第三話 空斬り
前回までのあらすじ!
善とか悪とかじゃなく、とにかく斬りたい刻みたいv
侍の顔に歪な笑みが浮かんだ。
『マスター、船底はどうでしょうか』
飛来する砲弾を上下に躱して、銀竜シルバースノウリリィが念話を飛ばす。
「船底? 悪いが、飛空挺とやらにゃ詳しくない。説明を頼む」
『飛空挺は着陸の際、船底を大地か水面に置く必要があります。そのため船底には砲門は設置できないのではないかと』
リリィの白銀の翼が再び雲をひく。
回避の際に発生した凄まじい遠心力に、侍は両足の五指に力を込めた。振り落とされれば命はない。
だが、それでも平然と。
「なるほど。せいぜい爆撃のための扉があるかないかってとこか」
『はい』
「やってみよう。リリィ、船底に回り込め!」
『了解』
飛来した砲弾を翼をたたんで降下することで躱し、銀竜は一度大きく高度を下げてから下弦の月を描くようにして再び一気に浮上する。軍用飛空挺の船底へと。
彼女――シルバースノウリリィの予想通り、弾幕はない。
侍の口角が上がった。
軍用飛空挺は今さら舵を切って旋回を始めているが、銀竜の飛行速度に比べればあまりに鈍かった。
「かっ! 無防備に腹を見せるか、駄犬め」
迫る、迫る、迫る――!
一人と一体が、あまりに巨大な軍用飛空挺の船底へと風を切って迫る。
侍が、愛刀菊一文字則宗の柄に右手を添えた。
瞬間、船底の扉が斜めに開かれる。とたんに銀竜が念話で叫んだ。
『マスター、再び巨大な魔素反応! 先ほどの魔術師かと思われます!』
「進め」
『……っ!? さっきの炎に呑まれたら――!』
「かまわねえよ」
侍は視認する。斜めに開かれた扉に立つ、杖を手にした一人の魔術師の姿を。
目深にかぶった濃紺色の頭巾が、船底の扉から巻き込まれた風によって一気にめくれ上がった。
禍々しい悪魔のような笑みが露わとなる。
こいつだ。びりびりと肌で感じる。人斬りの眼、人殺しの臭い。
強い鼓動が、さらにその間隔を短くしてゆく。それに伴い血走る瞳。自然と浮かぶ悪鬼の笑み。
全身に熱い血液が行き渡る。
『ヒトの身では確実に保たないといっているのです! 先ほどの火勢ではわたしでさえ正直どうなるかわかりません!』
「そうかい」
『……ッ! あなた、正気ですかっ!?』
「一応そのつもりだがねェ」
耳まで裂かんばかりに口角を引き上げ、魔術師が杖を掲げた。
悪人顔。守ることのできなかったあの時代に、山ほど見てきた顔。
時代を守るため、斬って、斬って、斬って。善人も悪人も等しく、斬って、斬って、斬って。
そうして気づけば己もまた、この顔となった。悪の顔に。
歪な笑みが交叉する。
さあ、悪党同士、殺り合おう――ッ!
『炎、来ます! 回避命令を!』
「進め」
『マスター!!』
思考を閉ざす。
侍はゆっくりと息を吐いた。精神を統一するため、一度瞳を閉ざす。
魔術師の杖から生き物のように這い出た渦巻く炎が、怪物の形をもって、銀竜ごと侍を丸呑みにせんと大口を開けて迫った。先ほどの比ではない規模の炎だ。
熱。すべてを灼き尽くす、否、溶かし付けるほどの高熱。景色がぐにゃりと歪む。
『マスタァァーッ!!』
念話で響く、悲鳴のような声。
この規模の炎魔法ならば銀竜や侍はもちろんのこと、たとえこの軍用飛空挺であったとしても、致命的な打撃は避けられない。
このような無謀な突撃に意味などあるはずもない。
『こ、この――ッ!!』
渦巻く炎の口を目掛け、銀竜はそれでも突き進む。進むことしかできない。
侍の命令は、盟約。盟約に縛られし古竜の身でそれを破ることは、彼女の肉体と精神の自壊を意味する。
すなわち、侍の命に逆らえば銀竜は死ぬのだ。すべての鱗が剥がれ落ち、全身から血を噴いて肉片の一つに至るまで分解され、精神は世界から消滅する。
ゆえに、彼女に選択肢など存在しない。たとえ向かう先が絶望であろうとも。
『――オキタのバカァァァーーーーーーーーーーッ!!』
白銀の竜が炎の怪物に丸呑みにされようとするまさにその瞬間、侍はようやく瞳を開けた。
すぅぅぅ……!
熱波の空気を吸い、上下の歯をぎしりと鳴らす。めきめきと音を立て、枯れ枝のようだった彼の腕が膨張してゆく。
抜刀――!
「――アアアアァァァァァーーーーーーッ!!」
一閃。
渦巻く炎の怪物を。否。その奥にある船底に開かれた扉ごと、さらにそこに立った魔術師ごと、縦に斬り裂くように、たったの一閃。
刻が止まった。一体、誰が予測し得たであろうか。
侍の剣閃が生み出した斬撃が、炎の怪物の頭部を、船底の扉を、禍々しき魔術師を、さらにはその奥――。
『き――ゃああああああっ!!』
侍の一振りが引き起こした凄まじい反動に耐えきれず、銀竜シルバースノウリリィは前後左右どころか上下感覚までをも失って翼を曲げられ、大気に翻弄されながら地面に吸い込まれるように落下してゆく。
その最中、彼女が視界に捉えた光景は壮絶なものだった。
軍用飛空挺が巨大な斬撃によって、縦に裂けていたのだ。
古竜である己の肉体の十倍はあろうかという軍用飛空挺が船首から船尾に至るまで、縦に。巨大な炎を生み出した魔術師も、縦に。
大型魔導機関のうなりが消滅し、亀裂からは悲鳴を上げながら一〇〇名近いアラドニアの兵らが大地へと落下してゆく。
それだけではない。
それだけでも十分だったのに、それだけではなかった。
さらにその上空。信じられないことに、青空に広がった雲までもが斬撃の引き起こした突風によって、真っ二つに裂けていた。
斬撃疾ばし――。
『……』
ドラ子の雑感
………………ほんとなんなの、この人間……。
なんかもう怖いんですけど……。