「……あ、はい。えっと、リザードマン族の集落にですか?」

「はっは! な~に言ってんだ! おまえさん、やつらに神様扱いされんのぁめんどくせえんだろ?」


 立ち上がり、おれはずぶ濡れになっちまった袴の泥を軽く払った。


「鈍いねえ……」

「う~?」


 おれは片目を閉じて唇を尖らせる。


「旅だよ、た~び! 地獄までついてこい、シルバースノウリリィ! そしたら、おもしれえやつらを紹介してやるからよ!」

「……はいっ!」


 リリィが元気よく立ち上がった。

 だからおれはこいつを見て、不覚にも浮かれた気分になっちまうのさ。


 けど、あれだ。地獄の新撰組にこいつを紹介したら、やつらはさぞやぶったまげるだろうなァ。

 くかか、楽しみだ。死でさえも、こいつとなら。



ドラ子の雑感


……なんかまた胸のあたりがきゅぅぅんって……こ、これってもしかして……。

肋間神経痛が悪化してる!?

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