第四十七話 追っ手
前回までのあらすじ!
人斬り侍とドラ子が仲良くお手々繋いで就寝だ!
騒がしい声に目を覚ます。
借り受けた小屋の板壁からは、すでに太陽の光が射し込んでいた。
「……もう朝かィ」
身を起こそうとすると、手を引かれる。
リリィだ。まだおれの手を握ったまま眠っていやがる。後生大事に両手で包み、柔らかな膨らみで抱え込むようにして。
「ありがとよ。おかげさんでよく眠れた」
「……」
おれはリリィの両手をそっと解き、羽織を脱いで無防備な身体にかぶせてやった。
銀竜だ。寒くはないだろうが、せめてもの礼ってやつさ。
言い争うような声は外から聞こえていた。
手前に引いて開く扉を開けて外に出る。ひんやりとしていて肌寒い。羽織が恋しくなったが、今さら返してもらうのも情けねえ。
水桶の水で顔を洗い、ブーツに足を入れて歩き出す。
むろん、菊一文字則宗はすでに腰に吊している。丸腰で見知らぬ地を歩くほどの胆力は、おれにはない。
声のするほうへ。
やがて集落の入口に近づくにつれ、声の主の姿が徐々に見えてきた。
「あれまあ……」
人間だ。腰には魔導銃。背中には大剣直剣。全身鎧。兜は取っているけれど。
名もなき国で見た魔術兵とよく似た装備をしている人間が、数えて三十ばかり門番のリザードマンに詰め寄っている。
「――すぐに済むと言っているだろう! これだから未開の亜人種は!」
「我々の知ったことではない。去ね」
叫ぶ人間と、にべもないリザードマンが二体。
殺り合えば、数的にリザードマンがあきらかに不利だ。ギーのような個体が他にもいるのであれば別だが、はてさて。
「ワイバーンのように空も飛べぬ蜥蜴ごときが、我々にそのような態度を取ってただで済むとでも思っているのか?」
「なんだ、金でもくれるのか? ならばさっさと置いて去ね」
ぴくり、ぴくり。西洋鎧の兵の顔が引き攣った。
「……わかっているのか? このような集落を灼くことなど造作もないのだぞ……」
おいおい。どうにも剣呑だねェ。
集落にゃ女も子供もいるだろうに。
おれは仕方なく、ぶらりと足を伸ばした。
「よお、どうしたい?」
門番のリザードマンは縦長の瞳孔を一瞬だけおれに向けて、すぐに集落入口でひしめき合っている人間たちに戻す。
隙の無さは野生動物並みだ。
「おお、ちょうどよかった。このような獣臭い村に、人間が滞在していたとは」
「はあ……」
馴れ馴れしい兵らの浮かべた笑顔に、おれは大あくびを返す。
「亜人種どもが相手では話が通じず、難儀しておったところだ。我々はアラドニア西方駐屯軍第八師団だ」
「……へえ」
おい、おい。ちょっと待て。
「今我々は大量殺戮を引き起こした凶悪なる大罪人を追っている。この集落に入り込んでいないか調べさせろと交渉していたところだ」
「逃走中かい? そいつは物騒だねェ」
う~んむ?
「そやつはここより遙か東方で、先日ワイバーンに騎乗して多数の竜騎兵を率い、卑怯にも宣戦布告すらせぬままに、我らアラドニアの軍用飛空挺に攻撃をしかけて墜落させたのだ」
「へ~え」
おれは胸を撫で下ろす。
おれじゃあねえな、これ。何一つ噛み合ってねえし。
いやあ、よかった。殺し合いは別にかまいやしねえが、リザードマン族にゃ一宿一飯の恩義がある。迷惑をかけちまったらどうしようかと思ったぜ。
「なんでも、そやつは浅葱色の珍妙な上衣を羽織り、腰には――おまえのそれ、そのような細い剣をぶら下げていたそうだ」
背中に汗がじんわりと浮いた。
んぅ。世の中にゃ何人かはよく似たやつがいるっていうからねェ。
おれは咳払いを一つして尋ねる。
「墜落しちまったんだろ? よく風体がわかったもんだ。出鱈目じゃあねえのかい?」
魔術兵どもが一斉に笑った。
そのうちの一名が、小馬鹿にしたように指をさしてきた。
「おまえのような田舎者では知らんのも無理はないが、魔導機関通信というものがあってだなぁ、離れていても声が届くのだ」
ああ、そういや名もなき国のハゲオヤジもそんなことを言っていたか。と、なると。
「名もなき国は健在かい?」
魔術兵が眉をひそめた。
「ああ。あのちんけな国なら大罪人の情報を受け取ったあとに、綺麗さっぱり焼き払ってやった……が、……貴様、なぜこれが名もなき国の近隣で起こった事件だと知っている?」
ざわり、と魔術兵らがどよめく。
あいかわらずの鈍さだ。こいつらは。
おれは尋ねる。歪な笑みを浮かべ、菊一文字則宗を抜刀しながら。
「その大罪人の名前は聞いたのかィ?」
「そいつの名は、オキてぁ――ぅ?」
肉の裂ける音。肉も骨も砕かれた首が宙を舞っていた。
どん、と音がして首が岩山の斜面に落ち、渓谷へと向けて転がってゆく。赤い血の跡を引きずりながら。
おれではない。菊一文字則宗はまだ右手に提げられたままだ。
「――シャアアアァァァァーーーーーーーーーッ!!」
蛇の声。
大蛇が喉を鳴らすような音が響き渡り、いつの間にか程近くまで接近していたギーによって大鉈が再び振るわれる。
「どるぁぁぁぁっ!!」
暴風が巻き起こった。
斬るのではない。鎧ごと、骨も肉も叩き潰す。音は異様。爆発音にさえ近い。
一刀両断ではない。一振り三名。肉体の形状を保てず、魔術兵らが肉片と化して遙か遠方にまで吹っ飛び、岩山を赤く染めた。
「囲め! 一人も逃がすな!」
ぶるり。震えた。
やはりこの男ギー・ガディアは強い。隻眼隻腕など意にも介さぬほどに。
ギーの叫びとともに、岩山の陰や急斜面に貼り付き身を潜めていたらしきリザードマンらが一斉に飛び出し、魔術兵らの退路を断った。
「な――っ!?」
魔術兵らが獲物を抜く。魔導銃に大剣、直剣。
だが、もう遅い。
おれは身を低くして、すでにやつらの中央足もとへと潜り込んでいた。
さあ、殺し合おう――ッ!!
ドラ子の雑感
……うぎぎ……ギーさん、わ、わたしのオキタになにをぉぉ……!
ハッ!? 夢かぁv




