T1-6「光線剣でも剣術がしたい!」
翌日、ルドラはSFチックな街並みの中、いやに和風な雰囲気を持つ屋敷を訪ねていた。いかにも由緒ある日本家屋風な雰囲気を醸すその門は、ルドラが近づくと独りでに口を開いた。ご丁寧に、軋むような重苦しい効果音も一緒だ。
門の先に広がるのは、灯籠や松で飾られ敷石で道が固められた、これっぽっちも未来的な雰囲気を感じさせない見事な庭園だった。ルドラはこんなオブジェクトをどこで手に入れたのだろうという毎度の疑問を頭の隅に、ずかずかと母屋まで入っていく。
そこは端的に言って、「道場」と言った風の場所だった。外観よりも明らかに広い板張りの床の上で、気合いに合わせて剣を振るう者がいたり、向かい合って打ち合いをしている者がいたりする。
普通の剣道場と違うのは、使っている剣の刃が透き通る非実体のもので出来ていることと、利用者の中に明らかに人間ではない姿をした者がいることだ。
ルドラは道場の奥に目的の人物を見つけると、大ジャンプを決めてから〈マグネティック・ギア〉を使用して天井を歩き、そこまで降り立った。
「やあルドラ君、君は相変わらずNINJAしてるねえ」
ルドラが向かってくるのを見ていたその人物は、鋼鉄でできた腕を組んで軽口を放つ。
「お久しぶりです、菊辻先生。最近はニンジャにも限界を感じていますよ」
この菊辻というプレイヤーは異様なのかハマっているのか微妙なラインの姿をしている。がっちりとした体格に袴姿で、スキンヘッドという組み合わせは修行僧というかヤクザのような強烈な印象を与えてくる。いかつい義手のような機械の腕は、戦場で腕を失って退役した軍人を連想させる。こう言うといかにも大物感があるが、軽薄そうにニヤついた表情が色々と台無しにしていた。
「ほう? 戦争イベントじゃ間違いなく首狩り数トップの君がかい? 謙遜がすぎるんじゃあないかね」
「首狩りなら〈潜刃〉のカゲミツがいるじゃないですか。それより、この前のイベントで痛感したんですよ、他のプレイヤーとの連携も必要だって」
「連携、ねえ」
菊辻はニヤニヤしながら言った。
「間者だって立派な役割分担だよ。何も軍と軍をぶつけるだけが戦争じゃない。彼らは要人を暗殺したり、情報をくすねるという役割を持っている。君だって、イレギュラーを殺すというポジションにいるじゃないか」
彼の言うことは正しかった。これまでは上手くいっていたし、それでこそのランク7という立場だった。だが、それだけでは不十分なのだ。
「ですが、今の実力ではグラムジルバのようなランカーには勝てません。ぼくはどこでも戦える小回りを得ている代わりに、ファイターのようなパワータイプとぶつかれる力を犠牲にしているんです。今のスタイルを使いながら彼らと渡り合うには、一般のプレイヤーたちとの連携が不可欠になりますよ」
反論したルドラに対し、菊辻は意外そうな顔で返した。
「ふむ、つまり君は〈チェインアタック〉を戦力として利用するつもりなのか」
レベル5とレベル7には絶望的な能力の差があるが、対抗する手段がないわけではない。それが多人数戦闘での大きなファクター、〈チェインアタック〉だった。別に特別なことではなく、一人のキャラが連続して攻撃を食らうことで徐々に受けるダメージが増えていくという、ゲームとしてはそれなりにオーソドックスなシステムだ。短い時間で多くの攻撃を受けると、また多くの人数から攻撃を受けると、防御能力は著しく低下し、ダメージに補正がかかるというわけだ。
つまり、最初は1しか食らわなくとも百発食らえば最終的に十万ものダメージとなる可能性がある。ルドラはこの現象を活用してほかのランカーに対抗する手段にしたい。
「そうです。今のところは、ターゲットの動きを止めるか、〈リフレクション・ギア〉で味方のレーザー攻撃を束ねるといった方法ですかね」
特に後者は橙火からアイディアを聞いたときには驚いたものだ。確かにルドラなら、味方がバラバラに撃ったレーザーを障壁で反射して束ねることができるだろう。
「なるほどね。確かに有効な策ではある。だけど……」
菊辻は右手の指を鳴らすと、そのポーズのまま誰かと通話を始めた。
「おーいカッキー、気づいてるかは知らんが、ルドラが来てるぞ。せっかくだから手合わせしてもらったらどうだ?」
「ぼくの同意はナシですか……」
ルドラが呆れて言うが、菊辻はニヤニヤとして意に介さない。
「今のところ、君と互角に戦えるのは彼女くらいだろう? で、さっきの話の続きだが、我が道場としてはもう一つの道を提案させて貰いたいのだよ」
「師匠」
と、菊辻のニヤけたっぷりの声とは真逆の、凛とした声が会話を遮る。菊辻は鷹揚に頷いて、その女性の肩に手を置いた。
「力や数ってのも大事なファクターだけどね、やっぱりさ、『技』があってこそなんだよ。君は敵の強大な力に対して数で対抗しようとしているみたいだけど、せっかく我らが門下生なんだから……」
菊辻はもったいぶって口を歪める。それを引き継ぐように、女性……ルドラにとっては少々苦手な兄弟子のカキが口を開く。
「わたしたちの剣なら、どんなに強大な相手でも斬り伏せることができます。そういうことでしょうか?」
「そうそう、その通り。男なら剣一つで勝ってみせろよ、少年。ま、ここじゃ男も女も関係ないし、君は二刀流だけどね」
らしいな、とルドラは思った。菊辻がこの道場を開こうと思った動機からすれば、当然の帰結だろう。
「師匠もこう言っていますし、模擬戦、受けていただけますね?」
カキがそう言い、淡く透ける灰色の刀を取り出す。ルドラの使うビームセイバーとは違って、エネルギーの刃だが実体を持つ剣系武器、フォトンブレードだ。
「まあ、お手柔らかに」
ルドラは答えると、バックパックから〈エコートレイザー〉と〈パーヒュル〉を取り出して構える。いつのまにか周囲には人だかりができており、興味津々といった様子で二人を見ていた。
ルドラが距離を取ると、人だかりの輪が大きくなる。
なにやら「うわ、〈幻晶壁〉のルドラがここの門下生って本当だったのか……」とか「流石カッキーちゃんだ、今日もカッコカワイイぜ」などの言葉が聞こえてきて、ルドラは内心苦笑いを浮かべる。
確かに、カッキーこと師範代のカキは町中ですれ違ったらちょっと気になるくらいの美少女だ。ゲームのアバターなのだから別に見た目は珍しくないが、彼女のような武人気質の洗練された佇まいを見せる女性は珍しい。きりっとした顔立ちと肩口で切りそろえられた黒髪も、彼女の印象と合っている。
「では、こちらから仕掛けさせていただきます」
カキは生真面目にも宣言してから、刀型のフォトンブレードを正眼に構えた、と思った刹那、いつの間にか彼女はルドラの一歩先の位置にいて、袈裟斬りを放ってきた。毎度ながら、見事な身のこなしだ。その動きには「節」がなく、予備動作を見極めることが難しい。
ルドラはビームセイバーを斜めに構え、刃がぶつかる瞬間を狙い、刀身を跳ね上げた。ビームセイバーの輻射がカキの刀を斜め後ろに弾く。
その隙を狙ってルドラは鋭く上段斬りを放つが、弾いたはずの刃が鋭く突き上げられ、斬撃を拒む。さらにカキは左手だけ逆手だった両手持ちから、左手を離して捻るような斬り込みを行う。ルドラはたまらず後退するが、胴体を浅く斬られた。
現実でこんなことをやったら手首を痛めるし、刀身の重さを支えることもできないだろう。だが、ゲーム内であるがゆえに彼女は手首を痛めることはないし、持っているのは刀の重さが無いフォトンブレードだ。
これが、この道場の剣。知る人ぞ知る〈卑剣〉菊辻流だった。
このゲームをプレイしているのは、世界中の子供から大人まで様々だ。だがその中で、本物の剣を握ったことがある人がどれだけいるのだろうか。そんな人たちがやららめったらに剣を振り回しても、チャンバラになるだけだ。だから、大抵のプレイヤーはシステムアシストを利用する。
基本的なSCの中には、いわゆるウェポンマスタリー系のものが存在する。高いレベルの武器を装備するために必要なスキルで、起動しているSCレベルに応じて効果が高まっていく。要するに、レベル7のビームセイバーを装備したければレベル7で〈ウェポンマスタリー:ビームセイバー〉のSCを装備する必要があるわけだ。
そして、ウェポンマスタリー系のスキルには、システムアシストという機能が存在する。
例えば〈ウェポンマスタリー:フォトンブレード〉のSCを装備していたとしよう。ある程度のサイズの剣を持ち、攻撃時に規定のポーズをとってから攻撃を始めると、システムが当人の挙動をアシストし、まるで達人のような剣戟を放つことができるのだ。〈フロストフォーム〉や〈プラズマフォーム〉のような攻撃に属性を付与する技と併用できるため、使い慣れた攻撃モーションで動きながら、全く別の属性攻撃をすることも可能だ。
要するに、システムに規定されたポーズを取れば、ボタンを押すような簡単さで攻撃をすることができるということだ。このシステムによって、剣や槍による戦闘の敷居が劇的に低くなっている。
だが、それでは面白くないと考えた男がいた。
剣とは身と心、その二つが合わさってこそ。せっかく剣を握れるのだから、ボタンを押すように戦うのではつまらない。
その信念の元、システムアシスト無しで鬼神の如き戦闘能力を身につけたその男は、しかしそれだけでは満足できなくなっていた。曰く、「現実世界と同じ剣ではつまらない」。
手始めに、元々ユグドラシル勢力で活動していた彼は、そのキャラクターデータを捨て置きクロノス所属のアンドロイドとなった。SF的勢力であるが故の剣「フォトンブレード」を求めて。
そうして生まれた技を、ルドラはほとんど一方的に受けている。カキの操るフォトンブレードはまるでそれが意志を持っているかのように変幻自在な動きを見せ、二刀でも受けるのがやっとだ。両腕の可動域を余すところ無く使って放たれる斬撃は、現実の剣術に当てはめれば邪道そのものだろう。菊辻が言うには、本気でやろうと思ったら指の間接が砕け、腕の健が引き千切れ、間接が脱するとのこと。実際に試したかどうかは不明だが、あの男ならやりかねない。
「そこまで!」
やがて菊辻が言い、ルドラとカキは剣を引く。街中ではプレイヤーが攻撃を受けてもダメージは発生せず、強いノックバックが発生することもない。この道場内では特例として、受けるはずだったダメージが記録されることになっている。
「ふむ、7459対34560でカッキーの勝ちか。ダメージじゃカッキーが圧勝だけど、ルドラ君に二回クリーンヒットを貰ったな。性能次第じゃ即死かねえ」
菊辻はニヤニヤしながら結果を読み上げる。カキは真面目な顔で頷いた。
「はい、一発は肺をかすめましたが、もう一発は心臓を捉えられました。どちらも小刀のほうですね」
「なるほどねえ。ルドラ君は油断も隙もあったもんじゃあないね」
「一発食らわせるまでに削り切られたら意味無いと思うんですけど」
確かに何発かは食らわせたが、ルドラとしては一方的に切り刻まれた印象しかない。
ルドラは一応この道場の門下生ということになっているが、カキが使うような菊辻流を継承しているわけではない。そもそもあれを自在に扱えるのはカキくらいで、大半の門下生はアシストを用いない戦闘の練習に来ている。ルドラもその一人だ。
「よし、じゃあルドラ君、次は私と剣を交えてもらおうかね。最近新しい『流れ』を思いついたんだよ」
菊辻は喜色満面でビームセイバーを取り出す。そもそもルドラがこの道場に来ることになったのは、菊辻が手慣れのビームセイバー使いを探していたからだ。そうして今日も今日とて、今度はビームセイバーを用いた新たな剣術を編みだそうとしている。
その練習台にさせられるルドラとしてはあまり嬉しくはないのだが、輻射を利用した戦闘技術はほぼ彼からのものなので文句も言ってられない。苦笑いを浮かべながらルドラは二刀を構えた。
とことんまでに新しい物好き、それがこの菊辻という男だった。
チラシ裏的解説
・SCの構成について
で、結局SCってどんなシステムなのってことです。ちゃんと説明できていなかったので。例を出して説明します。レベルが高いと面倒なので、とりあえずレベル3のものがこちら。ちなみに作中に登場する全てのキャラに関して、SC構成の設定は作っていません。私は前作で学びました、それは無理があると。
〈ウェポンマスタリー:ビームセイバーLv.1〉×3〈ウェポンマスタリー:ESPギアLv.1〉×3〈アタッカースキル:プラズマフォーム〉〈アタッカースキル:フロストフォーム〉〈アタッカースキル:シャープネス〉〈ディフェンダースキル:Eシールドバッシュ〉
↓〈レベル2キークリスタル〉
→→〈アタッカースキル:バーストブレード〉〈アタッカースキル:ルーラースラッシュ〉
→→〈AGI上昇Lv.2〉×6〈ウェポンマスタリー:ESPギアLv.2〉×2
↓〈レベル3キークリスタル〉
→→→〈ウェポンマスタリー:ビームセイバーLv.3〉×2〈STR上昇Lv.3〉×3
→→→〈VIT上昇Lv.3〉〈DEX上昇Lv.3〉〈雷・炎耐性上昇Lv.3〉×2 〈土・水耐性上昇Lv.3〉
クロノスのアタッカーの一例です。高レベルの技を使わずに能力の減少を避け、武器と基礎能力を充実させつつ低レベルの基礎攻撃技で攻めていくスタイルのようです。〈シールドバッシュ〉と〈ESPギア〉を使っているので、ルドラのような障壁を発生させるアイテムを使うようです。こちらは普通の盾に近い性能のようですね。
この内、〈レベルnキークリスタル〉は次のレベルのSCを起動するのに必要なアイテムで、低レベルでは店で売っていますが、レベル7以上のものはダンジョンやクエストで入手する感じです。「キークリスタル」の大きな特徴として、これを起動するだけで全能力が大幅に上昇します。つまりSCレベルの差が能力差に直結する要因となっているわけです。