第十三話 死か婚姻か
前回までのあらすじ!
ドラ子が会話で侍を転がして遊び始めたぞ!
もはや侍は猫に与えられた毛糸玉だ!
おれは大あくびをしながら銀竜の娘に尋ねる。
「……なあ、おまえさん。おれの余命はあとどのくらいある? おまえさんにゃあ、もうわかってんだろ?」
女が額に縦皺を刻み、訝しげな視線をおれへと向けてきた。
「え? 死にませんよ?」
もう! どっちなのぉぉーーーっ!? おれどうなるのぉぉーーーーーっ!!
取り乱した。もちろん心の中でだ。
「説明しろ」
「ぅ……、盟約ですか?」
「そうだよ? 何を躊躇うことがある? おれをからかってんのかィ?」
女が両手を広げて、やれやれといったふうにため息をついた。
う~ん。腹立つ。こちとら生死がかかってるってのに、会話を楽しみ過ぎなんだよ、こいつ。
「銀竜の血液はすべての病に効果がある万能薬です。文字通り万能なのです。ただし、黑竜病だけは進行を止める程度の効果しかありません」
「……それで十分なんじゃねえか?」
「いえ、効果時間が丸一昼夜しかないのです。以降、エリクシルはマスターの体内にて瘴気に駆逐され始めます」
「毎日飲めば?」
「生きられます。寿命まで」
女が居住まいを正し、おれを正眼に見据えた。
思わずおれは壁から背中を離し、背筋を伸ばす。
「またしてもわたしは、マスターが無知であることを忘れておりました」
「……や、だからその言い方よ……」
もういいか……。
「ゆえに、当然のごとく、それを命じられるものと思っておりました。だというのにあなたは命じるどころか、わたしに自由を与えようとした。実に愚かな選択です」
「や、盟約だかなんだかわかんねえけど、他人の人生や生命まで背負うのってめんどくせえなーって思ったからで――」
おれの言葉を遮るように、女がバッと片手を上げて制する。赤い懸衣の振り袖がだらりと垂れ下がり、地面を擦っても不思議と着物には汚れはつかなかった。
魔素とやらで編まれたものだからだろうか。ずいぶんと都合のいい材料だ。
「みなまで仰られずともわかっております」
「ああ、そう……」
きりっとした表情で、けれども頬をわずかに赤らめ、女は言葉を紡ぐ。
「わたくしのことを第一に考えてくださったあなたの優しさに、わたくしもまたできる限りこたえたいと望みます」
もじもじと正座の太ももを擦り合わせ。
「……足痺れたんなら崩せば?」
「ち、違います! 話を逸らさないでくださいませ! まじめに言っているのに!」
叱られた。
「その~、つまり、おれに毎日おまえさんの血液を分けてくれるってことかィ?」
「そう命じられれば」
「別に盟約じゃなくてもいいんじゃねえの? おまえさんがくれるってなら、おれは喜んでもらうよ」
ものすごい勢いで女の首が左右に振られた。長い銀髪が激しく躍り、女は赤く染まっちまった顔を隠すかのように左側の横髪をつかんで顔の前へと持ってきた。
そうして、右目だけでおれを睨みつける。
「ひ、卑怯です、マスター! 女のわたしに言わせる気なのですか!? そのようなことは殿方から先に言うものだと、わたしは両親に教わりました!」
「や、だからな?」
「命じてくださいませっ!」
語調が強い。
そりゃ、おれだって命じたいよ。命じさえすりゃあ、盟約とやらが働いて、こいつの気が変わったって血液だけは生きてる限り供給され続けるんだから。
けどおまえ、そんなことをすりゃあよ、この女の人生はどうなるよ? ずっとわけのわかんねえ侍に付き従って旅を続けることになる。
悪を――ヒトを斬って歩く旅だ。
人殺しの人生に巻き込むのは、さすがに気も滅入る。
「わかりました。わたし、命じられない限りはあなたにエリクシルを供給しません」
「え~……な~んでよぉ……? 行動縛らなくたって、供給はできるじゃねえの……」
ほんとにわけがわかんねえ。自分から自由をあえて捨てる意味はあるのかよ。
「もしわたしが裏切りたくなったらどうなさるおつもりですか!」
おれは肩をすくめて見せる。
「そりゃあ、そこまでだってことだろ。どこぞで野垂れ死ぬさ。もともとその予定だ」
「う~……!」
女の唇がひん曲がった。への字になり、みるみるうちに空色の瞳に雫が浮かぶ。
「え、え~?」
泣いたよ。なんでだよ。めんどくせえな。
「うぅ、……血を、血を捧げたのにぃ~……もうお嫁にいけない……ああぁぁ……」
「あ~あ~。あのよ、盟約ってのは必要なくなったら破棄はできるのかい?」
女がキッと強い視線を上げて、おれを睨みつけてきた。
あまりの剣幕に、おれは思わず仰け反る。
「……ぅぅ……可能……ですっ……」
嗚咽混じりの声に、おれはやむを得ず口に出すことにした。
「わーかったよぉ。じゃあおまえさん。あ~……えっと。――おれが生きてる限り、ずっとおまえさんの血液を毎日飲ませろ。こいつは盟約だ」
必要なくなりゃ破棄する。それでいい。
女がきょとんとした後、着物の長い袖で目もとを拭って憮然とした表情のまま呟く。
「盟約を……締結しました……っ」
「なんだい、その言い方ァ。なんかまだ不満でもあるってのかい?」
「べ・つ・に! ああ、盟約は破棄可能ですが、わたしの血液を一度でも口にされた方がマスターであることは、あなたが生きている限り破棄できません! 古竜とはそういう生物ですので、努々お忘れなきよう! ――あしからずッ!」
ぷりぷり怒りながら、女がぷいっとそっぽを向いた。
おれは指先で頬を掻いて、左右の眉の高さを変えた。
ん? ん~……、よくはわからんが、まあいっか……。
ドラ子の雑感
……どうして乙女心をわかってくれないの~……。




