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第百十話 紳士同盟

前回までのあらすじ!


おいしい酒とおいしいつまみがあればそれでいいのだ!

 毒竜(どくりゅう)、ゲイルはそう言った。

 そいつは灰の竜だった。


 およそ二〇〇年前、七英雄を生み出した異種族連合と黑竜“世界喰い”が死闘を繰り広げた際のことだ。

 空を覆うほどに巨大な黑竜は、自らの肉体を分けるように灰の竜を次々と産み落とした。灰の竜は一体一体が古竜に匹敵する戦闘力・機動力を持ち、その口からは黒の瘴気を噴いたという。


 毒竜は異種族連合を苦しめ、その大半を撃滅した。

 やつらの包囲を突破し、黑竜に刃を突き立てることができたのは、数千いた異種族連合のうち、わずか三十余り。

 だが黑竜戦もまた熾烈を極め、二十三名が犠牲となった。

 リリィの親父やお袋もその中にいたってわけだ。

 黑竜が逃げ去った後の生存者は七名。これが七英雄と呼ばれる伝説となった。


 もっとも、二〇〇年も前の話じゃあ、今も生き残ってるのは長い寿命を持つ種族だけだろうが。おれたちも相まみえたハイエルフのエトワール公や、どこぞに姿を眩ませたという魔人の女や。

 だが、それはまた別の話だ。


「ああ、毒竜の瘴気ブレスですか。当時のわたしには効きませんでしたが、たしかに罹患者は黑竜病同様、銀竜のエリクシルでも治せませんでした。おそらく毒竜は一個体ごとの生命ではなく、独立して動く黑竜の分身に近い存在だからだと思います」


 事も無げにリリィが呟く。


「それにしても、二〇〇年前の生き残りがまだいたのですね」

「どうもそうらしい。アラドニアの西端にあるククルゥの街から依頼を受けて、私が葬りはしたものの、街の被害は大きくてな。ルシアはククルゥの民で、そのときに罹患した。彼女が影魔法に目覚めたのはそのときからだ」


 てことたぁ、魔女ルシアは戦災孤児か。

 孤児拾ってなし崩しにてめえのもんにしたってところだろうが、こいつの場合はいい話なのか悪い話なのか判断できねえなァ。

 リリフレイア神殿にいる莫迦弟子を思い出し、おれはワインを煽る。

 やつぁ無事に騎士になれただろうか。結局そいつを見届けることなく、発つしかなかったわけだが。


「……治す方法なら、思いつかないでもありません」


 その瞬間だった。赤ら顔だったゲイルが青く顔を染め、リリィの胸ぐらをつかんで引き寄せたのは。

 おれはとっさにゲイルの腕をつかむ。


「おい、てめえ! 何をしやが――」

「頼む! 教えてくれ!」


 形相が変わっていた。

 これまでゲイルはおれたちを小莫迦にするかのように、にやにやと口もとを弛めていたのに、今は目を剥き、紫に変色した唇を震わせている。

 おれはゲイルの腕を強引に下げさせ、やつの肩を押して椅子に座らせた。


「落ち着けよぅ、ゲイル」

「あまりに(むご)い。あまりに過酷な呪いだ。このような年端もいかぬ少女が受けるには、毒竜の呪いはあまりに――」


 ゲイルがテーブルに肘をついてうつむく。


「ルシアは十だ。まだ十なのだ。世界を学び、友人と駆け回っているべき年齢だ。いくら魔術の素養があったとはいえ、本来であれば人殺しの旅になど付き合うべきではない。アラドニア軍などにいるべきではないのだ」

「へッ、くかか」

「何がおかしい!」


 ゲイルがおれを睨む。


「よ~うやくかィ。ようやく、てめえの底に沈んでいたもんが見えたぜ。……聞かせろ、変態伯爵」


 おれはゲイルの鼻面を指さして尋ねる。


「てめえが忠誠を誓ってンのぁ、軍事国家アラドニアの王にか? それとも、てめえが愛した魔女ルシアにか?」


 ゲイルが表情を歪め、片手で額を強く叩いた。

 そうして苦しげに呟く。


「アラドニアは魔術療法において最先端都市。……それだけが理由とは言わんが、毒竜の呪いを解く療法を見つける目的で身を寄せているに過ぎん。幸いにしてルシアはもちろん、私にも魔術の才はあった。厚遇されることはわかっていたからな。ゆえにアラドニアに里心はない。身内もいない」

「そいつぁ都合がいい。もしもおれたちがルシアを救えるとしたら、どっちにつく?」

「救えるだと? 戯言だ! そのような言葉など信用できるものか!」

「だがてめえはさっきのリリィの言葉が気になって仕方ねえって面ぁしてるぜ」


 にやつくおれと、苦渋に満ちたゲイルの視線が激しくぶつかった。


「リリィ、毒竜の呪いを解く方法ってのぁ、おまえさんにしかできねえ方法かい?」

「はい。オキタの黑竜病と同じくです。わたしが毒竜の体液を直接体内に取り込み、エリクシルを進化させます。二〇〇年前の私にはできませんでしたが、今なら可能かと。エリクシルの進化は、オキタの黑竜病対策の良い模擬実験にもなるでしょう」


 その言葉にゲイルが目を見開く。


「黑竜病だと!? キミは……」

「あぁ、細けえこたぁ気にすんな。リリィのエリクシルで進行だけは抑えられる」

「はい。おそらくルシアも現状のエリクシルを飲むことによって、陽光にあたっても火傷をすることはなくなると思います。ただし、効能は丸一日。永劫に呪いを解きたければ、やはりエリクシルを進化させるしかないでしょう」

「なん……と……」


 ゲイルがワインの瓶をつかみ、自らの()()()に注いで一気に喉奥へと流し込んだ。


「しかし、キミらが相手取っているのはレアルガルド大陸最大勢力、軍事国家アラドニアだ。それがどういうことかわかっているのか?」

「なんでえ、その言い方はよ。まるでおれたちの心配でもしているかのようだぜ、伯爵さんよ」


 むう、とゲイルが小さくうなった。


「ま、アラドニアをぶっ壊すのは難しいだろうな。なんせ本国にゃおまえさんみてえな爵位持ちがわんさかいるんだろう? だが、内部を知るやつに手引きしてもらえりゃあ、別の話になると思わねえかい?」

「だがそれでも、王を討てねば殺されるのはキミらだ」

「だろうなァ。だが、おれたちが殺されたら、魔女ルシアの呪いを解けるものはいなくなる。アラドニアの魔術療法がどれほどのもんかは知らねえが、これまで見てきたところじゃあ殺すの破壊するのって技術はあっても、治すってのぁとんと見ねえ」


 ゲイルが小さくうめく。


「私に手を貸せ、と?」

「あいかわらず頭が切れやがる。話が早ええ。だが本番はその後。……約束するぜ、ゲイル。アラドニアの後は黑竜よ」

「保証はあるかね?」

「おれ自身、黑竜病で、エリクシルがなきゃ明日をも知れねえ身だ。約束を(たが)えるこたぁねえ」

「キミが黑竜病であることの証拠は?」


 メルと違って抜け目のねえ野郎だ。


「気は進まねえが、黑竜病の喀血なら半刻もすりゃ見せられる。それまで待ってろ」


 ただで力を貸すなんてやつぁ胡散臭くて信用なんざとてもできやしねえ。だが、明確な見返りがあるとなりゃ話は別だ。

 おれは後頭部で手を組んで椅子の背もたれに背を預け、()()()()に足を投げ出した。

 そうして酒瓶を奪い取り、直接喉へと流し込む。


「ゆっくり考えろと言いてえところだが、あまり時間がねえ。ナリア号がアラドニアの離発着場につくまでにゃ決めてくんな」


 リリィが言葉を継いだ。


「このままルシアに光を教えぬままに生きていくか、それとも、自らの命をかけて愛する幼じ――ん、んんぅ、失礼。愛する女性の呪いを解いてみせるか、ですね」

「そういうこった。愛が試されてるぜェ、おまえさん? くかかっ!」


 ゲイルがおれの手から酒瓶を引ったくり、喉奥へと流し込む。そうして最後の一滴まで飲み干すと、空になった酒瓶を投げ捨てた。

 硝子の砕ける音が響いた後、ゲイルがちょび髭を指先で伸ばしながら高慢な態度で酒臭え息を吐く。


「ふ、迷うまでもない。紳士という生き物は、希望の光を見ては退けぬもの。――ふふ、幼女のため? 上等ではないか! 最高に(たぎ)るとも! サムライ、そしてドラゴン嬢、おまえたちのその愚行、この命果つるまで付き合おう」


 気障野郎め。気っ風はなかなか大したもんだが、筋金入りの変態だな、こいつぁ。

 どっかの段階で背中からばっさりいっちまうか。


「くかかっ、交渉成立だ。ひとときの友情を延長するぜ、ゲイル伯爵殿」

「ふ、よしたまえ。もはや私は伯爵ではない。一人の紳士として扱ってくれたまえ」


 ……や、無理だ。

 そうしておれたちはどちらからともなく差し出した手を固く握りしめた。



ドラ子の雑感


変態! 変態! 変態っ!!

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