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第二十四話 誰がために

前回までのあらすじ!


ドラ子が壮絶な勘違いをしているが、修羅場といえば修羅場だぞ!

 剣や火筒(ほづつ)らしきものを手に戻ってきた兵三名が、おれを見るなり怒号を上げた。


「好き勝手やりやがってッ! 魔術も使えぬ下民の分際で!」

「殺せッ」


 剣。おれの菊一文字則宗とは正反対の太い無骨な刀身。

 こいつは技で斬るためのものじゃない。己の力と武器の重さで敵を叩き潰すための剣だ。


「そんな細い剣で、おれの剛剣が止められるものかっ!」


 ゴォと、野太い刀身が薙ぎ払われた。

 ごもっとも。受けることは避けたほうがいいだろう。菊一文字則宗ならば万に一つも欠けはしないだろうが、力量差を見せつけて戦意を挫けば楽に殺れる。

 おれは大剣の刀身をかいくぐり、すり抜け様に男の脇腹を斬り裂く。


「ぃぎゃっ!?」


 重さゆえの遅さも、頭にないようだ。

 不屈の闘志でさらに剣を振ろうとした男の喉を、裸足で床をつかんで一本突きで貫く。


「か……ッ」


 肉を掻き分け骨を断ち、菊一文字則宗の切っ先が男の頸部から飛び出した。

 目を剥いて絶命した男の腹を蹴り、間髪容れずに刃を引き抜く。

 男が倒れ込むよりも早く袈裟懸けに払われた剣を、おれは部屋の隅へと飛び退くことで躱した。


「このクソチビがッ、死ねッ!」

「――ッ」


 火筒。

 剣を避けられた男が、片方の手で黒の装飾の施された短い火筒の引き金を引いた。


 閃光。橙色の閃光が飛び出す。

 驚いたね。鉛玉じゃなく炎塊だ。なるほど。こいつが魔素をエネルギィとやらに変換する魔導技術(テクノロジー)、魔導機関(エンジン)か。

 だが。


「イァ!」


 おれは菊一文字則宗で飛来する炎の塊を斬る。

 刃が炎塊を分断した瞬間、部屋中に巨大な火花が四散した。

 降り注ぐ火炎に悲鳴を上げるアリッサと、驚愕に目を見開く二人のアラドニア兵。


「ま、魔術弾を斬――っ!? な、なんなんだ、貴様はッ!?」


 おれは刀を振り切ると同時に壁を蹴って疾走し、もう一度引き金を引こうとした男の両眼を、引っ掻くように刃先で浅く斬った。


「ぎゃっ!」


 視界を奪われ、よろめきながら数歩後退した男の心の臓を貫く。


「侍だ。魔術ってのも、大したもんじゃあねえなァ」


 おれは刃を引き抜きながら言い捨てた。

 三人目に視線を向けると、背中を向けて逃げ出したところだった。

 追いかけようとした直後、三人目の男の身体が暗闇の廊下で宙に浮き、そのまま勢いよく室内へと投げ戻されてきた。


「ひぁ――っ!? な、なっ!?」

「おっと」


 おれがそれを躱すと、男は勢い余ってアリッサの部屋の窓から外へと飛び出していった。


「ぎゃあああぁぁぁぁ~~~~~………………」


 数秒と経たず、べしゃりと肉の弾ける音が響く。

 ゆるゆると、赤い着物姿に戻った女が入室してきた。どうやら女がつかんで投げ飛ばしたらしい。

 魔物でもヒトでも、なんでも投げやがるな、こいつ……。

 錆びた鉄よりも生臭い臭気と地獄のような部屋の惨状に、女が顔をしかめた。


「何事ですか? 剣を持って走ってきたので思わず投げてしまいましたが……」


 おれは菊一文字則宗を振って血糊を飛ばし、手ぬぐいで拭ってから鞘へと滑らせる。


「悪人だ。アリッサを襲ってやがった。まだ他にいるはずだが」

「アラドニア兵でしたら、先ほど着の身着のまま宿から転がるように飛び出して行きましたよ」

「かっ! 侍なら士道不覚悟で切腹もんだぜ」


 どたばたと足音が響かせ、ハゲ上がったおっさんが飛び込んできたのはその後のことだった。おっさんは部屋の惨状に表情を歪めた後、ベッドで震えていたアリッサのもとへと走ってその肩を抱きしめた。


「アリッサ! アリッサ! 無事かい!?」


 おれは女と目を見合わせて、大きなため息をついた。

 アリッサは瞳に正気の光を戻すと同時に、ハゲたおっさんへと抱きついた。


「お父さん……!」


 親子の感動の再会って言やぁ聞こえはいいが……。

 おれはあきれを通り越して、ぶん殴りたい衝動に駆られたね。

 このおっさんは騎士でも侍でもない。ただの宿屋の主人だ。最初の物音には気づかなくても仕方がない。だが、死合(しあ)ってからの物音に気づかなかったとは言わせない。

 当然アリッサの悲鳴にも、だ。


「アリッサ、よかった! よかった……」

「お父さ……! お父さん!」


 こいつは卑怯にも物音が静まるのを待ってから駆けつけてきた。てめえの娘がどういう目に遭っているか、想像に難くなかったろうに。

 もっとも、今それをアリッサの前で口に出すほどには、おれだって薄情な人間じゃあない。


 ところが、だ。

 おっさんは震えるアリッサの肩を抱きながらおれたちに振り向きもせず、恥も外聞もない言葉を吐き出したんだ。


「出て行け……。あんたたち、自分が何をしたかわかっているのか……?」

「悪人を斬った。それ以上でもそれ以下でもねえ」


 ようやく振り向いたおっさんが、泣きそうな形相で顔色を怒りに染めた。


「ふざけないでくれっ! 彼らはアラドニアの斥候だ! 取り逃せば魔導通信装置でこのことを本隊に報告されてしまう……!」

「だったらおまえさんが殺りゃあよかったんじゃねえかい? 逃げるの見てたんだろ?」

「人殺しなんて兵士でもない私にできるわけがないだろうっ!」


 沈黙が訪れる。

 ほとほとだ。ほとほとあきれた。

 これだから他人と深く関わるのは嫌なんだ。どいつもこいつも、おれが刀を振る理由を勝手につけたがる。てめえが手を汚すわけでもねえのに。

 そんなやつらが心底嫌いだった。他人の血で汚れていく己の手を見るたびに嫌いになっていった。

 それは、あの時代。おれが守るべき主君とて例外じゃあなかった。


 おれが信じられたのは、おれと立場を同じくして善人悪人問わず斬っていた、薄汚れた血塗れの新撰組(仲間)だけだ。

 だからおれはヒトの手の届かぬ地に、死に場所を求めた。


 ――この人斬りの汚れた手は、てめえらの手じゃねえ! 他の誰のものでもなく、おれの手だ!


 そんなおれの思いなどつゆ知らず、おっさんがうつむいてうめくように呟く。


「もうすぐ本隊が軍用飛空挺でやってくる。そうしたらこの国はもうおしまいだ……っ」

「だろうねェ。お気の毒に。ま、心配しなさんな。言われなくても出て行くさ」


 おれは女の肩を手で押して、宿から出ようとした。だが、女は納得がいかなかったのかおれの手を払い除けた。


ドラ子の雑感


ああ、よかった~。浮気じゃなかったっ。

ただの殺人現場でしたっ!

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