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第三十六話 エルフの長

前回までのあらすじ!


人斬り侍がダークエル子を騙くらかして脱獄したぞ!

 集落に灯った無数の白の光は、まるで独自に意志を持っているかのように浮遊し、そこかしこを明るく照らし出す。

 まるで蛍だ。

 集落がにわかにざわめき出す。洞や枝に造られた家から、次々とハイエルフたちが飛び出してきた。

 どいつもこいつもすでに弓や槍を手にしている。


「対応早ええなァ」

「ついてこい!」


 ライラが光から逃れるように走り出す。

 大樹の中に造られた階段ではなく、大樹の枝を結ぶ橋でもなく、枝から隣の大樹の枝へと飛び移る。

 高度はおよそ十丈(30メートル)、落ちればもちろん即死だ。


 だが、おれもリリィも迷うことなく、生い茂った葉に隠された枝を走って跳躍した。がさりと音がして緑の葉がいくつも散った。

 途端に浮遊する光が集まってくる。奇妙なことに、光は松明のようにエルフの手に持たれているわけではなく、そのものだけが浮遊している。


 突然目の前に浮かび上がった光に照らされ、おれは手を持ち上げた。光の中に、小さな小さな、掌に乗っちまうくらい小さな少女がいた。

 そいつはおれを見た瞬間、にやりと悪意に満ちた笑みを浮かべる。


「……ンだあ?」

「避けてください! 光精ウィルオウィスプです!」


 リリィが叫ぶと同時、光精とやらを手で払い除けようとしたおれに体当たりをして、ライラが口内で何事かを呟いた。

 直後、光精ウィルオウィスプが消滅し、闇へと戻る。


「素手で触るな。火傷をするぞ」

「お、おお。消えたぞ? 何をしたんだ?」

「退去呪文を唱えただけだ。さっさと立て」


 おれはライラに促されるまま立ち上がる。だが、どうやら今の一瞬でハイエルフどもに発見されちまったらしい。

 どいつもこいつもおれたちのいる大樹へと集まり始めていた。

 大樹同士に掛けられた橋を伝って、あるいは遙か眼下、地面にある洞から階段を上って、大量のハイエルフたちが押し寄せてきている。

 拙い……。


「くそ!」

「ライラ! おれの菊一文字則宗はどこだ!?」

「エトワール公の屋敷はそこの扉だ!」


 枝を走り、大樹の幹へと近づく。

 幹は五方向の枝へと分かれ、その枝に支えられるようにして、他の家とはあきらかに大きさの違う木造の館が乗っかっていた。


「リリィ!」

「はい!」


 リリィが拳を握りしめ、走りながら扉へと叩きつける。

 木造の扉が割れた、などという生やさしい表現では足りない。凄まじい破壊音と粉砕された木片が館の内部へと吹っ飛んでゆく。


 おれは左右に視線を散らす。鍋と皿の置かれた長脚の卓に木造の椅子。石造りの暖炉。その横。

 無造作に暖炉横に立てかけられていた菊一文字則宗へと駆け寄り手に取った。左手で鞘をつかみ、右手で柄を持って引き抜く。

 細身優雅な太刀姿――。

 刃こぼれもない。どうやらエルフ族が鉄器を使わない一族だったことが幸いしたらしい。

 刀身を鞘へと収めて腰に装着する。


「うし! これで無敵だ!」


 ……が、殺さずにこのエルフの集落から抜けるとなると、ちぃとばかし骨が折れる。やはりここはリリィに銀竜体になってもらって――。


「私の館で何をしている」


 若く瑞々しい男の声に、おれは思考を中断した。

 奥の部屋から、白金色の長い髪を持つエルフが、鋭い視線をこちらに向けていた。

 軽装。武器は何も手にしていない。アラドニアの魔術師が持っていた杖のようなものさえない。


 じわり、と汗が滲んだ。

 何もないはずだ。なのに、身体が警鐘を発している。こいつはやべえと。

 ライラが悔しそうに呟いた。


「エトワール公……」


 こいつがエルフどもの長か。


「私が他のエルフたちと牢の大樹に走ったとでも思ったか? 万に一つでも出し抜けるとでも思っていたのかな? 浅はかで愚かな年若きダークエルフよ」

「く……」


 ライラが身構え、一歩後退した。

 背中の弓に手を伸ばしかけ――。


「やめておきなさい。人間どものくだらぬ争いに自ら参入し、種族絶滅に陥った危機を救ってやった恩義を忘れたか」


 ――手を止めた。

 エトワール公の背後に浮かんだ光精を前にして。いいや、光精だけではない。橙色の炎や半透明の氷、それに得体の知れぬ黒色の玉までもがいくつも浮遊している。

 おれの耳もとでリリィが囁いた。


「炎精サラマンダー、水精ニンフ、暗精ディング。いずれも直接触れないでくださいね」


 つってもなあ。あんだけ数多いとどうしたものか。

 この狭い場所で一斉に動き出された場合、どうにもならん気がしてならない。エルフどもを皆殺しにしてもいいなら話は別だが、こいつらは己の集落を守りたいだけであって、悪人というわけでもなさそうだ。

 ライラが両手を下ろし、エトワール公に頭を垂れる。


「よろしい。さて、そこな人間――」

「偉大なる長よ。命を救っていただいたことには感謝している」


 エトワール公の視線がおれへと向けられた直後、ライラが声を出した。


「だが、あたしにはやるべきことがある。今日が、迷いの森の集落を出るときだ」


 エトワール公が不機嫌そうにライラへと視線を戻した。


「ならん。この集落の場を知るものを外の世界に戻すわけにはいかん。アラドニアの人間種に滅亡まで追い込まれたダークエルフ族だからこそ、この言葉の重みは理解できるはずだ」


 大量の気配が背後へと現れる。

 ハイエルフたちだ。けれどもこの館の中にまで立ち入ることはなく、破壊された扉の外で油断なく取り囲んでいるだけだ。


「あたしたちは外の世界に出ても、この集落のことは何も語らない」

「信用できぬ。ダークエルフであるおまえも、人間であるこの方らも」


 間髪容れずの即答だ。

 ま、そうだろうねェ。


「こうしてハイエルフ族は守られてきたのだ。他種族と交われば絶滅に瀕する。さあ、武器を置きなさい、ライラ。……それとも、ここで死を選ぶかね?」


 エトワール公の背後で、無数の光と闇が蠢き出す。

 ライラが歯がみした。


 おれたちは別にどっちだっていい。逃走に失敗することはまずないだろう。

 なぜなら、エトワール公は今し方「人間であるこの方ら」と言ったからだ。

 おそらくライラは、ハイエルフ族に対する反発心からリリィの正体を事細かに報告していなかったのだろう。

 エトワール公はリリィが銀竜であると気づいていない。ただの人間の魔術師だとでも思っているはずだ。ならば竜化し、銀竜体となって飛び立てばそれで済む話だ。


 あとはライラ次第。

 こいつが同族を救う牙となるべく修羅道を選ぶか、それとも牙を抜かれたままここで朽ちてゆくか。

 おれたちは彼女のこたえを待っていた。


ドラ子の雑感


あのお鍋……。

何が入ってるんだろう……ぅじゅる……。

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