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第五話 一人芝居

前回までのあらすじ!


侍が血を吐きながらドラ子の尻を撫でたぞ!

 おれたちが軍用飛空挺を墜とした日から、話は過去へと少し遡る――。


 音もなく降り積もった雪に、忌々しい赤の点が落ちた。口もとを押さえた手が、ねっとりと濡れている。

 痛みも寒さも感じない。そんな段階など、とうの昔に過ぎ去った。

 感覚を失いかけた足を繰り返し前に出す。それだけだ。


 雪の斜面を登っていた。

 山だ。ただし、静寂に支配された生命なき山。

 鳥や獣の気配はもちろんのこと、虫の声さえ聞こえない。それどころか生きた植物の一本も見えない山だった。

 見えるものといえば、無数の枯木と降り積もる銀雪のみ。膝まである雪を掻き分けてみたところで、新芽はおろか落ち葉さえ見つからない。


「はぁ……はぁ……」


 斜面が険しくなり、おれは腰の刀を鞘ごと外した。そいつを両手で持って鞘尻を雪の地面に突き立て、杖代わりにして足を引きずりながら進む。

 あてなどない。強いて言うならば、あの世ってやつだ。

 白く凍った血生臭い息が漏れる。臭いに()せ、少し咳き込み、また血を吐いた。


「かは……っ、ぐ……っ」


 休める場所を探していた。永遠に休める場所をだ。できることならヒトの立ち入らぬところが好ましい。

 もう沢山だ。ヒトの思惑にのって戦わされるのは。


 地面に突き立てた鞘尻が、雪に隠されていた岩にあたって滑った。膝が揺れて雪の上に倒れる。

 口に入った雪の冷たさはわかるのに、肝心要の身体はもう冷たさを感じちゃいない。


「もう、ここでいいか……」


 自問し、自答する。

 だめだ。ここでは雪が溶けた後、誰かに見つかってしまうかもしれない。


 刀に身を預けるようにして立ち上がり、再び歩き出す。雪を掻き分けるように足を引きずりながらしばらく進むと、大きな洞穴があった。

 縦幅も横幅も、おれが背伸びして両手を大きく伸ばしたところでその数十倍はあることから、獣の住処というわけではないだろう。

 太古の噴火跡か。悪くない。


「……こいつぁいいや」


 思わず笑みがこぼれた。

 申し分のない墓穴だ。

 迷わず立ち入る。それほど深くはない。内部は丸天井の空洞となっていた。


 かつん、ずる。かつん、ずる。


 鞘尻がなめらかな岩肌を叩き、雪駄を引きずって歩く。

 おれは最奥を目指し、ひたすら進む。だが暗闇に目が慣れた頃、そいつを発見した。


「あれまぁ。先客がいたのかい」


 そいつに視線を向けて、しばし迷う。

 だがもうこれ以上は雪山を進めそうにない。進んだとて、丸天井の洞穴以上に心地よさそうな死に場所が見つかるとも到底思えない。

 おれは洞穴の最奥にいた先住民に敬意を表し、そいつに一度頭を下げてから、その隣に腰を下ろすことにした。


「よっこらせっと……」


 愛刀、菊一文字則宗を静かに寝かせる。

 こいつがおれの墓標となる。なに、この寒さだ。そう長くはないさ。明け方には魂も、このぽんこつの肉体を見捨てているだろうよ。

 気づけば足先や手先の指が、どす黒く変色していた。関節もろくに曲がらない。

 ま、そんなこたぁ、大した問題でもねえ。


「やあ、おまえさん」

「……」


 そいつはこたえない。ただ、静かに。岩肌を背にして、空虚な瞳で洞穴の入口方向を眺めているだけで。


「悪いねェ。おまえさんの邪魔をするつもりは、ほんとになかったんだ。おれもここで眠らせてくれねえかい」

「……」


 目も合わせてくれやしねえときたもんだ。

 おれは痩せっぽちの肩をすくめた。


「そうかい。そいつぁよかった。ありがとよ」


 勝手な解釈で礼を述べる。

 冷えた空気に噎せ、また咳き込んだ。吐き出される血のぬくもりだけが、おれの消え去りそうな生を感じさせてくれた。


 ぼうと、薄闇の天井を眺める。手足の麻痺こそ広がっちゃいるが、どうやらまだ少し時間が残されているらしい。

 だからおれは口を開くのさ。


「詫びによ、おれの恥ずかしい懺悔ってもんを聞かせてやるよ。んん、詫びになってねえって? はは、無粋なことを言いなさんな。くたばる前に誰かに聞いてもらいてえ秘密の一つや二つ、おまえさんにだってあっただろうよ」

「……」

「口の堅いおまえさんだから信用して話すんだぜ。四の五の言わずに聞いてくれよ」

「……」

「そうかい。聞いてくれるかい。ありがとよ」


 そうしておれは語り出す。座った体勢のまま白骨と化していた洞穴の主へと向けて。

 生者は信用できねえが、死者は口が重い。


ドラ子の雑感


わたしの家に誰かが勝手に入ってる……。

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