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第二十話 アラドニア兵

前回までのあらすじ!


ドラ子よ、偽造通貨は犯罪だぞ!

 夕食時なのか、大通りの左右に建ち並ぶ木造の建物からは、腹の虫をやたらと興奮させる匂いが漂っている。

 幾人かは集落民ともすれ違ったが、どいつもこいつも異国情緒溢れる変わった格好をしていた。

 男は言うに及ばず、女までもが手足を出し、貫頭型の洋服を着ていて、余った布を腰のあたりで縛っている。下半身を覆っているのはひらひらとした頼りなさげな布っきれだけだ。

 どうにも目のやり場に困る。


 だが、それはどうやら彼らにとっても同じことらしい。集落民はおれと女に視線を向けると、目を丸くしてから視線を逸らし、必ずもう一度盗み見てくる。

 おれの羽織か女の着物のせいかはわからないが、まあ男の視線は十中八九、隣を歩く女に向けられたものだろう。


 集落民の瞳や髪の色はほとんどが黒ではなく、樹木のような茶褐色が多い。中には赤かったり灰のやつもいるが、女のように輝く銀髪に空色の瞳というのはいない。

 一瞬、女の正体がばれているのではないかとも疑ったが、結局のところおれたちに話しかけてくるものはいなかった。


 名もなき国、中央広場。

 十字路を丸くくりぬいたかのような広場の一角に、女の言う宿があった。

 おれたちは迷わず扉に手を置く。

 扉。変わった形状だ。二枚扉で観音開きなのだが、胸もとから腹のあたりまでしかない大きさだった。


「……意味あんのか、この扉ぁ」

「スイングドアと言います。大荷物を持つ旅人が開けやすいように、ですよ」


 ほんの少し力を込めてやると、キィと木の軋む音がしてスイングドアとやらが開いた。

 なるほど、軽い。


 中は活気に溢れていた。いいや、大通りに比べりゃ少々溢れすぎているくらいか。

 五つ並べられたすべての長脚の卓には、明らかに集落民ではないと思われる男らが陣取っていて、大声で騒ぎながら酒盛りをしていた。

 食った肉の骨をそのまま床に投げ捨て、酒を口もとから大量にこぼしながら煽り、下品な大声で笑い、おそらくは集落民と思しき女性の肩を抱いた手を胸にまで這わせ――。


 女性は身をよじって逃れようとしているが、終始笑顔だけは崩さぬようにしているのが見て取れる。

 哀れなもんだ。


「目に余るねェ」

「そうですね」


 だが、だからといってありついた食卓を手放す手はない。ましてやこの汚れた手で正義を気取るなんざ真っ平ご免だ。


 おれたちが給仕を捜していると、若い娘の給仕があわてて走り寄ってきた。年の頃は十代前半か。瞳は女の空色よりも青が濃く、髪色も少し青みがかっている。

 これまたなんとも珍妙な格好をしている。腰を絞った貫頭衣なのは大通りで見た集落民の女と変わらないが、彼女は(くるぶし)まで届く黒の貫頭衣の上に、ひらひらとした縁の付いた白い前掛けを肩からかけていた。

 足を前に出すたび、踝までを覆う貫頭衣がしなりと揺れている。


「ふむ。こいつはいい。おまえさん、今度あの服装をしてみないか」


 女はあいかわらずの真顔で、ほんのわずかだけ首を傾げた。


「給仕のエプロンドレスですか? 給仕をする際、屋内であればかまいませんよ」

「そうか。はは、そりゃ楽しみだ」


 つっても、おれたちにゃ炊事場つきの家屋なんざ過ぎた代物なんだけどよ。


「い、いらっしゃいませ……」


 駆け寄ってきた給仕の娘が、おれに顔を近づけて小声で囁いた。鼻にかかったような、幼い声だった。


「席を借りられるかい? あと、宿の手配も頼みたい」

「あ、その……すみません、宿のほうは大丈夫なのですが、お食事はただいま見ての通りの満席でして……」


 またしても小声。視線の泳ぎ方から、どうやらあの大騒ぎをしている男たちに聞かれたくないようだ。

 機嫌を損ねてはならない相手。国の権力者。もしくは門番の言っていた、アラドニアの人間か。どいつもこいつも筋骨隆々とした長身だ。おそらくは兵士か。


 だが、よく見れば食堂の隅には、やつらが脱ぎ捨てたと思しき金属製の重そうな鎧がうずたかく積まれている。剣や火筒もだ。

 おれはため息をつく。

 考えられない。てめえを守るものと敵を殺すものの両方を身から離し、無造作に打ち棄てた上に酒をあんなふうに煽るなどと。


「……ここは平和だねェ。あの頃の江戸じゃ三日と生きられねえな」

「え?」

「いや、なんでもねえよ。ああ、えっと……」

「アリッサです。父がこの宿の経営をしています」


 シンプルな名前だ。この女とはずいぶん違って実におぼえやすい。


「アリッサ。なら宿のほうだけ頼めるかい?」

「はい。承知いたしました。お食事もそちらのほうにお運びいたしますね」


 アリッサがエプロンドレスの裾を指先でつまみ、片足を曲げて頭を垂れた。

 まるで人形のような娘だ。


「助かる」


 おれたちはアリッサに教えられた通り、食堂横の木造の階段を軋ませながら上がる。


「お、おおっ? そこの綺麗な服着たねえちゃんも、こっちきて酌をしてくれよぉ! 俺たちゃアラドニアの魔術兵団だ! へへ、よくしてくれたら弾むぜ~!」


 階段の途中でアラドニア兵に見つかってしまった。赤ら顔の男が、酒瓶を片手に手招きをしている。

 女が食堂ではなく壁のほうを向いて舌打ちをした。


 おっと、こいつぁ……。

 おれはため息をついて、菊一文字則宗の鞘を左手でわずかに押し下げた。


 けれど予想を裏切って、女は満面の笑顔を作り出すと、食堂のアラドニア兵のほうを向いて両手を着物の帯にあて、すぅっと流れるような動作で頭を下げた。

 それだけだ。それだけで食堂は静まりかえる。まるで冒してはならない神聖なものを見てしまったかのように。

 まあ、銀竜だ。当たらずとも遠からずではあるのだが。


 結局のところアラドニア兵のしつこい誘いもなく、おれと女は何事もなく二階の最奥の部屋へと辿り着くことができた。

 部屋に入り、ドアとかいう部屋と廊下を隔てる扉を閉じて、おれたちはようやく一息ついた。


 アリッサが車輪のついた台を押して三人分の食事を運んできたのは、それからほんのわずかのことだった。


ドラ子の雑感


エプロンドレス、好きなの?

着る! わたしもエプロンドレス着る~!

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