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第十四話 ささやかなる反抗

前回までのあらすじ!


侍が乙女心を察してくれないから、ドラ子は激オコぷんぷん丸だ!

 雰囲気があまりよくない。

 おれは正座でおれを睨む女に視線をやって、何度目かのため息をついた。


「おまえさん」

「……はい、なんでしょうかっ」


 あからさまに不満そうな声色には、気づかぬふりで通す。


「この黑竜病を治す方法は何かないかい?」

「そのご質問は盟約でしょうか」


 おっと、こいつは意外な反応だ。何かあるらしい。


「ああ。そうだよ」


 むぅ、とうなり声を上げて、女が艶やかな唇に指先をあてた。

 命じろと言ったり不満顔をしたり、わがままなやつだ。


「方法はありません。ですが可能性はあります」

「教えろ」


 今度はわかるように命令口調で伝えた。


「黑竜の血液です」

「その黑竜の瘴気が病因なんだろ? そんなもん摂取したら悪化するんじゃねえ?」

「数滴でかまいません。わたしにお預けいただければ血液から黑竜の魔素のみを抽出し、新種のエリクシルへと変換可能かどうか調べることができます」


 ざんばら髪を掻いて、横目で女を盗み見る。

 なるほど。銀竜の血液より上等な魔素を含む血液か。ともすればおれを利用して両親の復讐を遂げようとしているのかもしれないが。


 思い直す。

 いや、その可能性はない。質問は盟約だった。彼女の言葉に嘘はない。あるいは両方が真実である可能性か。

 いずれにせよ、おれにとって損な話じゃないことだけは確かだ。


「……どうせ斬るつもりだったやつだ。やってみるさ。おまえさん、それまでおれの生命を助けてくれるかい?」

「及ばずながら。――()の竜に関しましては、私事でもありますので」


 私怨があることもあっさりと認めた。好印象だ。信用に足ると見るべきか。

 女が背筋を伸ばしたまま、侍のようにすぅっと腰を曲げて頭を垂れた。


「よろしくお願いいたします、マスター」

「うん、こっちからも頼む。ああ、あとさ――」

「はい」


 おれは苦笑いで尋ねる。


「今さらなんだが、魔素ってのはなんだい?」


 女が眉間に皺を刻んだ。


「……や、もう無知なのは認めるからその生塵(なまごみ)を見るみてえな視線はやめてくんない?」

「それは盟約ですか?」

「違うけど」

「ではやめません」


 わあ~、なんだこいつ~ぅ……。


「万能のエネルギー源です」

「えねるぎぃってのは……」


 間髪を容れず、女が舌打ちをした。

 ほんとになんなの……。


「動的作用の原因となる物質だと思ってください。たとえば火は酸素と熱と燃える物質からできていますが――」


 女が人差し指を立てると、その先に小さな炎がポッと灯った。


「おお」

「――魔素は一種でそれらの代用品とすることが可能です」


 ぽん、と火花が弾けて白煙を残し消滅する。ちょっとした花火だ。


「そりゃいい。おれにもできるのかィ?」


 例の生塵(なまごみ)を見る視線で、女が吐き捨てる。


「魔素が見えていない時点で無理です。マスターには才能の欠片もありません」


 その言い方よ……。辛辣すぎねえ?


「ちなみに、この大陸での人間の価値観は、ほとんどが魔力です。魔力というのは魔素を動的作用に変換できる能力値だと思ってください。人間は魔力の高いものほど……えと、つまり地位と力を持つ支配階層には魔力の高い魔術師が多く、それ以外のものを支配しています。ですので、マスターのような方は人間社会では底辺です」

「そっかー……。おれぁ底辺かー……。哀しいねえ……」


 遠い目をして肩を落とすと、女があわてて付け加えた。


「あ、あ、……で、ですがご安心を。荒事に関してのみマスターの力を総合的に判断すれば、わたしの見立てでは並の魔術師よりもよほど優れています」

「そうかい?」

「ただしそれは魔力ではなく、もはや人外とも言えそうな気持ち悪いほどの瞬発力や、常軌を逸した剣技などです」


 だからその言い方よ……。


「おまえさんも魔術師のようなものなのかい?」


 女が首を左右に振った。


「わたしは竜です。人間の定める地位や力なんて知ったことではありません。ですが、わたしたち古竜種は魔素を喰らって生きるため、ある程度ならば魔法も使えます。もっとも、人間の魔術師のような戦術に特化したものではありませんが。たとえばこの着物」


 女が赤い懸衣の合わせ目を指先で少し開いて視線を落とした。

 どうやら着物は見よう見まねだったらしい。肌襦袢(はだじゅばん)を着用していないため、白く大きな胸の上側が露わとなった。

 自然、おれの視線は双丘に吸い寄せられる。


「もともと人間種や他の魔物に比べて肉体能力の高い古竜種は、魔術を攻撃手段にする必要性がないため、この着物のように主に生活に根付いた使い方しか――」

「……」


 視線を上げると空色の瞳が訝しげに歪められていた。生塵(なまごみ)を見る目、否、それ以下の何かを睥睨するかのように。


「……命じれば? わたし、逆らえないから」


 ついにため口を利きやがった。


「や、そこまで卑怯にゃなれねえよ」

「……」

「やめて、その目。すごく胸が痛え。喀血しそう」

「やめろとお命じくださればやめますが?」


 えらく怒ってやがる。

 おれは頬を指先で揉んで表情を引き締めた。そうして意図し、低く渋い声で促す。


「続けてくれ」

「……はいはい」


 返事は一度で、と言おうか迷ったが、盟約っぽくなるからやめておくことにした。


「ただし、魔力の素養が低くても魔素を扱うことは可能です。それが人間種の生み出した魔導技術(テクノロジー)の結晶、魔導機関(エンジン)と呼ばれるものです」

「魔導てくの……えんじん……」


 間髪を容れず、女が呟く。


「今説明しますので、いちいち茶々を入れないでください」

「お、おう」

「魔素を魔導機関(エンジン)に通すことで、マスターのような素養の欠片もない凡骨にも、ある程度のエネルギー変換を行うことが可能になるのです」


 こんにゃろ~ぅ……。会話が進むほどに、おれに対する尊敬の念が薄れてやがる……。


「これらは人間種の生活基盤に欠かせない技術となっています。食事のための火熾しや魔導放送などの構造インフラストラクチャー、貴族や王族の所有する魔導機関自走車(エンジンカー)の駆動力や飛空挺の動力などなど。もっとも、魔術師が体内で行う魔素変換とは異なり、かなりの無駄(ロス)が発生しますので、動的作用の力は弱いです」


 頭痛くなってきた。


「わけわかんねえな、もう。そこらへんのこたぁいいや。魔素ってのはどこから湧いてるんだい? 鉱山?」

「掘削するまでもなく、大地より無限に放出されています。人間や竜を含む多くの生物からも。ですが黑竜が上空を通過した大地は魔素も枯れ果てます。このルナイス山脈のように、以降数百年は草木の一本も生えない土地となるでしょう」


 どうやらおれの黑竜への認識はまだ甘かったようだ。

 黑竜“世界喰い”。生物を喰らい、瘴気を撒き散らし、魔素を根こそぎ奪い、土地を死に至らしめる。まさに怪物だ。

 早めに斬らねばなるまい。世界のためにも。おれ自身のためにも。


 この女のためにも。


ドラ子の雑感


わあっ、なんか楽しいっ!

楽しいけど不機嫌なふりし~てよーっと!

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