第百十六話 突入
前回までのあらすじ!
ドラ子の作戦初成功!(性的な意味で)
人斬り侍もいよいよ腹を括ったぞ!
包み込むように夜の闇が街に落ちている。そこにいくつも浮かぶ白い魔術光は、この街にたしかに存在する魂の数だ。
そんな景色が流れている。ゆっくりと。
がたごとと一定周期での震動が心地いい。
魔導機関列車は、ゆったりと空を走る。
「乙なもんだねェ」
「どこが!」
向かいに座るライラが不機嫌そうに吐き捨てた。だが、次の言葉はない。ぶすくれた顔で窓際の段に肘を立て、外を眺めているだけだ。
長え耳はふうどの内側で隠されている。
途切れた言葉の先は「この技術の裏には、囚われの同胞の魔素が使われている」だ。もっとも、ゲイルの言う通りにダークエルフ族はアラドニアに厚遇され、魔素を提供する代わりに悠々自適に暮らしているのかもしれねえ。
この首都ラドニスのどこかで。
仮にそうだとしても、おれはアラドニア王ラヴロフ・サイルスを斬るだろう。アラドニアに於いての正義は、しかしレアルガルド大陸全土に於いては害悪でしかないと知っているからだ。
この一千万都市に住まう、一千万の民に憎まれようとも。
だがもし、この数十年後にアラドニアがレアルガルドを統一し、この地に住まうもの全員がアラドニアの民になるのだとしたらどうか。それはもう悪ではないはずだ。悪は統一の過程に発生する価値観であり、統一後には善へと転じる。
ならばおれのやろうとしていることはなんだ?
徒に戦国の世を引き延ばしているだけじゃあねえのか。それこそ民衆を苦しめる最大悪なんじゃあねえのか。
「オキタ」
「ん、ああ。すまねえ」
リリィに名を呼ばれ、おれは思考を払うために頭を振る。
どうかしている。賽を投げてから考えるなんざ、命を縮める愚行だ。
「とにかく会いましょう。たしかめるんです。あなた自身の目で」
囚われているはずのダークエルフ族や、ラヴロフ・サイルスのことだろう。
リリィがおれの肩に頭を預け、耳に唇を近づけて囁く。
「約束、忘れないでください。死ぬことはゆるしませんから。迷いながら刀を抜くくらいであれば、今はまだ時期尚早。引き下がるべきです」
「そうだな。そうだ。最初っから何度もそう言われてんのに、おれぁ駄目だなぁ。どうしても考えちまう」
通路を挟んだ席に座るゲイルとルシアは、すでに腹を括った面をしている。
うだうだ考えんのぁ止めだ。せっかく精神を統一したはずなのに、もうぐだぐだじゃねえか。
ふとリリィに視線を向けて気づく。
接吻した時点で、おれの精神ももうぐだぐだだったことに。
「くく」
「?」
「なんでもねえよぅ」
魔導機関列車を降り、すてぃしょんから出ると、ラドニス中央区は闇に包まれていた。
「暗えなァ。魔術光も見えやしねえや」
振り返れば、遠くで光っちゃあはいるが。
「……声を落としたまえ、サムライ。ラヴロフ王は非常に用心深い。ラドニス城のある中央区画には警備の魔術兵以外は誰も近寄らせない。逆に言えば、どこに魔術兵が潜んでいるかわからん」
ゲイルが呟き、月や星の光すら届かぬ物陰へとおれたちを手招いた。
「さて諸君、それでは国盗り――いや、国崩しを始めよう」
全員がうなずく。
「まずはドラゴン嬢」
「はい」
「キミは予てより行動だ。竜化を終え次第ラドニス城中央部の屋根や塔に取り付き、派手に暴れたまえ。可能であれば崩してしまってもかまわん。だが私の予想通りの対応がなされれば、地上よりの対空砲火が魔術兵によって行われる」
「魔導銃ですか? あれでしたら少々喰らったところで――」
ゲイルが首を左右に振った。
「魔導砲だ。軍用飛空挺の主砲が、ラドニス城にも百八十門備えられている」
「ひゃ、百八じゅ――」
リリィの顔つきが変化した。
拙いな。リリィは女性体で限界まで血液を抜いている。銀竜体でも一撃喰らえば、もはや女性体に戻って支援にくることはできねえだろう。
だが、こいつはそれでも来ちまう。だから拙いんだ。
リリィは何事かを考えている。盟約で縛っておくべきだろうか。来るな、と。
「……リリィ」
「やめて。被弾はしません。おそらく飛空挺とは違い、固定砲台の砲塔可動域は少ないはずです。それに、わたしを誰だと思っているのですか。オキタさえのせていなければ、あなたが知らない速さで飛べますし、旋回力、回避力も存分に発揮できます」
空色の瞳が闇で輝く。
「おれが足手まといだったみてえじゃねえかよぅ」
「攻撃力だけは、オキタがいなければ話になりませんのでご安心を」
にっこり笑って。
おれはざんばら髪を掻いて、先の言葉を呑んだ。
「続けてもいいかね?」
「頼む」
「ドラゴン嬢が城に取り付けば、当然ラドニス城には魔術光が灯る。その光がラドニス中央区全域に広がるまでに要する時間はほんのわずかだ。我々はそのわずかな間に城へと潜入し、エントランスで二手に別れる」
えんとらんす……。
「玄関口のことです」
「お、おお。そんくれえ知ってらァ」
ライラが例の生塵を見る目でおれを見つめている。その点、リリィはすっかり慣れたかあきらめたかで、母ちゃんのような優しい目だ。
だが何やらそれが余計に堪える。泣きそうだよ、母ちゃん。
ゲイルが咳払いをして続けた。
「もしも中央区に魔術光が灯るまでに潜入が間に合わなかった場合は、各自全力で逃げたまえ。出直しだ」
ライラがゲイルに食ってかかる。
「なんで! 戻ってる暇なんてない! ダークエルフ族は今も苦しめられてるんだ!」
「ラドニス城敷地内にいる魔術兵の数は駐屯団も合わせておよそ一千名。うち二十名ほどが爵位持ちの魔術師、指揮官クラスだ。私たちは彼らに気づかれぬよう、内々に潜入せねばならん。でなければ全員を同時に相手することになるぞ」
「う……」
無理だな。爵位持ちとは数えるほどしか遭遇しちゃいねえが、どいつもこいつも傑物だ。一対一であればどうにかできる自信はある。だが二十名はおろか、二名だって同時に相手にゃしたくねえ。
「ゆえに闇に紛れて潜入するのだ。そうすれば城内の兵らも、上空から城を襲うドラゴン嬢に気を取られ、足もとにいる私たちには気づかない。いいかね、無駄肉じ――ダークエルフ嬢。我々は戦争を吹っ掛けるのではない。暗殺と救出を目的としている。はき違えてもらっては困る」
「……わかったよ」
ライラが不承不承に呟く。
「闇に乗じて潜入に成功したらエントランスで二手に別れ、私とサムライはラヴロフの暗殺へ、ルシアとダークエルフ嬢は地下でダークエルフ族の探索へと向かう。どちらも深追いはしない。まずいと感じたら、すぐに撤退だ」
おれとライラ、そしてルシアがうなずく。
「ドラゴン嬢は可能な限り長く敵を惹きつけておいてくれたまえ。ただし、軍用飛空挺が出てきた場合には即時撤退だ。火力では到底敵わん」
「わかりました」
針に糸を通すような作戦だ。いったいいくつの幸運が重なれば成功する? だが、たしかに他に方法があるとも思えねえ。
正直なところ、ゲイルがいなければおれもリリィもこの戦いで命を終えていたかもしれねえ。その可能性は低くなかったと、今さらながらに思える。
「以上だ。では、存分に別れを惜しみたまえ。……ンむふ、むふふ、ルゥシアァ~~~ン」
ゲイルはルシアを抱き寄せて頬ずりをした。ルシアは髭が痛いのか、本気で嫌がっているように見えるものの、逃げだそうとはしていない。
小児性愛さえなきゃ、こいつもすげえ漢なんだがなァ……。ままならねえもんだ……。
「オキタ、死ぬなよ」
おれはライラから差し出された手を握り返す。
「同胞、見つかるといいな。……常闇の王の件は勘弁だがねェ」
「へへ、言ってろっ。あたしは必ず担ぎ上げてやるからなっ」
笑った。目深に被っていたふうどを、今さらかなぐり捨てて。
リリィに言葉はない。
ただ、ずっと――。
ただずっと、魔導機関列車にのるよりもずっと前から、おれの手を握ってくれていただけだ。
それで十分。別れも、再会の約束も、済んでいる。おれたちにこれ以上は必要ねえ。
ゲイルが表情を引き締め、ルシアを腕から解放した。
「征くぞ、諸君。今さらどの面下げてと言われそうではあるが……――戦と騎士の女神リリフレイアよ。どうか我らにお導きを」
さぁて、いよいよ討ち入り開始だ。
ドラ子の雑感
あ、なんか死亡フラグっぽいの立てちゃったかも……!
 




