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第十二話 罹患

前回までのあらすじ!


格好付けて逃げようとした侍を、ドラ子が脅迫して引き留めたぞ!

 つまりはこういうことらしい。


 その前に話は少々すっ飛ぶ。

 この銀竜の女はおれの手足を治そうとして、己の血液をおれの口を通して流し込んだ。銀竜の血液とは実に便利なもので、必要があればおれの体内に記録された情報とやらを、血液を通して読み取ることが可能らしい。


 それについての是非を問うつもりはない。

 こいつは先ほど、おれの記憶を探って着物を再現させたのだから。ちなみにこの着物の柄は、おれが懇意にしていた医者の娘が着ていたものだ。あのときは冷静さを保てたが、正直内心では相当に動揺していた。

 江戸からここに至るまでに起こり得た不思議を問うても、もはやきりがない。


 本題に戻る。

 おれの肺病は、江戸の名医と呼ばれる医者にも有名な蘭方医にさえも治せなかったものだ。で、手足の凍傷を治すための薬物として体内に摂取した銀竜の血液(エリクシル)は、女に肺病の情報までをも与えた。


 結果的に、おれの肺病はこの異国で黑竜病と呼ばれているものだったことが判明した。

 黑竜すなわち“世界喰い”は桁外れの大食らいである他、その地の上空を通過するだけで生者のことごとくを死に至らしめる瘴気をまくという。つまり、やつの大食らいを隠れてやり過ごせても、結局のところ喀血が止まらずに翌月を待たず死に至るということだ。


「おれぁ患ってから何年か経過してるがねェ」

「マスターの奇跡的ともいえる余命は、人間種としては無駄に鍛え抜かれた肉体と、極めて異常ともいえる精神力のなせる業なのではないでしょうか」


 その言い方よ……。

 話が長引きそうで、おれはもう一度洞穴に腰を下ろした。女がそれに合わせるかのように、おれの向かいで正座を組む。


「……おい、おまえさん。遠回しに嫌味言ってねえか?」


 女が銀の横髪を背中に流しながら、しれっとこたえた。


「ふふ、他意はありません」

「半笑いになってんじゃねえよ……」


 大きなため息が出てしまった。

 だが、ようやくこのルナイス山脈から生物らしい生物がいなくなった理由がわかった。まさに“世界喰い”だ。

 おれは顎に手をあてて首を傾げる。


「ちょっと待て。おれのいた江戸には、黑竜なんざ影も形もねえ。黑竜どころか、他の竜さえ見たことがなかったぜ。おれぁ、どうやって黑竜の瘴気に罹患したんだ?」

「申し訳ありません。そのへんの事情はわかりません。お望みとあらば、マスターの幼少期よりの記憶を洗いざらい調べますが、いかがなさいますか?」


 おれは顔をしかめて唇を曲げる。


「冗談じゃねえや。女に知られたかねえことなんざ、いくつもある。てめえの頭ン中を勝手に覗かれんなァ、二度とごめんだね」

「触れるだけで強制的に覗くこともできるのですよ?」


 くいっと顎を上げて、得意げな顔で女が言ってのけた。そうしておれに向かい、脅すようにゆっくりと手を伸ばしてくる。

 小癪(こしゃく)な小娘だ。


「あちこち触られんのは(やぶさ)かじゃねえが、記憶は勝手に覗くな。ゆるしたときだけ、ゆるしたことのみだ。――今のは盟約だぜ、お嬢ちゃん?」

「うぐ……、はい……」


 顔を引きつらせ、女があわてて手を下げた。

 あからさまに落ち込んだ顔をしていやがるが、これは自業自得だろ。

 おれはため息をついて話題を戻すことにした。


「おれの知らん間に“世界喰い”が江戸の上空を通過していたとしたら、この肺病は江戸中でもっと流行ってたはずだ」

「そうですね。それこそこのルナイス山脈のようになっていたでしょう」


 二人そろって腕を組み、瞳を閉じて考える。

 こたえは出なかった。下手の考え休むに似たりだ。


「けどよ、銀竜の血液ってのは万能薬なんだろ。黑竜病も治ったんじゃねえの?」


 女がふるふると首を振った。


「病や怪我は肉体を構成する魔素の乱れです。銀竜はこの世界で二番目に強い魔素を持つ生物ですので、その魔素の混じった血液を肉体に取り込めば、それだけで人間種や獣の魔素の乱れは正常化されます」

「二番目……ね。一番は銀竜をも喰らう存在、つまり黑竜で、黑竜の魔素は銀竜の魔素より強いから治せねえ」


 こくこくとうなずきながら、女が幼子にそうして見せるようにぱちぱち拍手をした。


「はい、よくできました」

「ちょいちょい莫迦にすんの、やめてくんね? こんな人間でも傷つくんだからな?」

「うふふ、善処します」


 唇を掌で覆ってくすくすと笑う。

 そのツラが、少ぉ~しばかり魅力的に見えちまったのが悔しかった。


 ああ、と、気づく。

 ずっと一体で生命なき山脈に封じられていたのだ。だからこそ今が楽しいのだと。そして、そう思ってもらえるのは、おれにとっても悪い気分ではない。

 刀ぁ振り回すこと以外でも喜んでもらえるんだなと、思えるから。


「やれやれ、体調は悪くねえんだけどな。やっぱだめか」


 それでもやはり、この洞穴がおれの人生の終着点のようだ。

 おれは冷たい岩肌を背にして、丸天井を見上げた。染み出す水が水滴となり、一呼吸ごとに小気味よい音を立てている。

 よくよく見れば水滴の落ちる箇所は岩で囲まれており、澄んだ水たまりとなっていた。水飲み場なのか、水浴びのためなのかはわからないが、意外と生活感があるなどと考えてしまう。

 それは何気なく吐き出された一言だった。


「いいところだな、ここ。居心地がいい」

「っ、あ、あたりまえですっ、わたしが育った洞穴ですから……っ」


 女が嬉しそうに声を弾ませた。

 だからおれは、横目で女の様子を盗み見る。何やら拳を握りしめ、でけえ胸してるくせに上体を揺らして全身で楽しさを表現していた。ちなみに顔は無表情だ。いや、微かにだが口角が上がっているか。


「く、くく」

「?」


 笑えた。死の間際に。どっちが幼子だよ、なあ。

 いや、いやいや。悪かねえ墓穴だ。いい女に看取られてくたばれるなんざ、人斬りにゃ過ぎた最期だってな。


ドラ子の雑感


……このどろぼーとお話するの……楽しいかも……?

お話するのっ、楽しいかもっ!!

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