第百二十話 竜撃
前回までのあらすじ!
伯爵! ばか! このばか! 変態!
なんなんだ、こいつは!
おれは菊一文字則宗を逆袈裟に斬り上げながら叫ぶ。
「さっきの啖呵ァ、なんだったんだ! この糞伯爵!」
レスギルゼナ公爵が菊一文字則宗の刃を左の手甲で防ぎ、同時に右の手甲を己の背後へと薙ぎ払い、ゲイルの攻撃を防いだ。
「うぬぅあ!」
「ぐ……!」
正面と背後から挟んだおれとゲイルが、怪力に一気に跳ね返される。
莫迦力め!
「そうつれないことを言うものではないぞ、サムライ。私たちは酒を酌み交わす友だちじゃあないか」
「知るか阿呆! ……高え酒だ、まったく!」
地響きを巻き起こすレスギルゼナの突進を左半身を下げることで躱し、回転力を利用してその膝裏へと菊一文字則宗の刃を叩きつける。
「イアッ!」
が、レスギルゼナはその巨体に似合わぬ身軽さで跳躍し、おれの刃を躱した。
こいつ、死角はねえのかよッ!
空ぶったおれの脳天へと、レスギルゼナの拳が空中から振り下ろされる。
「……ッ」
おれが無様に前転でそいつを躱した直後、轟音とともに拳の突き刺さった大地が四方八方に亀裂を入れ、爆ぜた。
おお、怖え怖え……。掠っただけでくたばっちまいそうだ……。
が。
濛々と舞い上がる土煙に飛び込んだゲイルが、右手のロングソードを首へと、左手のロングソードを腹へと振るう。
派手な金属音が砲撃の夜に鳴り響いた。
「ぬぐぅッ!? ……裏切り者がッ、小賢しいわァァッ!!」
土煙から弾き飛ばされたゲイルが着地をして数歩よろけ、ロングソードに付着した血液を派手に振って払った。
レスギルゼナは膝をつき、肩で荒い息をしている。
その頭部を目掛けて血塗られ欠けたロングソードを投げつける。むろん、膝をついているとはいえ、投げたロングソードになどあたる程度の敵じゃあない。
レスギルゼナは指二本でロングソードの刃をつかんでへし折ると、獣のような呼吸を響かせながら立ち上がった。
だが、その足もとには大量の血液が滴っている。
「私とキミとであれば確実に勝てるのだから、文句はあるまいよ」
「けっ、おれなら一人でも殺れるがねェ?」
「はっはっは。皮肉がうまいではないか。私がいなければ最初に雷撃を二度も喰らっていたくせに」
「……避けたさ。たぶんな」
レスギルゼナ、劣勢。
だが、やつを助けようとする魔術兵はいない。おれが散々っぱら植え付けた恐怖は、今も魔術兵どもの心と体を蝕んでいる。レスギルゼナの劣勢が、さらにそれに輪を掛けているってわけだ。
それでもレスギルゼナは臆することなく、おれたちへと襲いかかる。
拳を振るい、蹴りを繰り出し、己が身を刃に捧げながらもだ。おれたちはそいつを躱して防ぎ、必殺剣を繰り出す。
一本突きに三段突き、剣の雨に二カ所斬り。
だが、凄まじい体捌きで致命傷だけを避けながらも、レスギルゼナは――嗤っていた。
妙だ。何かがおかしい。
そのときだ。砲撃音が止んだのは。
おれたちは暗い空を見上げる。
ゴゥン、ゴゥンと、大魔導機関の轟きが月や星々を多い、真っ暗な空にあった。
そのときだ。リリィからの念話が届いたのは。
『オキタ!』
「ああ、見えてる! 糞が!」
軍用飛空挺だ。それも、三隻。
レスギルゼナが勝ち誇ったように呟いた。
「時間切れだ、ゲイル伯爵。いいや、裏切り者のゲイル・バラカス。空の竜は軍用飛空挺が追い払う」
同時にラドニス城内に鳴り響く、大量の足音。城のあちこちから魔術兵どもが中段中庭を目指して走り出したのがわかった。
「わかるか、ゲイル? 城内は砲手を必要としなくなった。つまりは――」
「ここにいるおよそ一〇〇名を除く、残る九〇〇名の魔術兵と、十九名の爵位持ちがこの場を目指してきている。といったところですかな、レスギルゼナ公爵閣下?」
「その通りだ。貴様らの負けだな。だが、投降などゆるさん。貴様はここで死ぬがいい」
ゲイルに反論はない。顔色を失い、歯がみしている。
こりゃあ……詰んだかぁ……?
つぅと、背中を冷たい汗が伝った。ゆっくり呼吸を整えてゆく。
「ゲイル」
「すまなかったね、サムライ。やはりキミだけでも先に行かせるべきだった」
「つまり策はもうねえってことかィ?」
「……」
いや、まだだ。
限界まで引きつけて全方位に斬撃疾ばしを放てば、少なくともゲイルはまだ動くことができる。ライラとルシアだって無事なはず。
おれぁ、ここまでだな……。
痛えのは勘弁だが、死ぬのは怖くねえ。むしろ不思議と穏やかな気分だ。
しゃあねえさ。散っ々、斬って斬って斬って、殺して殺して殺してきた人生だ。てめえだけ綺麗に終えてえなんざあ、巫山戯た世迷い言もいいところってな。
なのに、ちくりと胸が痛んだ。たった一つだけ、心残りができたからだ。
……約束、守れねえや。すまねえなァ、リリィ……。
あいつと生きる人生は、終ぞ叶わぬ夢と化したが、どんなもんになっていたのだろうか。そいつを少し見てみたかった。
おれは小さく息を吐いて、静かに呟く。
「……リリィ、撤退しろ……」
『……! ……そ……れは……しかし……』
「……四の五の言うんじゃねえよぅ。かっか、こいつぁ盟約だぜェ? こっちはこっちでなんとかするさ。心配すんな。ゲイルにゃ案がまだ残ってるらしい……」
『……う……承りました……』
リリィが返事をしたと同時に、軍用飛空挺からの砲撃が始まった。
おそらく、首都ラドニスに住まう一千万の民に被害を出さぬためだろう。リリィは上空へと逃れたらしい。橙色の砲弾は闇色の空へと向けて隙間なく放たれている。
『くぁ……!』
苦悶の声が聞こえた直後、空から銀の鱗の欠片が雹のように降り注いだ。
「リリィ!」
『だ……いじょうぶです! 掠っただけ! 念話を断ちます!』
居館の扉から、主塔の扉から、そしておれたちが走ってきた別棟の扉から、次々と魔術兵どもが姿を現した。
その瞬間、砲撃音が止んだ。血や鱗が降ってこないところを見ると、どうやらリリィはうまく逃げ切れたようだ。
胸を撫で下ろす――。
足音が地響きとなって、おれたちを取り囲んでゆく。
いよいよだ。
このだだっ広い中段中庭にできる限りの数の敵を引きつけて、盛大に真っ赤な花火をぶっ放してやらァな。
おれは渇いた唇を舐めとって両手で持った菊一文字則宗を限界まで引き絞り、身を屈める。
「……ゲイル、斬撃疾ばしを使う。合図をしたら跳躍しろ。八割方ァ始末してやる……ッ」
「……」
中段中庭が傾きそうなほどの数の魔術兵が、おれたちに銃口を向けた。飛び降りて逃げようにも、ご丁寧に下の中庭にまで配置されているときたもんだ。
ゲイルが両手を広げてにたりと笑った。
「いやいや。サムライ、合図は私がしよう。ほれ、ここでしゃがみたまえ」
「あ?」
その瞬間だ。身を低くしたおれの両肩にゲイルの両手がのせられ、おれは強引に地面へと押さえつけられた。
砂を喰らって、おれは視線を上げる。
「てめッ、何しやが――ッ」
直後、闇の中でも判別できるほどの巨大な影が落ちる。おれたちにではなく、おれたちを取り囲んでいた魔術兵たちの頭上へと。
「~~ッ!?」
耳をつんざく轟音、天地が不明と化すほどの震動――ッ!!
破砕された地が弾丸となって魔術兵を撃ち抜き、ラドニス城を覆うほどの土煙が舞い上がる。
まるで世界が壊れちまったと錯覚するほどのあまりの衝撃に、おれの身体はすべての感覚を一時的に麻痺させ、おれは無力に大地へと投げ出されていた。
そいつはレスギルゼナ公爵を含む魔術兵数十名を下敷きにして潰しただけでは飽きたらず、中段中庭の大地を踏み抜いてラドニス中央区全土を激しく震わせ、別棟や主塔どころかラドニス城全体を半壊させながら一階にあった謁見の間に大穴をぶち空けて止まった。
そうしてそいつは――。
そいつは、見慣れた銀色の長い首を持ち上げる。
『い……たたた……! ……ぅぅ~、お尻が……あ、一度撤退してから参じましたので、盟約違反にはなりませんよね、これ……?』
中段中庭は、おれとゲイルが立っていた場所以外は崩落、押し寄せていた魔術兵どもの大半は瓦礫に埋もれていた。どいつが爵位持ちだったのかすら、もうわかりゃしねえ。無事に動いているやつぁ、ごくわずかばかりだ。
おれは説明を求めるため、ゲイルを見上げる。
ゲイルは片目を閉じて薄汚え笑みを浮かべ、親指を立てておれに見せた。
「私は策が尽きたなどと一言も言っていないよ、サムライ。内密にドラゴン嬢はお借りしたがね」
ドラ子の雑感
どぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~んっ!!




