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ドリーミング・レジェンド Heros of Mercenary  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
Tutorial1「ランカー"ルドラ"の日常」
5/10

T1-4「深刻な高校生事情」

半年も空いた上、もう少しチュートリアルパートを続けます。申し訳ありません……。

「第252次WoA反省会ー」


「おー」


 場所は夕日が差し込む教室内。少女の気の抜けたかけ声と共に、ぼくらも同じくらい気の抜けた声を上げる。もはや恒例行事だけれど、このテンションは意図したものでは断じてない。


「まずはグラムジルバとの戦闘についてね。反省はいろいろとあると思うけど、何よりの課題点はSC構成だわ。元々ランカーは一人で戦うものだから、個人戦闘能力を最大限に上げていたわけだけれど、時には同じランカーや一般のプレイヤー達との協調が必要だってこと。具体的には……」


 我が物顔で反省会を取り仕切るのは、ウォー・オブ・アクロスでは耳元から指示を飛ばしまくっていた少女で、アバター名エクレア、現実世界では八倉(やぐら)燈火とうかという名の「高校生」だ。


「要するに、元々の遠近攻撃型(バスター)遠距離型(ブラスター)に加えて、指揮官の真似事もこなせってわけか? 手厳しいねえ、燈火様は」

「あんたには向上心ってものがないの? っていうか様付けすんな変態!」

 主張を押し付けていく燈火に対し、同席していたもう一人の少年はとぼけた調子で受け流す。こちらはウォー・オブ・アクロスにおいてハンドレールガンとゲートを操り、グラムジルバに止めを刺した張本人、ゲーム内では〈掌災〉のバーツ、現実世界では佐久間(さくま)信吾(しんご)という名の「高校生」だ。

 この二人が並ぶと非現実的というか、傍から見たら「珍しい」組み合わせなのだろう。燈火は高校生にしては小さめの体格で、色白なのも相まって大人しくしていればどこかの名家のご令嬢というか箱入り娘というか、外から隔絶されたような雰囲気を持つ少女だ。実際のところ、色白なのはネットに入り浸っているからだし、いつもバイト三昧ゲーム三昧で令嬢らしくしているところなど見たことがないけれど。

 一方、信吾は高い身長に恵まれた体格。毎日近所のサッカークラブで日に焼ける毎日で、浅黒い肌のスポーツ青年といったところだ。けれど、ぼくらの中で一番アニメを愛し、マンガを買い揃え、架空の少女に愛を叫ぶことに躊躇がないのは彼だろう。スポーツもゲームもしつつ、いつアニメを見ているのかはよくわからない。

 仮想(ヴァーチャル)がある限り、現実(リアル)が存在する。なんて、本当に仮想と現実が交錯している世の中じゃ、鼻で笑われるようなフレーズだ。この二人の前でなければ、そんな言葉は出てきやしないだろう。

 というのも、ウォー・オブ・アクロスでは〈幻晶壁〉のルドラと呼ばれるアンドロイド、現実世界では東山(とうやま)(しょう)という名の地味なメガネの「高校生」にとって、仮想とはあまりにも身近すぎて意図せずに吸う空気みたいなものなのだ。光が差せば、陰が伸びる。そんな台詞を言うのは、映画の登場人物、それこぞ「高校生」みたいな日実在青少年くらいだ。


 ややくどい言い方になってしまったけれど、つまり、言いたいことはぼくらが「高校生」だってことだ。正確に調べたわけじゃないけれど、多分、今の日本に百人もいない、日本人のための高等教育課程を受ける青少年。


 どうしてそんなことになってしまったのかと言えば、それはもうどえらい事件があったからだ。ぼくらが生まれた直後か少し前くらい、つまり十六年前に起こった出来事。


――日本電脳事変。


 その日、日本に住む全ての日本人の精神は電脳世界に囚われた。


 二言三言で表すなら、そんな冗談のような言葉になる。けれど、それが実際にあったのだということを今の世界が雄弁に語ってしまっている。そう、ヴァーチャル・リアリティ関連の技術だ。


 ほんの十数年前まで、構想こそあれ実現するには技術的な障壁が多くあり、夢のような技術だと言われていたVR技術は、日本国民を電脳に叩き込むという暴挙を以て世界にお披露目されることになった。日本国民が電脳から解放されて間もなく、彼らを幽閉していた技術は国連の主導により徹底的に調査された。その結果が、ヴァーチャル・ゲームが流行する今の世界であり、今の日本の発展そのものだ。


 だけど、日本人のほぼ全員が電脳世界に閉じ込められてしまったのなら、それ相応の犠牲者が出るに決まっている。例えば、持病を持っていた人や事変前後のゴタゴタで事故にあった人。彼らは幽閉される前や幽閉されてから数年経って、誰にも看取られることなく死んでいったという。


 そしてなにより、子供だ。生まれたばかりの赤ん坊が、電脳世界への幽閉に耐えられるわけがない。彼らの多くは死亡し、そしてなぜか、ぼくらは生き残った。どうしてぼくらが生き残ってしまったのか誰も教えてくれなかったし、事件が終わった時点でまだ五歳かそこらだったぼくらには知る由もない。それどころか、自分たちが正確にはいつ生まれたのか、誰が両親だったのか、それすらも分からないのだ。それだけ、事変前後の混乱はすさまじいものだったのだろう。


 というわけで、日本電脳事変の五年間前から事変が終わるまでの世代は、ほとんど人口がゼロの「失われた世代」ということになっている。人工グラフを作ったら、ワイングラスみたいなことになるだろう。


「そもそも、クロノスのランカーはスタンドプレーをする奴らが多すぎるのよ。あんただって周りに人がいたら巻き込むき満々の戦い方じゃない」


「巻き込むつもりなんてねえさ。周りが勝手に飛び込んでくるだけってな。美少女ゲームみたいに」

「なにそれ下品な冗談。そんなだから運動部のくせにマネージャーの女の子に煙たがられるのよ。損失だわ、資質の」


 ぼくが考え事をしている間に、燈火と信吾は茶々と罵倒の応酬を続けている。そんな場に、新たな人物が加わった。


「ハイ! お三方! ごきげんいかが! またゲームの話ですか!」


 教室の扉を開いて入ってきた大柄で黒っぽい肌の少女が、快活で流暢な日本語を喋る。今や珍しくもなんともない光景だ。


「おう、ニア。今日も燈火様を連行しに来たのか?」


「連行なんて人聞きが悪いなー。任意同行と言っていただきたい」


「同じ意味でしょそれ……あと様つけんな変態が」


 当然と言えば当然なんだけど、そんな人口の「穴」を抱えることになった日本は、積極的に海外からの移民を受け入れるようになった。そういうわけで、ぼくらが通うこの学校のほとんどのクラスはそんな移民の人たちのためのもので、ぼくらはその一教室を間借りしているような状態だ。授業は同じものがあったりそうでなかったり、ちょうど学科の違う生徒みたいな感じだろう。


 ニアは燈火と比べると相対的に大きく見える両腕で彼女を捕捉すると、気持ちのいい笑顔で言った。


「というわけで先輩、今日こそ我が演劇部に入って頂くんですから、同行願いますよ!」


「あーはいはい。行けばいいんでしょ。行けば」


 台詞だけ聞けば乗り気じゃなさそうだけど、まんざらでもない表情だ。バイトにゲームにといつも忙しそうにしていて、人を寄せ付けないオーラととがった言葉を無視できないレベルで放つ燈火は、やはりというか女友達があまりいない。そんな中でニアたち演劇部の面々は、燈火にとって貴重な女子会メンバーなのだろう。ちなみに一度信吾が覗きに行った結果、携帯端末に悪質なウイルスを送りつけられてお釈迦にされた事案があったので、演劇部で何をしているのかは不明だ。


 と、ニアに連行されながら、燈火が思い出したように口を開いた。


「そういえば、緊急のバイトが入ったから、今度の戦争イベントには出られないわ」


「おいおい、俺たちゃ男二人で戦争しなきゃなんねえのか。寂しくなるなあ」


「次のイベントはちゃんと出るわよ。というか男の寂しいとかキモい言動でしかないわ」


 そんな燈火の捨て台詞が残った教室で、ぼくと信吾は顔を見合わせる。


「おいおい大将、こりゃ見返さなきゃ男が廃るってもんじゃねえか?」


「どうかな、いい成績を出したら逆に拗ねるかも」


「ははっ、どうだかな。ま、次のイベントまで五日あるんだ。秘密の特訓でもしてやろうぜ」


 信吾は右腕で力瘤のポーズをとった。ぼくは苦笑しながら、教室の前に移動する。


「その前に部活でしょ。日誌届けてくるから、先に行って来たら?」


「まったくその通りだぜ、大将。んじゃ、お言葉に甘えて」


「お言葉に甘えるならその大将って呼び方はなんとかならないのかな?」


「まあそう言うなよ。俺が落第せずに済んでんのも、翔が勉強教えてくれるおかげなんだぜ? 燈火じゃ何言ってるか分かんねえからな」


「そうかな、信吾は飲み込み早いほうだと思うけど」


「物事の八割は()()()()()だぜ。そういうのを見つけて教えられるのは、それはそれで才能だろ」


「そんなものかな」


「多分な。それじゃ、俺は行ってくるぜ」


「はいはい」


 信吾は運動部特有のきびきびした動きで教室を後にする。誰もいなくなった教室で、僕は教卓から学級日誌を取り出し、広げた。


 この日誌はクラスの日誌というより、交換日記のようなものだ。ぼくら三人は出自もバイトも色々と特殊すぎるので、面談のような普通の方法だけではちゃんと理解できない、というのがぼくらの担任の言い分だった。少しは高校生らしい文章でも考えとくんだな、というのも当時の台詞だったか。


 日誌にはぼくが見た範囲内で、今日の授業を受ける燈火や信吾がどんな様子だったか書いていく。そういえば、燈火は少しだけ上の空だったような。歴史の授業中に先生にあてられえて、堂々と「もう一度言って頂けませんか」と聞き返す様子は人種問わず笑いを誘ったけれど、質問に対して完璧に答えることを信条みたいにしている燈火にしては珍しいことだった。


 日課のようなものなので、深入りして時間をかけるつもりはない。そんな感じに出来事を箇条書きにして、ぼくはこれを渡すべく職員室まで足を運ぶ。


 職員室と言えば、この学校の中で最も日本人の比率が多い場所だ。ぼくらの世代は人工が壊滅的だけれど、もう十歳上はその限りではない。そんな場所にあって、ぼくらのクラスの担任は、恐ろしく目立つ存在だった。


 まず、女性にしてはかなり背が高い。肌はアジア系の黄色で、黒髪黒目であることを疑いたくなる体格だ。体のパーツの一つ一つが大きくてバランスが取れているから、遠目から見ても長身であることが分かりづらいけれど、近くに寄ると自分が小人になったような感覚を覚えさせられる。口調も男勝りで、女傑と呼んで差支えない。


「失礼します。坂口(さかぐち)先生!」


 軽く断って、その担任のデスクへと向かう。近づくほどに自分が小さくなっているような錯覚に囚われつつ、日誌を差し出した。


「ああ、東山か。最近お前が持ってくることが多いような気がするが」


「確かに、最近は燈火が演劇部に遊びに行くことが多いですからね。信吾に対する抑止力になってない感じで」


 そう言い訳すると、坂口先生はわざとらしくため息を吐く。


「はあ、抑止力か。大方、お前が持ってくと申し出たんだろう。その表現は少々違うんじゃないか」


 ぎくりとする。一理あるかもしれない。


「多人数ならいざ知らず、一対一だとお前は過剰に身を引く癖がある。たまには日誌くらい押し付けたらどうだ。それができない仲でもなかろう」


「そうかも、しれませんね」


 この大柄な女性は、燈火とは別方向の女傑だ。燈火が有無を言わさないのに対して、坂口先生は確実に痛いところを突いてくる。けれど、痛いところをついて勝ち誇るようなことはせず、淡々と指摘するから痛みは引きずらない。


「日誌はそこに置いておいてくれ。目の前で読まれたくはなかろう。ところで、二年生になって一か月経つが、どうだ、実感は」


 この女傑はよく「実感」という言葉を使う。他の人が「どう思う?」というのを、「実感はどうだ?」と聞くのだ。そのちょっとした特徴を意識しつつ、ぼくは考える時の癖でメガネに手をやる。


「なんというか、移民の生徒の後輩ができて、一気に交友関係に色がついた感じがします。比較的年齢が上がって、日本の小学校や中学校で教育を受けていない人もそれなりにいますし」


「ふむ、まあそうだろうな。私の親の世代では、外国人と深い交友関係を持つには短期留学とかが必須だったからな。日本にいながら外国の生徒と交流できるお前たちはなかなか特異だな」


「それは会社とかでも同じではないのですか?」


 ぼくがよくVR技術関連でバイトに行っている会社では、様々な人種が共に仕事をすることなど日常茶飯事だ。


「思春期の時点で、と加えておくべきか。お前の歳でこういう体験ができるというのは貴重だぞ。最も、それは他の移民の生徒も同じか」


「そうですか……」


 会話が途切れたところを狙って、ぼくは軽く断って職員室を後にする。どうにも、あの担任は苦手だ。悪い人ではないし、むしろ話していてためになることのほうが多いのだけれど、疲れてしまう。


 さて、今日はバイトもない。さっさと帰ってしまおうか。そう考えたところで、そういえば今日の授業で課題が出ていたなと頭の隅で想起して、半自動的に足を図書室に向けてしまう。


 人もまばらな本棚の合間、ぼくはそこにある人物を認めて声をかける。


「やあ」


「やあ、こんにちは、ごきげん麗しゅう」


 顔を上げたのは、なんだかんだで数少ないメガネ仲間、名前をユウカという。日本人らしい名前の響きと、どう見ても日本人な顔立ちからぼくと同郷に思えるけれど、彼女はれっきとしたアメリカ生まれ、アメリカ育ちだ。


 日本電脳事変がもたらした変化の一つに、海外に住む日系人が増えた、というものがある。詳しく知っているわけではないけれど、日本電脳事変によって囚われた日本人たちの一部は、事変が終わる前に救出されている。このへんの理由には諸説あって、胡散臭い話も数多くあるのだけれど、それは別の話だ。


 とにかく、日本電脳事変が起こる中で、数十万人ほどの日本人が日本から脱出した。その人たちは日本本国に帰るわけにもいかず、救出された場所に帰化することになった。


 ユウカの事情は、少々特殊だ。詳しくは効いていないけれど、彼女が物心ついた時、既には父親がいなかったらしい。ユウカの母親はどういった因果か日本から救出されてきた日本人と再婚し、継父の仕事の都合からこっちにやってきたとのことだ。家庭環境と生活環境がどちらも大きく変わった当時の彼女の心労はいかほどか。ずっと日本暮らしのぼくには想像もつかない。


 そんなことは顔に出さず、ぼくは鞄から今日の宿題を取り出す。


「あ、君も宿題か。世界史?」


「うん。黒木先生のやつ」


「わたしも同じだよ。よし、じゃあ十字軍の所業について君の意見を聞かせてもらおうかな?」


 冗談めかして言うユウカに苦笑して話を合わせつつ、ぼくは機械的に宿題に取りかかった。







チラシ裏的解説

・「日本電脳事変」

 要するに前作で起こった事件のこと。突如として日本国土内のほぼ全員が意識を電脳世界に囚われてしまってから、彼らが解放されるまでの一連の事件のことを示す。日本電脳事変終結のきっかけは当時世界各国で解放されていた「日本製」VRMMO「ギルガメッシュ・オンライン」と関係があると言われているが、詳しくは不明ということになっている。

 ところで外国人プレイヤーの言葉が普通にルドラに通じている時点で、何かがおかしいですよね?

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