T1-5「火花を散らすネズミ」
学校から寮へと帰ってきたぼくは、図書館で課題を終わらせてしまったためにやることがなく、夕飯までウォー・オブ・アクロスをプレイすることにした。
ベッドの隣にある低めのタンスの上に置いた家庭用VRゲーム機器の電源を入れ、ゲーム機につながったヘッドセットのようなインターフェースを被る。インターフェースにハードが内蔵された物々しいタイプもあるけれど、ぼくは軽量化されたこっちのほうが好みだ。もっとも、ゲームを始めてしまえばほとんど気になることはないのだけれど。
ベッドに寝転がったぼくは、「ログイン」と呟いてゲームを起動する。インターフェースが規定された音声と肯定の意志を読みとり、ぼくを仮想の世界へと誘った。
そうして、現実世界の東山翔は、クロノス所属のアンドロイド、ルドラとして別世界へと降り立った。
現在位置はクロノス領、辺境都市マーズ。辺境といってもその街並みは未来的で、田舎らしい雰囲気など微塵もない。高層ビルが立ち並び、リニアモーターカーが走り小型巡空艇が飛び交う、成長を続ける都市そのものだ。
ルドラは自分のアイテムが預けてある銀行に行き、今日の活動のためのSCを選別する。今日は戦争イベントがなく、高難易度ダンジョンでレアアイテムを探す予定もないので、起動するクリスタルはレベル5までだ。毎日レベル7のSCを使っていたら、いくらランカーとして稼いでいるルドラでもお金が瞬く間になくなるだろう。
準備を終えたルドラは最寄りの駅からリニアに乗り、街の端まで向かう。
リニアの窓から見えるのは、見渡す限りの荒野だ。辺境の名が示すように、ここはクロノス領の端、最もヴァルハラ領に近づく街で、領土の端で降りればヴァルハラのダンジョンにも行くことができる。リニアから降りたルドラは、SCを起動し、強化された身体能力で駆けた。
目当てのダンジョンは、ヴァルハラ領にある「ヴェス・ファミリア大墳墓」だ。ダンジョン内に出現する骸骨やミイラなどの敵モブが落とすアイテムの注釈を見る限り、暗黒時代と表された極悪非道の皇帝が世を治めた世代に作られた、王族のための墓だとのこと。いろいろと曰く付きなアイテムが眠っていそうなダンジョンだが、アンドロイドであるルドラが使えそうなアイテムはほとんど無い。
今回のダンジョン探索の目的は、ちょっとした剣術の稽古だった。「ヴェス・ファミリア大墳墓」は王族の墓なだけあり、RPGでは定番の様々な武器を持った骸骨やミイラのようなアンデットモンスターが大量に湧く。あまり敵のAIが賢くなく、武器の扱いが粗いので剣術の技量が磨かれたりはしないだろうが、案山子に対して型を試すようなことはできる。
ダンジョンの入り口にたどり着くと、ルドラは首の下にあるバックパックから特に特徴の無いビームセイバーとレイダガーを取り出した。はたから見たらバックパックが光って突然アイテムが出現したように見えるだろう。SF的勢力ならではの演出だ。
ビームセイバーからはサーベルと言って差し支えない大きさの淡い水色の刀身を、レイダガーからは包丁ほどの大きさがあるカッターナイフのような形の透き通る灰色の刀身を出現させる。それぞれ〈エコートレイザー〉と〈パーヒュル〉という銘を持っている得物で、戦争イベントで使う〈ツァラング・クラング〉と〈クロリッツィア〉を意識した装備だ。いざ、禍々しい雰囲気を醸し出す墳墓の入り口からダンジョンに進入する。
ほどなく、三体ほどの骸骨騎士に遭遇した。以前は美しい意匠と装飾で飾られていたであろうその鎧はボロボロで、マントも擦り切れそうだ。三体の骸骨騎士はこちらに気づくと、怨嗟の声をあげながらサーベルを抜き襲いかかってくる。
なかなかホラーな状況だ。完全体感型ヴァーチャル・リアリティ技術を利用したゲームは、そのリアルさ故に敵モブの怖さをゲームデザイン以上に演出してしまう。戦闘を主軸としたVRゲームが心臓の悪い人には向かない理由だ。とはいえルドラにとって、この骸骨騎士は恐れに足りない存在だった。
この骸骨など、あのグラムジルバに比べればちっぽけな脅威なのだ。与えられるダメージの量など〈深淵の魔神〉を発動したあの魔王の数千分の一くらいしかない。そんなものに恐れをなしていたら、ランカーなど務まらないのだ。数値的な脅威と見た目にはあまり関係がない。
ルドラはレベル5のビームセイバー系スキル〈オーバーリミット〉を使い、ビームセイバーの出力を強化する。刀身からスパークが発されるほどに輻射が強まり、そのぶん余分なENが消費されていく。
最初に襲いかかってきた骸骨の上段斬撃をビームセイバーで打ち払う。骸骨の持つサーベルがビームセイバーに触れた瞬間、激しいスパークが散り、衝撃波が骸骨の腕ごとサーベルを弾き上げた。ルドラはそのままタックルするように骸骨の懐に潜り込み、レイダガーで骸骨の首を切断する。続けて打ち払ったビームセイバーを腰だめに構え、上段突きで胴体と離れた頭を貫いた。
じゅっ、という音がして、骸骨の頭が蒸発する。首を切断した時点で骸骨のHPがゼロになっていたが、こういったアンデットモンスターは頭が無事だとたまに復活することがある。そうでなくても、確実にとどめを刺すための訓練だ。
と、ルドラが一体をしとめている間に右手に回り込んできた別の骸骨が横合いから薙ぎ払いを打ち込んでくる。ルドラは障壁を展開しようとして、障壁を展開できる装備を持ってきていないことに気づく。慌てて回避しようとするが時すでに遅しだ。脇腹を斬り裂かれ、体からアンドロイドならではのスパークが散った。
昨日、レベル7で大暴れした癖がまだ残っているようだ。使えるものを使うのはいいが、剣だけでできることは増えたほうがいい。今度は振り上げを放とうとしてきた骸骨に対して、ルドラはビームセイバーを突き出し、斬撃がトップスピードに乗る前に潰す。輻射が強いビームセイバーだからこそできる芸当だ。
ビームセイバーを突き出した姿勢のまま、ルドラはレイダガーを左に薙ぎ払い、もう一体が振り下ろしてきた剣を逸らす。返す刃で対峙する骸骨へと触れんばかりの距離に接近し、その首を刈った。さらにもう一体の骸骨の胴体に向けてビームセイバーの突きを放ち、輻射で吹っ飛ばした。改めて向き直り、骸骨が立ち上がるのを待つ。今度はサーベルの間合いを維持したまま骸骨のサーベルを打ち払い、胴体にエネルギーの刃を打ち込んでいく。ほどなく、骸骨はその骨を蒸発させるようにして消滅した。
敵を倒した達成感もそこそこに、ルドラは次の獲物を探して探索を開始した。最初の遭遇で暗殺者的な戦い型になってしまったことを反省し、ルドラはダンジョンを闊歩する骸骨たちに対してできるだけ型に忠実にビームセイバーを振るい、一体一体丁寧に敵を屠っていく。大墳墓というダンジョン名なだけあって、骸骨系の敵には事欠かない。持っている武器も剣、槍、斧など様々だ。
しかし、レベル5の一般モンスター程度だとAIが緩い。ほとんどが大振りな攻撃で見切るのが容易だ。ここは生存能力を身につけるため、もっと大量の骸骨どもを集めたほうがよいだろうかと思案する。二十体くらいいれば、この装備で相手をするにはかなりきつくなるだろう。
そんなことを考えていると、そこに別の存在が現れたことを示唆する足音が響いた。
「おいおい、どうしてこんなところにクロノスのやつがいるんだ?」
見ると、そこにはファンタジー感満載の鎧やローブ、得物を持った五人ほどの集団がいた。魔法という設定が随所に使われていそうな意匠の武器は、おどろおどろしい墳墓の雰囲気とマッチしていた。それもそのはず、彼らは本来ここを訪れるべき魔人たち、ヴァルハラのプレイヤーだった。
彼らがネットゲームとしては不躾な言葉を言ってしまうのも無理はないだろう。ルドラはまず見た目からしてダンジョンの雰囲気から逸脱している。どこのファンタジーに骸骨騎士をビームセイバーで蒸発させるアンドロイドがいるだろうか。
見た目が関係ないにしても、他勢力のダンジョンを訪れるプレイヤーは少ない。WoAにおいてはダンジョンで様々な素材を集め、SCや装備、回復アイテムを作成してキャラクターを強化していくのがセオリーだが、基本的に他領のダンジョンで手に入る素材では自分の装備が作れないのである。一応売ればお金になるが、単なるお金稼ぎより自分の使えるレアアイテム狙い兼お金稼ぎのほうが楽しいに決まっている。
つまり、この場所においてルドラは完全に場違いな存在だった。大きな戦斧を背負ったリーダーらしき人物が怪訝そうな表情をしているのも無理はない。ただでさえ、勢力ごとに対立感情を煽るような設定とゲームシステムなのだ、スパイ映画じみた諜報活動や妨害工作をするプレイヤーもいないわけではない。
別に強盗と言う名のプレイヤーキラーをしているわけでもなく、特に後ろくらいところも無いルドラは、しかしこの男の疑いを利用することにした。
「まあね、ちょっと剣をぶつけ合う戦闘が恋しくなったんだよ。こっちじゃ銃器がメインだからさ」
演じるは不遜でフランクな戦闘狂である。ルドラは意識して犬歯を見せつつ笑みを浮かべた。
「せっかく敵対勢力のプレイヤーが出会ったんだ。五対一でいいからさ、剣を交えないかい? ああ、もちろんタダでとは言わない、それなりに籠もったからね、素材はたっぷりあるよ」
リーダーらしき男に近づいて今日手に入れたアイテムのリストを見せながら、ルドラはヴァルハラの戦士たちの様子を観察する。当然ながら、ぽかんとした表情だ。
「五人で一人を叩き潰すんだ。とっても簡単だろう? それとも、君たちは筋金入りの平和主義者なのかな?」
まあ、こんなところだろう。ルドラは口を止めてニコリと笑った。
流石に、ここまで言われて黙るようなことはなく、リーダーらしき男は険しい顔で問うた。
「あんたの目的はなんだ。俺には、あんたの提案が自殺志願にしか思えない」
もっともな問いだ。しかしルドラは努めて口角を上げて答えた。
「そのスリルが味わいたい、と言ったら?」
言いながら、ルドラは心の中で苦笑する。我ながら、狂った演技もしたものだ。
と、これまで黙って斧使いの男の後ろにいた弓持ちが、驚きを押し殺しながら言う。
「ハークさん、彼の名前、ルドラっていうみたいです。IDまでは覚えていないので断定はできませんが……」
「ルドラか……。確か、クロノスのランカーだったはずだが、まさか本物か?」
リーダーの斧使いは眉間の皺を深くしながら言う。ほとんど独り言のようだったが、ルドラはこれ幸いと答えた。
「そんなこと、どうでもいいでしょ。ここにいるのはただのレベル5の近接型のアンドロイド。ヴァルハラに潜り込んだだけのネズミだよ。ダンジョンじゃあSCの追加起動はできないってこと、知ってるでしょ?」
斧使いの男は、本心と演技が半分ずつ入り交じったようなため息を吐いた。
「そこまで言うなら、つき合ってやろうじゃあねえか。皆、こんなナメた口きかれちゃあ、黙ってるわけにはいかねえよなぁ?」
斧使いの男の一声で、五人組はそれぞれ得物を構え、陣形を整える。ルドラはそれぞれの風貌と装備を注視した。ネットゲームでは珍しくもなんともないことだが、全員男性だ、きっと気楽にゲームを楽しめているだろう。
リーダーの斧使いの男は大柄な体躯からイメージできる通り、近接型だろう。しかも得物が重量のある戦斧だ。一撃でも食らったら終わりだと思った方がいい。
看破スキルを用いて名前を探ってきた弓使いは当然ながら遠距離型だ。やや神経質そうな顔つきだった。同じ距離にいる杖を持つフードで顔を隠した魔術師らしき男も遠距離型だ。おそらくこの二人がこのパーティーのメインアタッカーだろう。
斧使いと並ぶのは頑丈そうな篭手を装備した格闘家だ。実直そうな雰囲気の彼は、近接型や後衛を守る防御型の役割を持っているはずだ。こちらの高出力ビームセイバーでものあの篭手を貫通するのは難しいだろう。
最後尾に控えるのは神官らしき格好をした回復役だ。見てみないことにはわからないが、もし回復スキルしか拾得していないのならかなりの回復能力を持つはずだ。恐らく彼が生きているかぎり格闘家の男が死ぬことはないだろう。
ざっと見て、バランスの取れているパーティーだなと思った。むしろ教科書的だと言っていい。SCという限られたリソースを割り振って能力を構築するこのシステムでは、数人が役割を分担することでプレイヤーは真価を発揮する、その体現だった。
本来、そんな五人に一人で挑もうなどというのは、自殺行為でしかない。ルドラも勝てるとは思っていないが、負けるつもりは毛頭無かった。
腰につけているギアの一つを叩き、直後、ルドラはバネ仕掛けのように斧使いの男に飛びかかった。クロノス固有アイテム「ESPギア」の一種、〈マグネティック・ギア〉の効果だ。足の裏に強烈な磁力を発生させ、ジェットじみた加速力を生み出す。今踏んでいる床はどうみても石造りだが、そこは気にしないでおく。
突然の特攻だ。斧使いの男の反応は明らかに遅れ、十分な防御の姿勢が取れていない。しかし、ビームセイバーが男の胴体を貫くことは無かった。
いつのまにか斧使いとルドラの間に割り込んでいた格闘家が、すんでのところでビームセイバーを握る手ごと蹴り上げていた。ルドラは突進を止めず、左手のレイダガーを振り抜いて斧使いの腕を切り裂いた。
「このやろッ!」
斧使いが後退し、格闘家がすばやく突きを放つ。ルドラは後ろに倒れ込むようにして回避し、そのまま格闘家の腕を蹴り上げた。格闘家は体勢を崩し、一手、こちらの行動を許す。
ルドラは再び〈マグネティック・ギア〉を使用し、遺跡の天井まで飛び上がった。空中で半回転して天井に着地し、ビームセイバーを構えながら弾丸のような勢いで飛び出す。
進行方向にいるのは、ローブを着た魔法使いだ。ルドラは最初のターゲットをこの男に決めていた。クロノス勢力には無い魔法使いというスタイルは、広範囲を一気に焼き払うことができ、ルドラのような機動力にモノを言わせるスタイルの天敵になりうる。追尾魔法など撃たれたときには目も当てられない。
今出すことのできる最大火力の一撃は、しかし、突如空中に出現した巨大な氷の盾によって防がれる。ビームセイバーの熱量によって氷が溶けだし、遺跡にぬるい雨を降らせる代わりに熱量の固まりである刀身から殺傷力が大幅に奪われた。
珍しいスキルもあったものだ、とルドラは落下しながら唸った。本来は遠距離での魔法の撃ち合いでアドバンテージを得るための魔法なのかもしれないが、接近されたら無意味な上、限られたスキル枠をわざわざ別のカテゴリの物に当てるのにはなかなか勇気がいる。
地面に着地したところで、神官スタイルの味方にすっかりHPを回復してもらった斧使いと格闘家が挟撃してくる。戦斧をビームセイバーで、篭手をレイダガーでいなしながら、ルドラは敵の編成について自分の見立てに修正をしていた。
このパーティーは各人がそれぞれの役割だけでなく、他の役割も少しずつできる構成になっているのだ。戦斧は攻撃だけでなく防御にも、格闘家は防御だけでなく攻撃も、そしてあの魔法使いの防御スキルだ。
そこまで考えて、ルドラは自分の迂闊さを呪った。そうだ、相手はヴァルハラのプレイヤーなのだ。ヴァルハラといえば「魔法剣士」の大御所、即ち、他勢力に比べて二つ以上の役割を持つスキル構成を作りやすい。
となれば、どう動くのが得策か。
斧使いと格闘家が続けて攻撃してくるのを見て、ルドラは考える時間もあまりないことを悟る。時間稼ぎも有効ではないだろう。
ならばと、ルドラは敢えて悪手を選択することにした。
攻撃対象を斧使いに変更。突進するようにして懐に入り、ビームセイバーとレイダガーによる連撃を叩き込む。当然ながら格闘家が割り込み、斧使いは距離を取る。ルドラはビームセイバーによる斬撃をすると見せかけて、格闘家に足払いを放ち、よろけた隙に斧使いへと接近する。
すぐに体勢を立て直した格闘家が挟み撃ちをするように迫ってくるが、ルドラは構わず二刀で斧使いを攻撃、手数で圧倒して斧使いのHPを半分ほど削った。
流石に格闘家が攻撃を妨害し、神官が回復をし始め、斧使いの体力はみるみるうちに全快する。
相手にとって、実に理想的な流れだ。近接型はその高い攻撃力の代償として防御性能はあまり高くないが、遠距離型に比べればまだマシはほうで、一撃で仕留めることは難しい。ルドラは未だ有効打を食らっていないが、ジリ貧であるこに代わりはない。
だが、まだ有効打を食らっていないことが、ルドラにこの流れが間違っていないことを確信させる。
単純なことだ。相手の遠距離型が誤射を恐れて攻撃できないのだ。食らえば致命傷の大魔法でも、誤射すれば味方への脅威となる。ルドラが斧使いの側を離れなければ放つことはできない。
時折弓使いが針に糸を通すような射撃を行ってくるが、斧使いの影ならば当たらないことが分かっているので、回避は容易だ。形勢が動かず、時間だけが過ぎていく。
と、流石にじれたのか魔法使いが杖を掲げ、魔法のチャージを開始した。味方を巻き込む気は無いだろうから、恐らく射撃系のものだろう、ホーミング機能もついているかもしれない。
「おい、やめろ!」
しかしリーダーの斧使いは声を張って制止する。誤射を恐れてか、弓使いからの射撃攻撃を散々避けまくったからかはわからないが、合理的な判断だった。有効打は無いとはいえ、格闘家からの素早い攻撃のせいでルドラも無傷ではない。このままいけばルドラの撃破も可能だっただろう。
だが、その命令が命取りだ。
ルドラは急に〈マグネティック・ギア〉を起動し、バネ仕掛けのように突進を開始する。狙いはたった今魔法のチャージを止めた魔法使いだ。これまで散々斧使いに攻撃していたことと、リーダーからの命令が彼の判断を一瞬遅らせた。その隙にルドラは一気に魔法使いまで接近し、突進の勢いを乗せてビームセイバーを薙いだ。
「ぐっ、くそっ」
耐久力が著しく低くなる魔法系遠距離型の定めとして、魔法使いは一撃でHPを全損し、光の粒子になって消滅した。デスペナルティによる拠点への強制送還だ。
「レインッ! くそ……やってくれたな……」
斧使いの男が苦い顔で突進してくる。ルドラはビームセイバーで受け流し、しかし距離を取らせないように立ち回る。
「おい、おめえら。今ので分かったな? とにかく、こいつの動きを止めるぞ。誰を狙ってくるかは、考えるまでもねえよな」
斧使いの呼びかけに、一人減ったパーティーの全員が肯定の意志を返す。遠距離型の魔法使いが撃破された今、ルドラが次に突破しなくてはならないのは回復役の神官だ。それ以外のメンバーを一息で倒しきることは難しいし、回復されるのがオチとなる。
役割をきちんと分けたパーティーを相手にする上で、回復役の撃破は避けては通れない道だ。さっきは行動を読ませないことで意表を着けたが、今度はそれも難しくなるだろう。
潮時だろうかとルドラは思ったが、しかし動きを止めることはない。相手が手馴れならば、それだけ学べることも多いのだ。
さて、これからどうするかと考えて、ルドラはやることがあまり変わらないことに思い至る。現時点でルドラが最も効率良くダメージを与えられるのは斧使いだ。ダメージを与え続けることで、神官は回復魔法を使用せざるを得なくなり、結果、足を止める機会が増すはずだ。
ルドラは引き続き、斧使いに張り付いて攻撃を続ける。だが斧使いも心得たもので、攻撃よりも防御に比重を置き始めた。面積が広く、頑丈な戦斧は剣や槍よりも防御に使いやすい。〈エコートレイザー〉の刃では分厚い鋼を貫くことはできず、さっきよりもダメージを与えられる機会が減っていく。
だが、防御できることと防御し続けられることは別の話だ。斧使いに対して、ルドラのビームセイバーとレイダガーの変則二刀流は手数で圧倒的に勝っている。防御の合間を縫ってルドラの攻撃は斧使いに次々にヒットし、あっという間に斧使いのHPが半分を切る。神官が回復魔法を使用し足を止めるが、格闘家と弓使いが迎撃できる布陣にいるせいで手を出すことができない。
ここは、そろそろ奥の手を使って速やかに状況を打開したほうがよいだろうか。ルドラはそう判断し、腰に着けた〈マグネティック・ギア〉ともう一つのESPギアを叩いた。
直後、ルドラの姿をした幻影が斧使いに切りかかり、ルドラは地を這うようにしてその場を離れた。味方への攻撃という重要なアクションに注意が引かれ、地面スレスレを磁力で移動するルドラは一瞬、魔人たちの視界から外れた。
斧使いに切りかかった幻影は、電子的なノイズが走ったかと思うとすぐに霧散する。元々、魔法使いとかに回避不可能な攻撃を使われたときの為にとっておくつもりだったが、今や杞憂だ。ルドラは敵の認識から外れたこの一瞬を利用し、必殺の一撃を用意した。
「デコイっ! 来るぞっ!」
斧使いが悲鳴に似た警告を発する。狙いは当然、神官だ。低い姿勢を保ったままビームセイバーを床に沿って構え、全身を使った切り上げを叩き込む。
その瞬間、神官の持っていた杖がカメラのフラッシュかと思うような強烈な光を発し、視界を塞がれる。だがルドラは構わず攻撃を続行した。
目は見えなかったが、確かに手応えがあった。ルドラは転がり込むようにしてその場を離れようとして、急に足が地面から離れないことに気がつく。
直後、視界が利くようになると、自分の影に矢が刺さっている光景が目に入った。なるほど影縫いとはベタだが、極めて有効だ。ルドラは地面を払うようにビームセイバーを薙ぎ、矢を焼いた。
その隙に、斧使いがスキルを乗せているであろう渾身の一撃を叩き込んでくる。無理な姿勢で剣を払ったために回避ができず、出力を強化したビームセイバーで弾こうとする。しかし、ルドラはそれに必要なENがもう残っていないことに気がついた。
「あーあ」
とにもかくにも、飛ばしすぎた。無論、五人を相手にするには無理をする必要があるわけだが、展開を急ぎすぎだ。斧使いの攻撃をわざわざ受ける必要もないのに、ビームセイバーの出力を常に強化しいていたのも敗因だろう。これもまた、レベル7に慣れているが故の弊害だ。
斧使いの渾身の一撃は、ルドラの残りHPを残らず吹き飛ばす。
デスペナルティによる拠点への強制送還が開始される前に、ルドラは親指を突きだして言った。
「つき合ってくれてありがとう。報酬はぼくがドロップするアイテムで手打ちにしてくれ」
斧使いの男は鼻を鳴らすと、振り下ろしていた斧を担ぎ直しながら言った。
「ったく、これだから本物は……。戦場で出会わないことを祈るぜ」
この戦いで先方はルドラがランカーであると推測したようだが、本人としてはコメントしづらいので黙っておく。視界が光に覆われたと思うと、次の瞬間にはクロノス領の特徴である未来都市の風景が眼下に広がっていた。
順当な敗北だった。五人を三人まで減らせたのだから健闘したほうだが、もう少しうまくやれたような気もする。クロノス勢力のアンドロイドの強みは強力なEN自然回復能力だ。スキルを使用し続けた場合の持続力はこちらの方が優れているので、相手にMPを使わせるような立ち回りをしてもよかったかもしれない。実際、神官のMPは結構な勢いで消費されていたはずだ。
それに筋力と持ち運べるアイテムの重量との兼ね合いで、ルドラはグレネードのような攻撃用アイテムも持っていなかった。アンドロイドのEN回復速度を司る部品「ジェネレーター」は、重ければ重いほど高性能なのだ。ルドラはアイテムを使った小手先の戦術よりも豊富なENを使用した機動戦術を得意としていたが、それにしたって閃光弾一つも持っていないのはやりすぎだ。
しかし、それよりも、明確な敗因が一つある。
「あの人たち、結構連携巧かったな」
特にトドメまでの動きが素晴らしかった。神官に下手な自衛能力を持たせるのではなく閃光で一時的に視界を奪い、他のメンバーの攻撃を確実にヒットさせるという戦術は効果的で、アタッカーの高い攻撃力を十二分に生かしていた。
もう少し前の彼らの動きを思い返して、斧使いと格闘家はほとんど言葉を交わしていないことに気づく。無言であれだけ息のあった攻撃をするのは、ルドラとバーツでも難しい。きっと長い間共に戦い続けてきたのだろう。何度格闘家にルドラの攻撃を阻まれたことか。
「連携……連携かあ」
今日、橙火が早口でまくしたてていた、戦争イベント中における他プレイヤーとの連携に当てはめようとするが、どうにも繋がらない。そもそも、レベル5とレベル7のSCは性能が違いすぎる。同じ土俵に立ったら足の引っ張り合いになるだけだ。
まったく、どうしたものか。
何か行動を開始しようとするときの癖としてメニューを開くと、現在時刻は十八時を回っていた。いい時間だ、そろそろ二人も帰ってくるだろう。
ルドラは鼻息を一つ吐き、メニューからログアウトを選択した。
チラシ裏的解説
・SCによる能力構成について
ウォー・オブ・アクロスではお金を消費してSCを起動し、能力を上昇させるキャラクター強化システムがゲームバランスの主幹となっている。一応全部の能力を上げることはできるが、技や魔法を覚えるSCは基本的に「技と関係のない能力値が減少する」ので万能キャラを作ることができない。そのため、ある能力に特化した能力構成を作っていくことになる。というか技や魔法を覚えるSCには「アタッカータイプ」とか「ブラスタータイプ」とかに銘打たれており、プレイヤーがそれに従っているだけである。レベル7以降になると複合型の能力構成が可能になり、こっちの名前はプレイヤーたちが好き勝手につけている。
せっかくなので今回登場した構成を紹介する。レベル5ではこれが全て。キャラクターの能力値も避けては通れないので一通り。ネトゲとかやってると説明するまでもないですが。
・能力値
能力値を強化するSCで以下の能力値を上げていく。尖らせたほうが強い。
「筋力」STR
力の強さのこと。棒で叩いて相手を殺すにはこれが必要です。
「頑丈さ」VIT
キャラクターのかたさのこと。分厚い胸筋にはきっと刃物も通らないのでは。
「素早さ」AGI
走る速度のこと。早く走れば弾丸だって回避できるはず。
「器用さ」DEX
手先の器用さのこと。弓を撃つのって素人には難しいですよね?
「賢さ」INT
キャラの知識の深さのこと。魔法だって科学なので対処法を知っていれば防ぐことなど容易いはずです。魔法の威力も知識があるのとないでは大違いです。
・能力構成
名称の元ネタはFF13のロールそのまま。シンプルな名称ってむずかしい……。
「近接型」アタッカー
強力な近接攻撃力を持つスキルを覚えるSCは装備すると賢さ(INT)の値が大幅に、頑丈さ(VIT)と器用さ(DEX)の値がそこそこ減少する。また、炎とか氷のような属性魔法に対す耐性がものすごく減少する。全ての構成に共通するが、勢力がユグドラシルの場合はこの補正がとても強く、ヴァルハラの場合は比較的小さい。クロノスは例外で、説明すると長いので次の機会に。
アタッカー系のスキルは相手の防御を無視したり防御を低下させたりするものが多くあり、敵の防御型の防御を崩して戦線を切り開く役割を持っている。ただし魔法にとても弱いため、魔法系の遠距離型に攻撃されると一撃で死ぬこともある。無謀な特攻はNG。
「遠距離型」ブラスター
遠距離から攻撃できるスキルを覚えるSCを装備すると筋力(STR)の値と素早さ(AGI)の値がそこそこ減少する。頑丈さ(VIT)は魔法系だと大幅に減少し、それ以外だとあまり下がらない。魔法系でも殴ろうと思えば殴れる。
ブラスター系のスキルは、その名の通り遠距離から敵を攻撃するためのもの。敵の射程外から攻撃したり、回復役を遠距離から暗殺したり、近距離型を牽制したりと、出来ることが多い。戦争イベントにおいて、多数のパーティーの遠距離型から放たれる大量の魔法と矢は花形である。
弓等の物理ブラスターと魔法使い等の魔法ブラスターでは大きく性能が異なる。物理ブラスターはそれなりの耐久力と攻撃性能を両立している。魔法ブラスターは、攻撃力がとても高く、魔法に弱い近接型を即死させることができるが、物理攻撃に異常に弱い。
「防御型」ディフェンダー
ディフェンダーのスキルを覚えるSCは素早さ(AGI)、器用さ(DEX)がものすごく、筋力(STR)が少し減少する。
ディフェンダー系のスキルは、攻撃の衝撃で吹き飛ばされにくくなったり、近くにいる味方の防御力を上げたりするなど、技よりもパッシブ的なものが多い。一応、威力は低いが敵の行動を阻害する攻撃技もある。今話の格闘家がそれ。
名前からして、前線に立って敵の攻撃をどっしりと受け止める役割を持つ。下がらないVITとINTで弓も魔法もへっちゃら。ただしAGIとDEXが低くなるので、防御を貫通してくる近接型は天敵。アタッカー、ブラスター、ディフェンダーの三種は三すくみの関係にある。
「回復型」ヒーラー
ヒーラーのスキルは筋力(STR)、頑丈さ(VIT)、素早さ(AGI)、器用さ(DEX)、がものすごく減少する。
ヒーラーのスキルは味方を回復したり、味方を強化したりするためのもの。その効果は非常に高く、今話のようにいるかいないかで前衛の生存率が全く違う。パーティー同士の戦闘では最優先目標なので真っ先に死ぬか最後まで残れるかがヒーラーと他メンバーの腕も見せどころである。
INTが下がらないので魔法系のブラスタースキルが使えるが、元々低い耐久力(特にHP)が更に下がるので玄人向け。ルドラが言っていた「下手な自衛能力」とはこのこと。