第三十三話 血の歴史
前回までのあらすじ!
人斬り侍とドラゴン嬢が牢の中でイチャイチャしたぞ!
おれはリリィの肩を押して膝上から脱出し、背中に手を添えながら彼女の身体をそっと寝かせた。
このままじゃあ顎どころか胸もとにまで涎を垂らされそうだったというのもあるが、それ以上に殺気が近づいてきていたからだ。
臓腑の底がざわつきやがるのさ。殺気を向けられるとな。
それにしてもエルフってのはどいつもこいつも戦闘民族なのだろうか。足音がまるで聞こえねえ。暗殺者に実に向いている。戦国の世に暗躍したっていう忍を思い起こさせる。
あまり敵には回したくない……が――。
「よお。散歩かい?」
「――!」
先に声をかけてやると、足取りが乱れた。
足音は一つ。一人だ。
闇夜に溶ける褐色肌、肩で切りそろえた黒の髪。それだけではなんとも言えないところだが、この視線、この殺気には覚えがある。
「ライラ嬢か」
「……あたしの名を気安く呼ぶな」
手には弓。すでに黒曜石の矢を番えている。むろん、鏃の向く先はおれだ。
よっぽど人間がお嫌いらしい。格子越しに狙う気だったようだ。
おれに見つかると、舌打ちをしたライラが闇から歩み出て格子の前に立った。
「やれやれ、物騒だね。おれたちを殺してこいって命令でもされたのかい?」
「黙れ」
正直なところ、こうして牢の外から狙われりゃひとたまりもない。そりゃあ一本二本なら防ぐは造作もないが、ずっと防ぎ続けることはできないし、ましてや三本同時に放たれた日にゃ、丸腰じゃ目もあてられやしねえ。
ライラはおれを睨んだまま、身じろぎ一つしない。
どうやらハイエルフに命令されて殺しに来たわけではないらしい。でなければ、おれに気づかれたくらいで射ることをやめたりはしなかっただろう。
「個人的な用件――いや、恨みかねェ?」
「そうだ。貴様たち人間がダークエルフ族を利用し、裏切った。その報いを受けてもらう」
利用に、裏切り……ねェ。
「悪ィが、事情なんざ知らねえよ。おれはレアルガルドに来てまだ数日で、そこで寝こけてるやつは、おまえさんも知っての通り銀竜だ」
もう少し、あと一歩。
ライラが近づきさえすれば弓を奪える。もっとも、その後のことまでは考えちゃいないが。
「数日だと? しらばっくれるな! その程度の日数で海岸線からレアルガルドの内陸地であるこんなところにまで辿り着けるものか! 軍用飛空挺でも使わない限りはなっ!」
レアルガルド大陸ってのは、そんなに広いのか。いずれにせよ、ルナイス山脈開始の旅だとは言わないほうがよさそうだ。
そも、どうして江戸にいたはずの己がここに立っているかなんざ、説明を求められたってできるわけがない。おれ自身にだってわかんねえんだから。
「おいおい。忘れたのかィ? こちとら空駆ける銀竜と旅をしてんだ。日数なんざ関係ねえ」
むろん真っ赤な嘘だ。
だがリリィの飛行速度は軍用飛空挺なんかよりも遙かに速い。ならば海岸線から数日でレアルガルドの内陸地に到達したとておかしな話ではないはずだ。
「だろ?」
戯けた調子で両手を広げると、ライラが歯がみした。
表情に出る怒りの色が濃くなってきているのがよくわかる。
「ま、おれのことはいいや。おまえさんの話から察するに、人間に利用されたまぬけなダークエルフ族が切り捨てられ、敵対していたはずのハイエルフ族に尻尾振って飼ってもらったってとこか。……くく、あきれるね。矜持もなんもねえ種族だな、おまえさんたちは」
ライラの形相が変化した。殺気が膨れあがる。
来る――。
「アラドニアの魔術師どもと同じ種族の貴様に、そのようなことを言う資格が――ッ!」
ライラが弓を引き絞り、わずかに踏み込んだ。
おれはすかさず格子から手を伸ばし、矢と弓の節を指で絡めるようにして強くつかむ。
ライラの瞳が驚愕に見開かれた。
「――なッ」
それでも弓を放さなかったライラを強引に格子へと引き寄せて、番えられていた黒曜石の矢を奪い取り、手の中で回転させて鏃を褐色の首へと押しあてた。
むろん、素早くライラを片腕で拘束しての話だ。
「こ……こんな……っ!」
「悪ィね。ちょいと挑発させてもらった。さっきまでの言葉は本意じゃねえ」
おれは鏃の先を褐色肌に軽く突き刺し、歪な笑みを浮かべる。
ライラの顔色が変わった。怒りから恐怖へと。呼吸が荒く変化し、汗がひっきりなしに流れ落ちる。
気をあててやっただけだ。先ほどのお返しに、とびっきりの殺気ってやつを。
足を震わせて膝を折ったライラに合わせてしゃがみ込みながら、おれは長い耳に囁いた。
「……さっきの話、もうちっと詳しく聞かせてもらえるかい?」
こんなところでアラドニアの国名を聞けるとは、つくづく運がいい。
腰砕けとなったライラが、しかし気丈に吐き捨てる。
「き、貴様に話して聞かせることなど何もない!」
「その様で強がることに意味なんざねえよ。おまえさんだって死に場所くらいは選びてえだろ。……ここはハイエルフ族の集落だ。大嫌いな種族の庭で生涯を終えるつもりなら、無理強いはしないが」
ライラは首にあたる鏃を払い除けようとして、弓を手放し両手でおれの腕を押している。
力比べにゃ自信はねえが、それでも女に負けるほどじゃあない。もちろん、そこで涎垂らして寝こけてやがる銀竜女を除けばの話だ。
おれは声を落としてライラの耳もとで囁く。
「アラドニアはダークエルフ族に何をした?」
「……ッこの――人間がそれを知らないとは言わせないッ!」
おれは大仰にため息をついた。
「だ~か~ら~、おれはレアルガルドに来たばっかで、なんも事情を知らねえっつってんの。どいつもこいつも、何度これを言わせんだよったく」
「ふん! そんなことはどっちだっていい。知りたければ教えてやるさ。――貴様ら人間種が、どれほど卑怯で汚らしい種族であるかを」
そうしてライラは語り出した。
レアルガルド大陸に存在する、薄汚れた血の歴史を。
ドラ子の雑感
じゃっじゃ~んっ! 実は起きてま~す!
……って言いづらい雰囲気になってるぅ……。




