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第三十七話 精霊魔術 

前回までのあらすじ!


人斬り侍が愛刀ノリスケを奪還したぞ!

 長い時間が経過した。

 ライラもエトワール公も、入口まで詰めていたハイエルフたちも微動だにしない。息をひそめて次の言葉を待っていた。


 やがて――。

 やがて、いつの間にかうつむいていたライラが顔を上げる。


「エトワール公。あんたに弓を引くことはしない。バカなことをしでかして自滅したあたしたちを救ってくれたという恩義を感じているのは本当だから。けれど、あたしがここで信用されていないこともよくわかった。ここにあたしの居場所はない」

「そうか。残念だ」


 言い終えた直後、エトワール公の背後に蠢いていた精霊たちが一斉にライラへと襲いかかった――が、決断はおれのほうが早かった。

 エトワール公は己の言葉を言い終えてから精霊魔術を使用したが、おれはライラが言葉を終えた瞬間には、もう地を蹴っていたからだ。


 ライラの身体に無数の精霊たちが降り注ぐ直前、菊一文字則宗は峰でエトワール公の肩から腰までを、袈裟懸けに払っていた。

 どむ、という重い音と手応えがおれの手を伝った。


「――か……ッ!」


 吹っ飛んだエトワール公は背中で館の木壁を突き崩し、隣室へと消えた。同時にライラへと襲いかかっていた無数の精霊たちが消滅する。


「……お、おまえ」

「峰打ちだ! 殺しちゃいねえよ! ――リリィ!」

「わかってます!」


 呆然と立ち尽くしていたライラの背後、リリィが全身から光の粒子を散らした。光は秒を待たずしてリリィの体表に貼り付き、体色を銀に染める。

 入口扉に詰めていたハイエルフたちが雪崩れ込んできた頃にはもう遅い。

 竜化の際に発生する衝撃波が、雪崩れ込んできていたハイエルフたちを巻き込んでエトワール公の屋敷を粉微塵に粉砕する。

 一瞬の後には、凄まじい巨体を持つ銀竜がその姿を大樹に現していた。


 ――ガアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 咆吼。大樹を揺らして。

 おれはすかさずリリィの背中に跳び乗って、ライラに手を伸ばす。


「来るだろ?」

「……」


 腰抜かしてやがる。てめえがこれを見たのは二度目だろうがよ。

 埒もないと見たか、リリィが前脚でライラをつかんだ。そうして呆然とするハイエルフたちを一瞥して、銀の翼で闇夜の空をつかむ。

 大風を巻き起こし、銀竜シルバースノウリリィが飛び立った。

 が――。


「待て、逃がしはせぬッ!」


 血塗れで立ち上がったエトワール公が、何事かの呪文を唱え始めた。

 直後、エルフの集落となっていた五本の大樹がざわりと動き出す。そして怪物のようにその身をうねらせながら、飛び去ろうとする銀竜シルバースノウリリィを捕らえようとして無数の枝を伸ばし始めた。


『――ッ』


 リリィが中空で身体を横倒しにした瞬間、鋭く槍状に形を変化させた大樹が通り過ぎる。


「今のが精霊魔術ってやつかィ。大樹が襲ってきやがるとはなァ」

『……く!』


 そのまま離脱を計るリリィの尾へと、別の大樹が絡まりついた。

 がくん、と高度が下がる。

 リリィが怒りの咆吼を上げて、尾に絡みついた巨大な枝を後ろ脚で蹴り払った。だが、その間に次々と大樹は枝を伸ばし始める。


『マスター、申し訳ありません! 速度が乗るまで補助願います!』

「わかってらァ」


 おれは不安定な足場でリリィの鱗を五指でつかみ、背後に身体を向けると、怪物の胴体ほどもある迫り来た枝を斬り払った。

 その感触は、すでに樹木ではない。まるで金属だ。


 放たれた鞭のごとく次々と迫り来る枝をリリィが回避し、おれが斬り飛ばし、ライラを連れて徐々に高度を上げてゆく。

 やがて高度が二十丈(約60メートル)を超え、迷いの森上空から抜け出した頃、ついに大樹の枝はおれたちを追うことをあきらめた。


「やれやれ。森で見た吸血大樹(ブラッドツリー)がかわいらしく思えてくるぜ」

『魔素反応は依然上昇中! おそらくまだ何か――マスターッ!』


 その言葉に、おれは視線を下げた。

 五つの大樹が縄を編むように互いの枝を絡め合い、凄まじい速度で迫ってきている。


「……かっ、しつっけえなァ。振り切れるか、リリィ?」

『相対速度から算出して、このままでは不可能です! 反転攻勢に出ますか!?』


 リリィの翼が闇夜の空をつかみ、ぐんと速度を増す。

 だが、だめだ。リリィの最高速度ならば問題なく振り切れるだろうが、助走区間がまるで足りてねえ。リリィの言うとおり、追いつかれる。


「いや、この精霊魔術とやらを見る限り、樹木の多い迷いの森上空には戻らねえほうがいいだろう。しっかし、この角度じゃ斬撃疾ばしの射線も通らねえな」


 しばし考える。

 おれは菊一文字則宗を納刀し、背後を向いたまま身を低くした。

 少々危険だが――。


「リリィ、高度をぎりっぎりまで下げろ!」

『は、はい!』


 リリィが翼をたたんで急降下する。だが、編み込まれ絡まり合う五つの合成大樹の枝は、今や巨大な蛇となり、大口を開けながら身を翻して鎌首を下げた。

 あくまでも追ってくるか。


『だめです! 振り切れません!』


 草原上空をシルバースノウリリィが滑るように飛行する。

 その速度さえも上回り、巨大な大樹の大蛇が、リリィを丸呑みにせんと背後から迫った。


『追いつかれます!』

「そのままだ」


 だが、斜線は通った。

 すぅ……と息を吸う。


 心の臓が凄まじい勢いで血液を送り出し始めた。痩せぎすの腕をしなやかな筋肉が包み込み、おれはゆっくりと息を吐く。

 瞳を開けたとき、視界はすでに大蛇の口内に覆われていた。

 ライラの悲鳴が聞こえた気がしたが、もう意識の外だ。

 もう一度息を吸い、止める。


 抜刀――。


「――アアアアァァァァァーーーーーーッ!!」


 一閃!


 斬撃疾ばし。

 大蛇がおれたちを呑んで口を閉ざした直後、その身が横に裂けた。まな板に釘で貼り付けにされた鰻のように横一文字に裂けて、二つに割れた。

 ぷつりと、大蛇にかかっていた強化魔術が解ける。


「へっ!」


 あとは蛇の形をしただけの、ただの木片だ。


「行けッ! リリィ!」

『ッわああああああぁぁぁぁっ!!』


 閉ざされた大蛇の口。牙となっていた木片を鼻先でぶち破りながら、その口内からシルバースノウリリィが脱出する。

 そうして何者をも追いつかせぬ速度に至り、おれたちはエルフの集落をあとにしたのだった。



ドラ子の雑感


ああぁぁぁ、お鼻打ったぁぁぁ……。

痛いよぉ……。

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