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第二話 侍と魔術師

前回までのあらすじ!


おいそこの侍、非常識だぞ!

 念話、乱れる。


『うそ……、い、いま、砲弾を斬ったんですか――っ!?』


 弾んだ声で侍がこたえた。


「あたると痛えだろ?」

『そ、そういう問題では――』


 刀。細身優雅な太刀姿。(つか)に隠されし(なかご)には、十六弁の菊の紋と一の文字がある。菊一文字則宗。後世に名だたる刀と呼ばれるようになる逸品ではあるが、特筆すべきはそこではない。

 侍。平然と。常人であれば目視すら困難な速度で飛来する砲弾を斬った、この侍だ。


 侍は余韻もなく刀身を鞘へと収め、思考する。

 船速では圧倒している。だが、軍用飛空挺とやらの弾幕は、まるで針鼠だ。さすがに正面からは無理があったか。

 迫り来る砲弾を身を屈めてやり過ごし、侍が叫んだ。


「リリィ、飛空挺側面へ回り込め!」

『はい!』


 銀竜が再び翼を大きく広げた。

 白銀の翼が空をつかむ。自由落下から滑空へ、滑空から上昇へ、上昇から旋回へ。一人と一体が軍用飛空挺の側方へと凄まじい速度ですっ飛んでゆく。


「集中砲火、来るぞォ!」

『わかってます!』


 飛空挺側面の砲門が一斉に砲弾を放った。

 銀竜は飛行速度を徐々に速めるなど、狙いを絞らせぬ工夫をしてはいるが、捉えられるのは時間の問題だ。


 雷鳴のごとく轟く砲撃音。橙色の炎をまとい、横殴りの雨のように一人と一体のすぐ近くを通り過ぎてゆく砲弾。巻き起こる熱風。摩擦で焦げた空気の臭い。

 死の淵から戦場へ戻ってきたのだと、否応なく思い知らされる。だから高揚する。


「弧を描きながら周囲を旋回! 徐々に距離を詰めろ!」

『はい!』


 際どいところで躱しながら、銀竜は軍用飛空挺を中心に後方を経由して旋回する。

 痩せぎすの胸で強く響く鼓動。心の臓から発生する体熱が心地良い。


 ――こぼれる歪な笑み。

 寒さは脳裏から消え去った。体表を覆っていた氷もすでにない。むしろ留まることなく発生する体熱が煩わしいほどだ。


 上へ下へ。砲門に最大速度を捉えられた銀竜は、今度は全身を上下に振って砲弾を避けながら飛空挺側面から前方へと旋回する。前方から再び側面へ、側面から後方へ。少しずつ円を小さくして。

 一人と一体が、およそ一〇〇名もの兵を乗せた軍用飛空挺へと、徐々に、だが確実に近づいてゆく。


「よし。砲門の隙間に貼りついて併走しろ」

『はい!』


 砲撃の間を縫って、銀竜が軍用飛空挺側面へと身を寄せた。

 砲門と砲門の合間。この距離、この位置では、もはや大砲の射線は通らない。

 砲撃音の代わりに、今はゴゥン、ゴゥンと、大型魔導機関(エンジン)のうなる音が響いている。

 手を伸ばせば、すぐそこに――。


『マイ・マスター。白兵戦でも始めるおつもりですか?』

「それも悪かねえが、めんどくせえ」


 侍が再び刀の柄へと右手を置いた。

 何をするつもりなのか、と、誰もが問うだろう。

 銀竜の体長は、侍のおよそ七倍ほどか。そして軍用飛空挺の全長は、銀竜のさらに十倍だ。銀竜の攻撃であっても、その装甲を削るは容易なことではない。あるいは炎などを吐けるのであればまだしも。

 だが、そのようなことが可能であれば、すでにやっている。


 だとするならば、侍。

 あまりに矮躯。刀を抜いて何をするつもりなのか。

 だが、侍の肉体から殺気が膨れあがった直後。


『マスター、巨大な魔素反応! 緊急離脱し――きゃあ!』

「うお!?」


 銀竜が身を翻して離脱した直後、砲門の一つから凄まじい炎の塊が噴射された。それは一瞬前まで銀竜と侍のいた場所を呑み込んで、軍用飛空挺の後部甲板にまで届くほどに尾を引く。まるで炎の装甲だ。


「ちィ!」


 間一髪、銀竜と侍は巨大な炎から逃れる。だが、苦労して貼りついたというのに、これでは元の木阿弥だ。

 侍が羽織の袖口で躍る炎を手で叩き、歪な笑みで唇を舐めた。


「なかなか小洒落た歓迎だ。おかげで寒さは完全にぶっ飛んだぜ」

『申し訳ありません。砲手の中に爵位持ちクラスの魔術師がいたようです。気づくのに遅れました』

「いんや、いい判断だ。助かった。だが、これ以上進まれンのは、ちィっとばかしまずいねェ」


 再び砲火にさらされながら眼下に視線を向ける。

 軍用飛空挺の進行方向には、石を重ねて作られた小さな城壁が見えている。

 草原と森に覆われたこの地に集った開拓民が、自らの家族や故郷の仲間を呼び寄せて建国した、人口わずか一〇〇〇にも満たない新興の小国だ。国名すらまだない。


 己の主張する領土に勝手に国を作ったという名目で、今まさに軍事国家アラドニアに灼かれようとしているのだ。開拓民である男らはもちろんのこと、女や子供、老人に至るまで。そのような大国の主張など、寝耳に水だった民たちが。

 それもそのはず。アラドニアはそのような声明など出したことはなかったのだから。


『過剰な戦力です。爵位持ちならばわざわざ飛空挺など出さずとも、一人で小国くらいは落とせるでしょうに』

「力ぁ見せつけんのも目的なんだろ」


 銀竜は揺れながら砲撃を躱し、侍は考える。

 おそらく己が生きている限り、アラドニアの軍用飛空挺は名もなき新興国家に対して砲撃を加えることはしないだろう。けれど同時に、それは己らにとっても飛空挺を墜とせない事態に相違ない。

 まかり間違って城壁内に墜としてしまえば、それこそ名もなき国は火の海だ。とにかくあの地に至るまでに、このでかぶつをどうにかしなければならない。

 侍が頭を掻いて呟く。


「しっかし、こいつぁどうにもまいったね」


 もっとも、名もなき国が滅ぼうが永らえようが、己の目的に大した影響はない。ただの、といってしまえば語弊も生じるが、気分の問題なのだ。

 要はやつらを墜とせればそれでいい。悪さえ斬れればそれでいいのだ。今さら善人の血で手を汚したところで、すでに悔やむ段階ですらない。

 こびりついた血の臭いなど、とっくの昔に消えなくなっている。


ドラ子の雑感


何をするつもりだったのかしら……?

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