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第四十五話 古竜の眷属

前回までのあらすじ!


ちょっと!?

ドラ子さぁぁ~~~~~んッ!?

 ギーが一礼をして一歩後退した。

 退室しないのは、おれたちを完全には信用していないからだろう。実にいい判断だ。

 おれは座ったままの大蜥蜴の旦那に、少々形式張って頭を下げた。一礼を終えてから声を張る。


「おれの名はオキタソ――おああぁ~っとォ! ……ええ~、げふ、げふんっ……あ~、……オキタだ」


 危ねえ。同じ轍を踏むところだった。

 ちらりとリリィに視線を向けると、リリィがぷいっとそっぽを向いた。

 こんにゃろ~ぅ。根に持ってんじゃあないよ。


「で、こっちは連れのリリィ。シルバースノウリリィだ」


 ふと気づく。

 大蜥蜴の旦那はおれを見てはいない。そっぽを向いたままのリリィを、縦長の瞳孔でじっと見つめている。


 そうして唐突に。

 おれの矮躯やリリィの女性体ほどもあろうかという太さ長さの腕を、リリィへと伸ばした。


「――っ!?」


 それは条件反射だった。

 おれは左手親指で菊一文字則宗の鍔を弾き上げ、浮いた柄を右手でつかむと同時に抜刀していた。だが、丸太のような腕に刃は届かず、その寸前で大鉈の刃とぶつかり、火花を散らした。

 きん、と金属同士のぶつかる軽い音が洞穴に反響する。

 ざわり、と背筋が騒いだ。


「てめえら――ッ!」

「落ち着け、オキタ」


 大蜥蜴の手が、いや、指先が、少し後ずさったリリィの頬にそっと触れた。

 それだけだ。それだけだった。

 危害を加える意図はないらしい。


「長の非礼は我が詫びよう。すまない。なにぶん年老いている。大目に見て欲しい」


 ギーが大鉈を持ち上げ、己の背中へと戻す。


「だが、今少しの間でかまわん。長を見守って欲しい。危害は加えぬことだけは我が保証する」


 防がれた。抜刀術をいともあっさりと。隻腕隻眼の戦士に。

 油断をしていたわけではない。手を抜いたわけでもなかった。ギーが動き出すのは予測していた。だからこそ、大鉈ごと断ち斬ってやるつもりだった。


 だが、菊一文字則宗の刃は大鉈の刃に止められた。大鉈が分厚いからではない。名のある刀工の逸品に腕の立つ戦士だからだ。あの頃の新撰組でも充分に通用する領域で。

 厄介な。


「おお……っ、おお……っ」


 大蜥蜴の旦那から発せられた(しわが)れ声に我に返ったおれは、ため息をついて菊一文字則宗を納刀した。

 たしかに危険はなさそうだ。だからといって抜刀を謝るつもりはない。これは間違いなく大蜥蜴に非があることなのだから。


「ふえ……、え……?」


 戸惑うリリィの背中が、切り出された鏡面のような壁にあたった。それでも大蜥蜴の旦那はリリィの頬を撫でることをやめない。

 愛おしげに。まるで年老いたものが孫にそうするように。

 縦長の瞳孔を、大粒の涙で歪ませて。

 おれは眉をひそめて隣のギーに尋ねる。


「どういうことだ? リリィの知り合いか?」

「いや、違う。だが、そうだな。オキタよ。あの連れの娘は古竜種なのではないか?」


 一瞬の戸惑い。

 どうこたえる?

 銀竜の血液はエリクシルだ。狙う輩がいても不思議ではない。たとえばこの年老いたリザードマンの長が、なんらかの病であったとしたら。


 思い直す。

 大した問題ではない。もしもそうであったとしても殺せばいい。ギー・ガディアは大した戦士だ。

 だが、殺せぬほどでもあるまい。

 少し躊躇い、おれは声を落とす。


「……そうだ」

「やはりか。ヒトの身でありながら説明のつかぬ怪力。魔術を扱わぬ我らには見えぬが、さぞや魔力も高かろう。まさかとは思い引き合わせてみたが、古竜種だったとは」


 戸惑っていたリリィだったが、しばらくの後には危険はないと悟ったか、無抵抗となった。されるがままに頭を、頬を、撫でさせている。

 不思議そうに開かれた空色の瞳で、涙に濡れた老いた瞳を見上げて。

 しばらくの後、ギーが尋ねてきた。


「オキタ、彼女の血は飲んだのか?」

「……飲まされちまったよ。ちょいと死にかけてる間にな。間の抜けた話だ、まったく」


 苦々しく呟くと、ギーが少し笑った。


「くく、そうか。おもしろいな、おまえは。人間であれば、いや、ほとんどの種族であれば、その血を貰い受けるために自らの血と他者の血を流すというのに、まるで迷惑を被ったかのように聞こえる」


 おれはさらに声を落として呟いた。

 絶対にリリィには聞かせないように。


「…………そうでもねえ。迷惑だと思ったことはねえよ。一度もな。感謝もしてる。だが、それで盟約に縛られたあいつの命はどうなるよって思うことはある」

「ますます珍しい人間だ」

「あいつをどうこうしようなどと思うなよ、ギー。――次は殺す」


 殺気を叩きつけてやると、ギーは涼しげに肩をすくめて呟いた。


「逆だ」

「あぁ?」


 おれが困惑の表情を浮かべると、ギーがリリィの前まで歩み寄り、唐突に片膝をついた。


「古竜種シルバースノウリリィ様」


 そうして恭しく、長い首を静かに下げる。


「我らリザードマン一族、古の地竜様に仕えし古竜の眷属也。若き古竜よ、以後お見知りおきを」


 古竜の眷属……!?

 たしかにリリィは、自ら眷属というより神に近い存在であると語りはしたが……。


「は、い?」


 リリィが目を丸くして、喧嘩の真っ最中であることを忘れたのか、おれに視線を向けてきた。

 大蜥蜴の旦那が嗄れた声を絞り出す。ゆっくり、ゆっくりと。


「……あの憎き黑竜“世界喰い”との戦いで……我ら……守護せし地竜様の血筋は、絶たれてしもうた……。……あなた様が、黑竜“世界喰い”を追うのであれば……、……どうぞ我ら一族の命を、お使いくだされ……」


 ばしゃ、ばしゃと、考えられないほどの大きさの涙を地に落としながら。


「……我らは古竜の眷属……。……もはや他に望むことなど、ございませぬ……」


 静謐なる空間――。

 おれにはまるっきり理解できないが、これが神に対する信仰というものなのか。

 年老いた大蜥蜴が赤い懸衣の若き古竜リリィへと、ゆっくりと腰を曲げて頭を下げる。桶をひっくり返したような涙を、ばしゃり、ばしゃりと落としながら。


 リリィは――。

 しかしリリィのやつは。


「えっと、で、でも、わたしは地竜さんではありません、よ~?」


 頬を引き攣らせて、あからさまに面倒臭そうな顔をしていやがった。

 ははは、こやつめ!


ドラ子の雑感


なんか……めんどい……。

そんなことよりオキタは男色なの……?

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