第百六話 無手
前回までのあらすじ!
人斬り侍とドラ子がついに婚約!
小型の飛空挺を見送り、二人して一際大きな正六面体のびるでぃんぐへと入ってゆく。
中には長椅子がいくつか並べられており、二十名程度の民と、そして建造物の警護と思しき魔術兵が壁際に数名立っていた。
やつらはおれたちに一瞬目を向けはしたものの、すぐさまつまらなそうに後ろ手をくんで大きなあくびをした。
あいかわらず抜けている。が、まあ、これなら面は割れてねえと考えていいだろう。
「オキタ」
リリィに手を引かれて、おれは石の柱に貼られていた紙に視線をやった。
そこにゃ浅葱色の羽織の男と赤色の着物の女が描かれていた。顔はねえ。服装だけだ。
「……手配書です……」
「……かっ、着替えて正解だったなァ……」
街中でちょいと見せちまったがのは拙かったか。だが、今ならまだ飛び立てる。本国に入り込んじまえば、あとは野となれ山となれだ。
「おまえたち、そいつらに見覚えがあるのか?」
ふいに声をかけられ、おれは肩を跳ね上げる。
魔術兵だ。
「いいえ、ありません。やけに珍しい服装だと思っただけです」
リリィが笑顔で平然とうそぶく。
大したもんだと、いつも思う。
「ほら、この赤い服、とっても綺麗ですから、どこで売られているのかなって」
「そうか。ならばいい。しかし服装か。たしかに女は見事だが、男のほうの服装はなんだこれ。ひらっひらとみっともない格好をしおって」
なんだと~ぅ。こンの糞雑魚が、解体すんぞてめえ。
「ふふ、そうですね」
おいこら。
「な、な、なぁ~に言ってやがる。よく見ろィ。なかなかの逸品じゃねえかよ。特にこの背負った誠の文字なんざぁ――」
あ……。
言葉を止めたおれに、魔術兵が訝しげな表情で視線を向けた。
「マコトの文字? おまえ、これを読めるのか? というか文字だったのか?」
「あ、あ~、いやいや。こりゃあマコト文字っつぅ珍しい古代文字よ」
おれは大あわてで口から出任せを言ってのける。
苦しいか……?
「そうなのか。それは素晴らしい知識だな」
「お、おうよ」
リリィがおれの後頭部を凄まじい形相で睨んでやがるのがわかった。
「いずれにせよ、見かけたら関わらぬようにして、すぐに当局に報せてくれ。こやつらは我が国の平和を脅かす反乱分子でな。軍の人間をもう何人も殺している凶悪なやつらだ。すでにリスタ内でこのおかしな服装をした二人組を見たという報告も入っている。くれぐれも気をつけるようにな」
おかしな服装だと? てめえが夜道に気をつけやがれィ!
「わかりました。ご忠告ありがとうございます。それでは」
リリィがぺこりと頭を下げて、おれの手を引きながら魔術兵のもとを離れた。
「……危ないところでしたね……」
「……ああ……」
まだこちらに視線を向けている魔術兵に、リリィが笑顔で小さく手を振る。すると頬を染めた魔術兵は、咳払いをして壁際の立ち位置へと戻って行った。
「では、わたしは受付で搭乗手続きを済ませてきますね。オキタはここでお待ちを」
「頼む」
おれは背もたれのある長いすの中央に腰を下ろし、天井を見上げた。
がやがやと、雑多な音が聞こえている。この声も、いずれ消えるだろう。いや、おれが消すんだ。ここに住まうものに罪などなくとも。
額を押さえて頭を振る。
糞! 考えるな!
今はすべてを目にすると決めた。魔導技術がどれほどのものかは知らんが、こんなもんなくたって、レアルガルドの民は生きてきた。そうだ、何も罪なきものを殺すわけじゃあない。文明をちょいと退化させるだけだ。
いつの間にか目を閉じていたおれの顔に、ふわりと紙ぺらが下ろされた。
「また考えてますね」
リリィだ。片手を腰にあて、おれを見下ろしている。
おれは紙ぺらを一枚指先で挟んで受け取って、ずぼんのぽけっとへとねじ込んだ。
「性分でねェ」
「落ち込まない程度にしてくださいね」
「わぁ~かってるよ」
立ち上がり、搭乗口へと歩く。
おれたちののる便は、すでに搭乗を開始しているらしい。
建物から出て、格納庫とかいう建物の階段を上る。すでに上のほうに小型飛空挺の船底は見えている。
飛空挺は格納庫の左右から機械で固定され、宙に浮いている状態だ。
「へえ~。近くでまじまじ見りゃあ、でっけえなァ。軍用ほどじゃあねえが」
「よくこのようなものが空を飛べますね」
「おまえさんだっておれから見りゃあ不思議なもんだ。でっけえ身体して飛ぶんだもんなァ」
リリィがぱちぱちと瞬きをして、少しはにかみながら呟く。
「……でも、好きでしょう?」
「お、おう……」
階段を上りきると、小型飛空挺の乗船口が見えた。そこから手すり付きの橋のようなもんが、おれたちのいる通路へと伸びている。タラップだ。
「いらっしゃいませ。アラドニア国内便、飛空挺ナリア号へようこそ」
女がタラップの手前で立っている。
リリィがさっきの紙ぺらを渡し、女が紙ぺらの一部を切り取ってリリィへと返した。おれもそれにならい、紙ぺらを差し出す。
「あら……?」
女が怪訝な表情でおれを見た。
ぴりっと緊張感が走り抜ける。
だが、女は紙ぺらの一部をおれに返すと、困ったような笑みで口を開けた。
「お客様、申し訳ありません。客席への銃器刀剣類の持ち込みは禁止されています」
「あ、えぇ……」
女の視線はおれではなく、菊一文字則宗へと向けられていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こいつがなきゃ、おれなんざただの痩せ犬、つかほんと屍だぞ!?」
菊一文字則宗を取り上げられるくれえなら、アラドニア国内をえっちらおっちら歩いて旅したほうが万倍ましだ。
「ご安心ください。丁重にお預かりし、船底にて貨物としてお運びできますから」
「つってもおめえ、こ、これぁおれの魂で……」
リリィが勝手におれの背中から菊一文字則宗を鞘ごと引き抜き、女に手渡した。
「はい。お願いします」
「お預かりしますね」
女が菊一文字則宗を持って、他の客から預かったと思しき荷物の横へと立てかけた。
「え、ええ~……」
ど、どうしよう……。すっげえ心細い……。裸で外歩かされてるみてえだ……。
リリィがおれの顔を覗き込む。
「ソウジさん?」
「や、やっぱり返してもらえねえかい……?」
女がきっぱりと首を振った。
「規則ですから」
「ソウジさんってば」
「そ、そこをなんとか……」
女は困ったように首を振るばかりだ。
ふいに念話が脳みそへとぶち込まれた。
『オキタ!』
「えぁ!? な、何? あ、ああ。……総司っておれか……」
リリィがおれを睨んでいる。
『念話に返事はしないでください。それと、ノリスケさんのことはあきらめてください。ここでごねては上役を呼ばれます。おそらくは警備の魔術兵も。無用な諍いは避けましょう。幸い、同じ便には積んでもらえるらしいですから』
いざとなりゃ取り返せば済む話か。
おれはあわてて女に弁解をする。
「あ~……いや、無理言って悪かった。ありゃあ、友人の形見でねェ」
もちろん嘘だ。
「そういうことでしたか。ご安心ください。我が社の誇りにかけまして、お客様からお預かりしたものには、決して傷などつけませんから」
「あ、ああ。頼むぜ……ほんと……」
女が右手を広げて橋へとおれたちを導く。
「それではお客様、飛空挺ナリア号での空の旅をごゆるりとお楽しみください」
こうしておれは、武器もねえ状態でナリア号へと乗り込むことになっちまったってわけだ。
ドラ子の雑感
ノリスケさんとわたし、どっちを取るの!?
なんちゃって。




