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第四十四話 蜥蜴人間の長

前回までのあらすじ!


人斬り侍、痛恨のミス!

ドラ子は激オコだ!

 リザードマン族の戦士ギー・ガディアに導かれ、両手両足では数え切れない数のリザードマンに囲まれながら、おれたちは歩く。

 渓谷から岩山の丘に上がると、ぐるりと木の柵で囲われたリザードマンの集落に到着した。


 集落といっても質素なもんだ。

 見た感じ、名もなき国ほどの広さもない。家は漁師小屋のようなもので、おれの矮躯やリリィの女性体ならばともかくとして、リザードマンたちの巨躯では腰を曲げねば入れないような小さなものばかりだ。

 だが――。


「客人だ」

「……」


 ギーが門番にそう呟くと、入口に立っていた門番はギーの失われた左腕とおれとに交互に視線を向けたあと、無言で道を譲った。

 大曲剣は抜き身。背中を向けるのがちょいと薄ら寒く感じる。警戒の仕方を知っているのだ、こいつらは。

 集落に入り、おれは周囲を見回した。


「ふむ」


 岩山にできた丘の集落。

 ここはいい。実に。

 丘ゆえの高低差が東西南には存在し、北方に至っては天をも貫く絶壁だ。白兵戦に長け、且つ絶壁を苦もなく這い回る能力を持つリザードマン族が防衛するとあれば、簡素な木の柵であっても、攻めるに難く守るに易い。


「よく考えられているねェ」

「気に入ったか?」


 ギーが無表情に、低く静かな声で尋ねてきた。

 つっても、蜥蜴頭の顔色なんざわかりゃしねえが。


「ああ。とても、な」


 騎士王リリエムの時代であるならば、無敵の要塞だっただろう。

 だが、それは人間や魔物が相手の場合であって、黑竜“世界喰い”や軍用飛空挺には無力だ。それでも、ここに棲むやつらがどういった性格を持つどういった種族であるかはある程度読み取れた。

 ギーが他のリザードマンと話している間に、おれは斜め後ろの女に囁く。


「お天道様に脅えて暮らすのぁ、ちぃと気の毒だねェ」

「……」


 リリィはこたえない。

 唇を尖らせたまま、ぷいっとそっぽを向いて。

 どうやら名前を黙っていたことが、よほどこたえたらしい。隠していたというよりは、別段どうだっていいことだと思っていたから言わなかっただけなのだが。


 機嫌を直せと命じるのは簡単だが、それじゃああまりにも酷ってもんだ。

 リリィは瞳を潤ませたまま、おれの斜め後ろをうつむいてとぼとぼ歩いていた。

 怒っているならそれはいい。だが、こうして泣かれたり拗ねられたりするのはきついものがある。


「リリィ」


 視線を逸らして返事すらしやがらねえ。

 あ~……やっちまったなぁ~……。

 新撰組時代、相手のいるやつらが、女は気難しいとたま~に愚痴っていたが、当時は笑って流していた。だが、今はどうよ。

 すまねえなァ、おまえらの言う通りだよ。泣きてえ。


 最初に名を告げるべきはリリィだったのだと、今になってわかった。

 なんとも気まずい雰囲気で突っ立っていると、伝令らしきリザードマンがギーのもとにやってきて、何事かを話し始めた。

 やがてギーがこちらに向き直る。


「オキタソウジ」

「ああ、呼び方はオキタかソウジでいい。堅っ苦しくていけねえや」

「そうか。ならばオキタ、村長が呼んでいる。ついてこい」

「あいよ。行こうぜ、リリィ」


 無言だ。一瞥さえくれやがらねえ。

 けれどおれが歩き出すと、リリィは黙って従うようについてきた。

 こりゃあどうにも本格的に参ったね……。


 ギーのあとに続いていくと、集落の最北端、天を突かんばかりにそそり立つ絶壁の前で立ち止まった。正確には絶壁にある洞穴の前だ。

 ルナイス山脈にあったリリィの洞穴ほどは大きくはないが、リザードマンの中でも長躯のギーが腰を曲げずとも歩ける程度にはご立派だ。


 それに、洞穴というよりは住居。

 壁は綺麗にくりぬかれて鏡のように磨かれ、足場も岩とは思えぬほどに平らですべすべしており、油断をすれば足を取られてしまいそうだ。


 どうやってこんなものを……。

 おれが壁の手触りを楽しんでいると、ギーがわずかに振り返って言った。


「懇意にしているドワーフ族に発注した。やつらは手先が器用だ」


 どわあふ。

 その言葉を聞いたのは二度目だ。一度目はライラ。たしかどわあふは、光にも常闇にも属さぬハイエルフと同じ中立種族だと言っていたか。


「へえ。中立種族にも他種族と交わる輩っているんだねェ」

「他種族との交流を必要以上に忌避するのは、傲慢なるハイエルフくらいのものだろう。――まさか会ったのか? ハイエルフに?」

「ん? ああ。ちょいと揉めて捕まっちまってねェ。逃げてきた。おまえさん知ってるかィ? 精霊魔術ってのはァ、木がにょ~~んと伸びて追っかけてくるんだ。大蛇みたいによ。おっかねえったらありゃしねえや」


 肩をすくめて見せる。

 困惑。表情には出ずとも、時間が止まったかのようにギーが動かなくなった。


「どうしたィ、ギー?」

「く、くく。それは珍しい。本当に珍しいことだ」


 笑った。無表情のままだが。


「本来であれば迷いの森の場すら知るものはいない。あの森は移動するからな。ましてや森に迷い込み、生きて出てきたどころかハイエルフに会って、あまつさえ揉めごとまで起こしただなどと……ふ、はっははははははっ!」


 また笑った。今度は豪快に。肩を揺らして。


「な~んだよぅ?」

「いや、すまない。だがその話、迷いの森の場のことだが、あまり口外せぬほうがいい。特にドワーフ族にはな。中立種族同士で戦争でも始めかねん。それはそれで見物ではあるが」


 ギーが歩き出し、おれとリリィがあとに続く。


「だが、く、ふ、ふっふ! 木が大蛇のようにか。それで生き延びているとは、あの高慢ちきなエトワール公もさぞや驚いたことだろうよ」

「エトワール公を知っているのかい?」

「面識だけだ。“世界喰い”のことで、以前にな」


 それまで顔を伏せていたリリィが視線を上げた。


「あ……」

「ん?」

「…………なんでもありません……」


 だが、すぐに伏せられる。

 こいつは重傷だ。あとで土下座でもしてみるかね。

 ギーが最初の角を曲がるなり朗々とした声を上げた。


「長よ。連れてきたぞ。彼らが黑竜の名を口にしたものだ」


 おれたちも角を曲がる。

 奥は松明が揺れていて、薄暗くはあっても何も見えないほどの闇じゃあなかった。

 おれは最奥の地面に腰を下ろしている、ギーの倍はあろうかというリザードマンを目にする。


「長は年老いていてすでに耳が遠い。大きな声で喋ってやってくれ」


 彼の鱗はすでに剥がれ落ち、そこから覗く肌には年月を経た深い皺が刻まれていた。


ドラ子の雑感


……わたしより先に殿方に名前を名乗っただなんて……。

どうしよう……オキタが男色だったら、わたしどうしたらいいの……くすん……。


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