第二十三話 斬
前回までのあらすじ!
ドラ子の逆夜這いは失敗に終わった!
走る。走る。木造宿の二階廊下を走る。
走り出していくつかの部屋は無人。だが、無人の部屋を越えれば、酒の匂いやイビキの音が響き始めた。
感覚を研ぎ澄まし、一つ一つの部屋を探る。
違うな。違う。ここも違う。
食堂から続く階段を通りすぎ、なおも走る。
違う。違う。この部屋も違う。
外からではない。壁や床を伝って聞こえてきた音だから。
端。おれたちの部屋とは対称に位置する部屋。声やイビキはないが、微かに人が動く際に発生する震動や気配の溢れ出す部屋。
ここだ。
木造の扉を蹴破る。けたたましい音が響いて、扉が壁にぶつかった。
ベッドの上――。
「~~~~~~~~~~~~ッ!!」
ネグリジェの胸もとを剥ぎ取られ、頭上に上げられた両手を片手で拘束されて口もとを押さえつけられているアリッサと、彼女の上にまたがる赤茶けたひげ面の屈強な男。ぷんと酒の匂いがしていた。
半裸の男が首を曲げておれに視線を向け、舌打ちをした。
「おい、勘違いすんじゃねえぞ。こいつが誘ってきたんだ。昨夜飲んでたときからよ、ガキのくせにおれに色目を使ってきやがったんだ」
「~~~~!」
口を押さえられたままのアリッサが、必死の形相で首を左右に振る。
おれは早足でベッドへと近づく。菊一文字則宗を抜刀しながら。
「へえ、そうかィ」
「おいおい、待てよ。見たところ、おまえからは魔力の素養をまるで感じない。そんな下民ごときが物騒なもん引き抜いて、アラドニアの魔術兵様を相手に何をするつもりだぁ? ん?」
にやけ面。この期に及んでまだ危機感がないと見える。愚図め。
「お……、おい……っ」
ようやくだ。おれの間合いに入ってからようやく、ひげ面の男がアリッサの口から手を放し、おれに身体を向けようとした。だがもうその瞬間には、菊一文字則宗の刀身はすでにひげ面男の胸から音もなく生えていた。
「あ……が……っ!?」
躊躇いはない。江戸じゃあ何度もしてきたことだ。
ひげ面男が目を剥く。
「貴……様……、……こ……んなこと……をして……」
おれはアリッサに汚え血がかからないように男の後ろ髪をつかみ、ベッドから引きずり下ろした後、やつの背から菊一文字則宗を引き抜いた。
男が脈打つたび、胸部と背部の傷口から、ぶしゅ、ぶしゅと、血液が噴き出している。
心の臓をひと突き。男はあっさり絶命した。
「平気かい、アリッサ?」
「……」
アリッサははだけた胸を隠そうともせず、ただ呆然とした瞳でおれを見つめていた。
おれは血に濡れた手を彼女に差し伸べて――。
「き……きゃあああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!! やだ、やだ、やだあぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
悲鳴、響く。
アリッサの瞳は正気を失っていた。
「おいおい……勘弁してくれよ……」
扉の開くいくつもの音。大勢の足音が近づいてくる。この部屋に。
おれは刀を肩に担いで扉方向を振り返った。屈強な、といって過言ではない男らが、次から次へと室内に踏み込んでくる。
いくつかは見覚えのある顔だ。昨夜食堂にいたアラドニア兵。殺した男と同じ魔術兵か。
「貴様ッ!? この下民がッ!!」
アラドニア兵らはおれが殺した男の死体を見るや否や、血相を変えて殴りかかってきた。
つくづく、この大陸の兵士とやらは危機感のない阿呆ばかりだ。
おれは頬が弛むのを自覚していた。
なぜ帯刀して来なかった? わざわざおれに斬られてくれるためか?
最初の拳を避けてやり過ごし、その背後で戸惑っていたアラドニア兵の頸部を切っ先で斬り裂く。
「痛ッ!? うあ、あ、わああああぁぁっ!?」
動脈を断たれた男は己の頸を手で押さえ、それでも噴出する血液に右往左往だ。その男に視線を奪われていたアラドニア兵を、おれは次々と斬り伏せてゆく。
数えて四人。
「なんだ、アラドニアってのも存外大したもんじゃあないねェ。で、次は誰――って、おいおい」
ここへ来てようやく、アラドニア兵らはおれを明確な脅威であると認識したらしい。
背中を向けて自室へ剣を取りに戻ろうとした男の足を斬り、うつ伏せに倒れ込んだところを背中から心の臓へと刃を突き立てる。
「そんな簡単に敵に背中なんざ見せるもんじゃあないよ」
その隙に、一人の魔術兵が廊下へと逃げ出した。
やれやれ、あきれたもんだ。
おれは部屋の奥で呆然と立ち尽くしていた最初に殴りかかってきた男に対し、薄笑いで唇をねじ曲げて吐き捨ててやった。
「……おまえさんたちアラドニア魔術兵ってのは、矜持もねえのかィ。大したお笑い集団だ」
「なんだとッ!」
数秒。最初におれへと殴りかかってきた男が歯を食いしばり、再び拳を握りしめて襲いかかってきた。
「うおおおお――ッ!!」
「シッ!」
血風を巻き起こし、振り返り様に男の首を跳ねる。
首を失った男の身体が数歩走り、膝を折って崩れ落ちた。部屋の床に血溜まりが急速に広がってゆく。遅れて、どん、と床に首が転がった。
六人、殺した。
たしか食堂には十五名ほどがいたか。最低人数で差し引き九名。
簡単な引き算をして、おれは菊一文字則宗を一振りして血を払ってから肩へと乗せる。廊下からは新手の足音が響いていた。
ドラ子の雑感
あれ? アリッサの部屋からぎしぎしあんあん聞こえ……る……。
……………………ね、寝取ら……れ……?




