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第二十二話 同衾

前回までのあらすじ!


ドラ子が悶々し始めたぞ!

発情期か!?

 さて、と。

 洗面台で顔を洗い、あらためて室内を見回す。


 どう見ても寝床はひとつだ。

 板張りの床に置かれた、木造の寝台。その上には大きな敷き蒲団が敷かれ、厚めの(ふすま)がたたんで置かれている。そして布製と思しき枕が並んでふたつ。


 おれぁ別にかまやしねえが……。

 女を振り返る。ふと気づけば女は赤の着物ではなく、膝下までを覆う半透明の夜着に変わっていた。

 胸部や陰部こそ何やら布きれで隠されてはいるが、概ね透けて見えてしまっている。


「……何か?」

「何か、じゃねえよ。なんだィ、その(はした)ねえ格好はよ?」

「ネグリジェです。人間は眠りの際に着替えるものだと母が……」


 そこまで呟いて、女が首を傾げた。長い銀色の髪が背中で流れる。


「……わたし、もしかしておかしいですか?」


 おれは頭を掻いてため息をつく。


「さてな。おれはこの地の常識ってもんを――」

「――レアルガルドです」

「あん?」


 話の腰を折られて、おれは眉の高さを変えた。


「この大陸の名です。レアルガルド大陸」

「そうかィ。おれはレアルガルドの常識ってもんは知らねえが、おれのいた日本って国じゃあ眠る際にゃ寝巻きってもんを着るもんだ」

「はあ……。わかりました。それではマスターの寝巻きとやらの記憶をまた少し覗かせてもらってもよろしいでしょうか?」


 人差し指を立てて近づいてきた女に、おれはあわてて距離を取った。


「待て待て待て待てっ」

「?」

「……や、そいつぁご免被る。そんな気軽に頭ン中探られんのぁ、あんまり気分のいいもんじゃねえ」


 女が少し困ったように、ほんのわずかに眉根を寄せた。


「ではどうしろと……」


 襦袢や夜着を口で説明するのは少々骨が折れる。同衾(どうきん)するわけでなし、女がどんな格好で眠ろうとも、おれには関係のない話だ。

 おれはあきらめのため息をついた。


「そのままでいい。悪かねえぜ。ちょいと刺激が過ぎただけだ」

「はあ。それはマスターがわたしを性的な目で見ているということでしょうか?」


 わぁ、ほんとなんだこいつ~ぅ。こたえづれえ。


「……尋ねるだけ野暮だ」

「はあ」


 どうにもピンと来ねえ面をしている。ま、いいさ。

 おれはブーツとかいう履き物を脱いで菊一文字則宗を抱いて床に座り、背中を壁につける。さすがに疲れが出たのか、力を抜いたとたんに手足が心地よく痺れた。

 うなだれ、瞳を閉ざす。睡魔は直後にやってきた。


「……あの、マスター? 何をなさっておられるのですか?」

「寝るんだよ。他にあるかィ?」


 おれが片目を開けると、女はまた困ったように眉根を寄せていた。細くしなやかな指で寝台をさし、口を開く。


「ベッドでお眠りください。それでは疲れが取れません」

「おまえが使えばいい。おれはこれで慣れてる」


 戦場ではよくこうして眠ったものだ。瞳を閉ざす。

 意識が混濁しかけたところで、またしてもおれは現実に引き戻された。


「マスター」

「……なんだよっ」


 女がまたベッドとかいう寝台を指さした。


「おまえが使えって言っただろ」

「……盟約を締結しました」


 しまった。

 言葉には細心の注意を払わなければならないというのに、おれは眠さに負けてうかつな言葉を吐いてしまった。

 女がしょんぼりした顔で、もぞもぞとベッドへと上がった。


「悪かった。盟約にするつもりはなかった」

「……反省してください。わたしの自由を奪う言葉なのですから」

「ああ。だが、破棄はしない。おまえこそ疲れを取れ」


 自己嫌悪の中で、おれは再び目を閉じる。


「マスター」

「もおおおおおおっ! 何ィィィっ!?」

「……? あの、こちらへどうぞ」


 女がベッドで横になり、おれに入れとばかりに衾を片手で持ち上げた。

 なんなんだ、この女は。頭の構造は正常なのだろうか。それともレアルガルド大陸ではこれがふつうなのだろうか。

 おれは訝しげに尋ねる。


「おまえ、もしかしておれに抱かれたいの?」


 瞬間沸騰で、女が顔を怒りで真っ赤に染めた。


「――なっ!? わ、わ、わたしを抱きたければ盟約で命じなさいませと申し上げたはずですっ!」


 もうなんなの~……。常識なさすぎでしょうよ……。


(あるじ)を冷たい床で眠らせておいて、自身はゆるりと手足を伸ばすだなどと、銀竜女の名折れなだけですっ。勘違いしないでくださいませっ」


 よくわからん。よくわからん理由だが、このままでは(らち)もない。

 おれは菊一文字則宗に体重をかけて立ち上がり、仕方なく女の待つベッドに腰を下ろした。ぎっ、と小さく軋む。


 同衾してやりゃ気が済むってなら、遠慮なくそうさせてもらうさ。

 深いため息をつきながら菊一文字則宗をベッドの手の届く位置に立てかけ、おれは衾の中へと潜り込んだ。中はすでに女の体温で温まっていた。

 女の側を見ると、ぶすくれた表情でおれを睨み付けている。


「……命じなさいませ。覚悟はできております」

「阿呆」


 おれはさっさと目を閉じて眠りに落ちることにした。

 どれくらい眠っただろうか。集落から物音が完全に途絶えた頃、微かに聞こえた甲高い悲鳴を耳にして飛び起きる。一瞬、腕の中に刀がなかったことで焦るも、すぐさま己が女のベッドで眠っていたことを思い出した。

 枕もとに手を伸ばして菊一文字則宗をつかみ、忍び足で床に立つ。


 ……だれ……っ……たすけ……っ……!


 微かに聞こえる声。壁や床を伝って響く音。遠くはない。

 背後で女がもぞもぞと身を起こす。


「……んっ……オキタ……? ……どうか……されましたか……?」

「聞こえる」


 おれは女をベッドに残し、刀一振を手に与えられた部屋を飛び出した。

 聞こえやがるのさ。


 悲鳴? 助けを求める声? 違う。全然違う。そいつぁ的外れってもんだ。

 こいつは、おれに斬られたがっている悪人の醜く浅ましい嗤い声だ。


 おれは走る。歪な笑みを口もとに貼り付けながら。



ドラ子の雑感


しくしく……。

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