第百十四話 絵図
前回までのあらすじ!
ダークエルフ嬢再々登場!
ドラ子が危機感をおぼえたぞ!
痛え。ライラのやつ、何もぶん殴るこたぁねえだろうがよ。
おれはじんじんと痛む頬を撫でながら、仏頂面になっているライラに視線を向けた。
「ああいうのは常闇の王になってからにしろ。そしたら王の命令だ。あたしだって拒まない。それまではリリィで我慢してろ」
「お、おう」
矢筒を背負ったライラが弓を肩に掛け、ふうどを目深に被った。長え耳と褐色の肌を隠すためだろう。
本来であれば、レアルガルドのダークエルフ族は全員この首都ラドニスの地下に幽閉されていることになっている。
「で、おまえさんはなんでこんなところにいる?」
ライラがおれをぎろりと睨んだ。
「あたしがダークエルフだからに決まってるだろ。未来の王とはいえ、救出を他人に任せきりにするつもりはない。むしろラドニスに攻め入るのになぜあたしに声をかけなかったのかを問いたいくらいだ」
「存在を忘れてた」
褐色の長い脚がぶんと振り上げられ、おれはひょいと首を下げて躱す。
大層な蹴りだ。
「よせよせ。それも本当だが、そもそもこっちからおまえさんに連絡を取る手段なんざなかったろうがよ」
「……おまえ、もしかしてリリィから何も聞いていないのか?」
「あん?」
「リリィのやつ……!」
吐き捨て、ライラがため息をつく。
「おまえには見えてないだろうけど、おまえたちに風精シルフをくっつけてたんだ。風精は風精同士であれば風の噂が伝えられる。リリィには見えていたはずだ」
そうなのか。まあでも、リリィがライラの得になるようなことをするわけがねえなァ。
「するってえと、おまえさんはそいつを辿って、おれたちの居場所を捕捉してたってことかい」
「そうだ。なんの連絡もなくリリフレイア神殿領からアラドニアに向かうもんだから、焦って追いかけてきたんだ」
「古竜の飛翔速度より速くかィ?」
「バカ。そんなわけないだろ。先回りだ。あたしはおまえらの最終目的地を知ってるんだから、リスタには寄らずに直接ラドニスに来たんだ」
そらまあそうか。
ライラがろおぶに包まれた腰に両手をあて、長いため息をつく。
「大変だったんだぞ。ダークエルフの身で飛空挺にのるのは。耳をたたんで糊で貼って、髪の中に隠してさあ。聞こえづらいったらありゃしないよ」
「まあ、何はともあれ無事で何よりってねェ。……王の暗殺、付き合うかィ?」
「あたりまえだ。と言いたいところだけど、暗殺はおまえに任せる。あたしは同胞の救出に注力したいから。それより――」
ライラが視線をゲイルへと向けた。
「こいつ、敵なんじゃないのか? なぜおまえと一緒にいるんだ。悪名高いアラドニアの尖兵ゲイル・バラカス伯爵だろ」
ゲイルが両手を振って、魔術でひねり出したすべての剣を闇へと消した。そうして右手を胸に当て、朗々と声を張る。
「いかにも。私がゲイル・バラカスだ。尖兵の役割も伯爵位も本日捨てたがね」
「……オキタ、おまえわかってるのか? こいつは軍用飛空挺でいくつもの国を制圧してアラドニアに吸収させ、その魔術で数百をこえるリリフレイアの騎士やアリアーナの僧兵たちを屠ってきたやつだぞ」
「おお、心外である。私はいつだって犠牲の最も少ないやり方を取ってきたつもりであるからして、殲滅ではなく制圧だったのだ」
ゲイルがちょび髭を引っ張りながら誇らしげに呟くと、ライラが顔をしかめて噛み付いた。
「ああそうかい! おかげでアラドニアの領土はこの一年で一気に拡大したじゃないかっ! もうリリフレイア神殿でさえ手がつけられないくらいになっているんだぞ!」
「ライラ、ちょっと落ち着――」
「ふ、さすがは私。有能にもほどがある」
頭が痛くなってきた。
「ゲイル、おまえさんちょっと黙ってろ。ややこしくなる」
「もちろん黙るとも。この巨大な無駄肉を二つも胸にぶら下げたお嬢さんが口をつぐんでくれるならば喜んで黙ろう」
ライラががりがりと頭を掻き毟る。
「誰がお嬢さんだ! たかだか生まれて数十年しか経ってない尻の青いガキが!」
「おやおや。まったく。紳士に対して口の利き方を知らん娘というのは見ていて実に哀れだねえ。育ちが知れるというものだよ」
「なんだと!」
ああぁぁ、もおおぉぉぉぉ……。
「オキタ! こんなやつ、いつもみたいにさっさと斬り捨てなよ!」
「サムライ、早く無駄肉女に説明をしてやりたまえ。そして黙らせるのだ。耳が痛くてかなわん」
おれは胸いっぱいに夜気を吸い込んで、一気に吐き出すように叫んだ。
「やいやいやいやい、うるッせえええぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ!! それ以上四の五の言うつもりなら、てめえらまとめて首をすっ飛ばすぞ!」
てなわけで、だ。
非常にぎすぎすとした空気の中、おれたちはリリィとルシアの待つゲイルの部屋へと場を移した。
一通りゲイルとルシアの事情をライラに説明した後は、剣呑な空気の中でなぜか無言で酒を注ぎあい、ひたすら煽るだけの時間が続いた。
どれくらいそうしていただろうか。ワインの空き瓶が三本をこえ、幼いルシアがうとうとし始めた頃、ゲイルがようやく口を開けた。
「……さて、キミの作戦を聞こうか。サムライ」
「あん? そんなもんはねえ。こそこそ裏から回って王を見っけて首を刎ねるだけよ」
リリィとライラが同時に額に手をあて、ため息をつく。
仲悪ィくせに、こういうときだけ同調しやがる。
「おまえ、バカだろ」
「オキタ~……」
「何がよ? 事ここに至ってうだうだ手ぇこまねいてんのぁ時間の無駄だ。ずばっと斬っちまえばいいんだよ」
やることはいつだって単純。京で起こした池田屋事件と一緒だ。
……つっても、おれは途中で喀血して近藤さんや永倉の足を結構引っ張っちまったけどな。思えばあれが第一線に立たせてもらえなくなっちまった転機だったか。
咳払いをして、ゲイルが諭すようにおれに語りかけてきた。
「サムライ。キミ、王の名は知っているかね?」
「……」
おれは視線を背ける。ゲイルが長いため息をついて、首を左右に振った。
「顔も名前も知らない。城中を皆殺しにでもするつもりだったのかね」
「そんなもんはおめえ、一番偉そうにふんぞり返ってるやつを斬りゃそれでいいだろ。もしくは一番豪華な格好してるやつだ」
リリィが郷の母ちゃんを思い出すかのような、困り顔をおれへと向けて呟く。
「オキタ……」
そんな目で見るなよぅ……。勢いで言っちまっただけなんだよぅ……。
「な、なんとなくまとう空気でわかるかもしんねえだろがよ! そ、そうだ! 一番てっぺんにいるやつぁどうだい!」
「おまえって、ほんと剣以外はからっきしなんだなー」
ライラがしみじみと酒を傾けた。
「うるせえやィ」
「ひ、ひ、人柄も結構いいところありますよ! すっごく見えづらいですけど!」
ありがとう、リリィ。やっぱおまえだけだわ。
「まあ、サムライのことはさておきだ」
ゲイルがぐらすを置いた。
「アラドニア王の名はラヴロフ。ラヴロフ・サイルスだ。おぼえておきたまえ。歳は四十五だ」
特徴を頭に叩き込むべく、おれは尋ねた。
「肌や瞳の色は?」
「肌は私と同じく白。髪と瞳はこれといった特徴のないブラウン――枯れ葉の色だ。年齢ともに大臣にも多いため、体色を特徴に判断するのはおすすめできない」
「するってえと……」
「サムライ、キミは私と行動をともにする必要がある」
そうきたか。力なら信頼しているが、こいつ自身に信用はねえ。だが、他に方法もないとあっちゃあ仕方あるまい。
「では誘導役が必要ですね」
リリィの言葉にゲイルが首を縦に振った。
「ドラゴン嬢には銀竜体となってラドニス城に取り付き、魔術兵らの目を惹いて欲しい。もしも軍用飛空挺が出てきた際には、ドラゴン嬢は撤退してかまわない。古竜の飛翔速度であれば振り切るも容易いはず」
一瞬だけ表情に難色を示したリリィだったが、数瞬の後には小さくうなずいていた。
おそらく他に策が見つからなかったのだろう。
「……致し方ありません。わかりました。オキタ、どうかご無事で」
「ああ。おまえさんもな。油断するんじゃあねえぞ」
ゲイルが視線をライラへと向けた。
「無駄肉嬢、キミは――」
「ダークエルフのライラだ。次言ったら殺す」
ゲイルが肩をすくめる。
「ダークエルフ嬢、キミは城へと突入次第、地下へと向かうといい。私はラドニス城の地上部分の大半を知っているが、そこにダークエルフ族たちはいなかった。だとするならば地下だ」
「礼は言わないよ。同胞を助けるまでは」
「かまわんさ。地下へ向かう際にはルシアを連れて行くといい。彼女は影の魔女。光なき空間では何かと役に立つ」
「わかった。そうする」
やりづれえな。
「サムライ。キミは私を完全には信用していないだろう。だからこそ私は最愛の妻たるルシアをキミの仲間に預ける。これが証だ」
やりづれえ。やはりこいつは頭が切れやがる。
だが、これで背中からばっさりいかれる心配はなくなった。
「決行は明日深夜。日中のうちに魔導機関列車を利用してラドニス城の足もとである中央区まで移動し、夜が更けてから行動を開始する。異論はあるかね、諸君?」
ドラ子の雑感
もやもやする。
離れ離れは嫌だな……。




