T1-3「水上都市攻防戦」
エクレアの示した合流地点は小高い丘で、グラムジルバたちの様子がよく見えるスポットだった。
「こっちが離れても行軍スピードは変わらずか。今回の〈深淵の魔神〉の能力はMPがほぼ無限で大量の魔法を瞬時に放つことができる代わり、魔法のレベルと移動能力に制限が掛かるってところだな。エクレア、さっきの接敵で分かった情報は?」
バーツの質問に、エクレアが立て板に水の解説をする。
「概ね、あんたの推測した通りよ。一定時間の間、MPの回復速度がチート気味になっている上に魔法の発動時間ゼロ。能力値に関しては制限を受けているというより、元々強化していないわね。その代わり、習得している魔法の種類が多い……。リスト化するわ」
すぐに、ルドラの目の前にグラムジルバが現在習得している魔法が表示される。戦闘時間が長ければ長いほど、〈看破〉系スキルは相手の情報を剥き出しにしていく。
「うわ、すごい数。レベル6の魔法がマイナーってもあるけど、見たことがないのも多い……。このSC構成って、防衛型ってより汎用型って感じだね。これなら射程外から狙われない限りどんな相手にも対応できそうだ」
〈深淵の魔神〉の通り名で呼ばれるグラムジルバは普段、獅子の面影を持つ巨人の姿で、大火力の魔法を連発し、大幅に強化された能力値と巨体を用いて周囲の敵を薙ぎ払っていく様子が印象深い。知識として知っていたとはいえ、今のグラムジルバの戦闘スタイルは新鮮な感じがした。
ルドラは続けてリストに目を通しながら、その印象を思うままに口にする。
「ここまで魔法が揃っていれば、攻城戦でも野戦でもかなり活躍できるんじゃないかな。〈憑依〉の効果もずっと持続しているわけだし、どうしていつもは使わないんだろう?」
「そりゃ、決まってるだろ」
ルドラの疑問に、バーツが即答する。
「火力に特化して暴れたほうが、個人の戦功が高くなるからさ。それに、悠長に味方を援護しているよりも、大火力で焼き払ったほうがてっとり早いだろ」
もっともな意見だ。ルドラは頷く。
「……ということは、今のグラムジルバの状態は少し不本意、ってことかな。確か、いつものあれは制限時間が短いんだよね?」
今度はエクレアが答える。
「ええ、いつもは〈深淵の魔神〉を発動している最中のグラムジルバには近づくなっていうのが、こっちの通例だわ。時間内ならいくらでも暴れられるのはかなりのアドバンテージだけれど、今回のような行軍には向かない。あれはいつものより効果時間は長いみたいだけど、あななたちを討ち損じているわけだしね。今頃冷や汗の一つでもかいているかもしれないわ」
「あいつが冷や汗をかくのかね」
ルドラとしてはバーツの意見に賛同してしまう。あの恐ろしい胆力を持つグラムジルバが、冷や汗などかくのだろうか。
だが、エクレアの言ったことももっともだ。グラムジルバが攻撃スタイルで襲いかかってきていたら、ルドラたちはとっくのとうに消し炭になっていただろう。決定打こそ与えられないが、こうして戦場に留まれるということは、それだけ選択肢を増加させる。
「とにかく、今はENの回復に勤めなさい。相手が何をしようとしているのか分からない以上、この時点での対処はできないわ。次の攻撃は、グラムジルバが水上都市のトーチカの射程内に入ったらにしましょう」
「了解だよ」
異論はなかった。しかし黙々と歩き続けるグラムジルバの巨体を眺めていると、嫌な予感が頭の裏から離れなかった。
水上都市ネプト。海上を覆うメガフロートが幾重にも積み重なり、立体的な構造となっている未来的都市。
クロノス領西方にある、「海」の要所だ。南をエンケドラス要塞に守られ、開けた海上には他の戦場へと向かう戦艦やクロノスのプレイヤーを乗せた護衛鑑が針の山。その立地から、クロノスの拠点の中では最も落としにくい場所として知られる。
それ故に、ランカーのような爆弾ではなく、普通のプレイヤー向けの拠点となっている。今回のイベントでは、それが裏目に出た形だった。
ENを回復するだけのじれったい時間が過ぎ、グラムジルバが水上都市ネプトの城壁に近づいたとき、ルドラは悪い予感が当たったことを確信する。
グラムジルバが、急に味方の軍勢に強化魔法をかけまくりはじめたのだ。足下にいるヴァルハラのプレイヤーたちのステータスに、目を疑う数のアイコンが追加されていく。アイコンの数に応じて、魔人たちのステータスは積み重なるように上昇していく。
「おいおい、同系統のバフが累積するってどういうことだよ……。エクレア、何かわからないか」
通常、攻撃力が上昇する強化魔法を二種類以上使っても、強力なほうが適応されるのみで、効果が重複したりはしない、だが、今のグラムジルバはその常識を完全に無視していた。
バーツが問うと、ややヒステリックな声が帰ってくる。
「今分かったわよ! あいつ、これを隠してたんだわ! もう! グラムジルバの『防衛スタイル』なんて名付けたやつはどこのどいつよ! あいつの切り札は、かけたバフの数によって味方を強化できるスキルなんだわ! 無駄に多かった攻撃魔法は隠れ蓑か!」
MP実質無限、無詠唱かつ瞬間発動、多重発動、強力な味方強化能力。これだけ強力な効果なのに今まであまり使わなかったのは、先ほどバーツが言った理由なのか、それともこういう時のために取っておいたのか。
グラムジルバの足下の軍勢が、その手に魔剣や斧、その他有象無象の武器を手に、城門へと殺到する。城壁からスナイパーライフルやアサルトライフル、グレネードが飛んでくるが、全てグラムジルバの発生させる障壁によって無効化されてしまう。
特殊な合金で出来ているという設定の城門がすぐに破られるということはないだろうが、これでは時間の問題だ。
「今しかない。やれるかどうかは分からないけど、ここで止めないとまずいことになる」
ルドラが確認するように言うと、バーツが同調する。
「ああ、そのようだな。ま、退屈してたところだ、派手にやろうや」
「うん」
善は急げだ。二人は全速力で戦場まで駆ける。
「第一目標はグラムジルバの援護を受けているヴァルハラのプレイヤーよ! 一人ずつ、確実に潰して」
「了解っ!」
バーツが答え、〈コンバット・ゲート・プログラム〉を起動。六本のハンドガンを虚空から出現させ、同時に発射する。ルドラもそれに合わせ、ビームセイバーの柄から追尾弾を、ハンドガンから光弾を発射する。
狙いは透き通る赤色という魔法剣らしい大剣を構えたフルプレート鎧の男だ。バーツの能力によって集中されたエネルギーが襲いかかる。
が、そこに邪魔が入った。グラムジルバの多重障壁が高い密度で展開され、ヴァルハラの戦士を守る。余波で周囲のプレイヤーに打撃が入るが、ダメージは軽微だ。
「ちっ! なるほど、多数の人間を守るのは無理だが、ターゲットを絞れば可能ってことか。こいつはやっかいだぜ」
「いや、バーツ。それだけじゃない。先頭の人たちのSC構成、少しおかしくないかな。レベル5だけど、近接型じゃない、近接防御型だよ」
ルドラが分析スキルを簡易的に発動させながら言う。レベル7の強力な能力ならそんな心配はいらないが、レベル5で二つ以上の能力を延ばすと、どうしても途中半端になってしまい、実用性が薄れてしまう。ヴァルハラのSCは他勢力と比べて二つ以上の能力を延ばしやすいが、レベル5では近距離で魔法属性の攻撃ができたり、回復・補助スキルを習得できる程度だ。攻撃と防御を両立できるほど能力増加値は大きくない。
「やられたわね。そいつら、Aランクプレイヤーよ。装備もSCも、いいやつを持っている。同じギルドのメンバーみたいだし、最初からグラムジルバの補助を受けて戦うつもりだったんだわ」
「エンケドラ要塞からの強行軍も折り込み済みってか? つまりあいつら、元々ここを突破するつもりだったわけだ。ちぇ、嘗められすぎだっつの」
エクレアもバーツも、驚きに声を上げることはない。しかし、声音に焦りを隠しきれない。焦りを静めるための会話が必要だった。
「なら、嘗めたことを後悔させなきゃ、でしょ?」
ルドラが言うと、バーツが虚を突かれたように振り返った。力強く頷くと、バーツはにやりとした表情を返した。
「まったく、その通りだぜ。ここが敵地のど真ん中ってこと、よーく思い知らせないとな。んじゃ、出し惜しみはナシだ。エクレア、〈指揮〉を使うぞ」
「了解よ。発破かけてやりなさい」
バーツは一度戦線から離脱し、手元に出現させたゲートから大口径のハンドガンを抜きながら宙に向けて撃った。放たれた弾丸は上空で炸裂し、花火のように派手な幾何学模様をまき散らす。
『クロノスランク9〈掌災〉のバーツより通達。これよりヴァルハラランク1〈深淵の魔神〉グラムジルバの迎撃及び撃破作戦を開始する。ちょいと火力が足らないんでな、ありったけの自走砲を持ってきてくれ。報酬は見ての通りだ。作戦開始はニイマルゴーゼロ、それまでに身の振り方を考えてくれよ』
Aランカー以上のプレイヤーが使うことのできる〈指揮〉コマンドは、一定範囲にいる同じ勢力のプレイヤーに連絡を行うことができる。これだけ響かせても敵勢力のプレイヤーに情報が伝わらないのは、大きなメリットだ。同時にエクレアがグラムジルバの位置予測を周辺のプレイヤーに通達する。
バーツが〈指揮〉を使ったことに呼応するように、グラムジルバが吼えた。その巨体の頭上からオーロラのようなものが同心円上に広がっていく。どうやらグラムジルバも〈指揮〉を使ったようだ。
「場と戦力は用意した。エクレア、遠慮無く使ってやれ」
「事後報告ね。まったく。作戦なんて考えてないんでしょ?」
「まあな、そこは我らの参謀様が考えてくれるさ」
「言ってくれるじゃない」
そう軽口を言うバーツとここには居ないエクレアに、ルドラは思わず羨望の感情を向けてしまう。自分と違って、この二人には決断力と「明るさ」がある。それが生まれ持ったものの違いなのか、ルドラには分からなかった。
「一から作戦を練るわ。あんたたちの持ってるSCとアイテムを開示し直しなさい。それからグラムジルバの足下にいるやつらの能力をできるだけ見ておいて」
「了解」
返事と同時に行動を開始。ルドラとバーツは宙へと飛び出し、再びグラムジルバたちと交戦を開始する。城門と挟み込むようにして牽制し、障壁と魔法を分散させる腹づもりだ。
城門への攻撃はやや弱まったものの、グラムジルバは完璧に自分の役割をこなしていた。的確に味方を守り、城門の上の砲台を焼き、敵からの攻撃を自分に引きつける。
そしてついにヴァルハラのプレイヤーたちの攻撃によって巨大な城門が崩壊した。グラムジルバの障壁に守られながら、ヴァルハラの「魔人」たちが街中へとなだれ込む。
「これ以上のフォローは無理ね。下のやつらを狙って! Aランクのは無視よ、マークしておくわ」
「なるほどなぁ、了解だぜ」
ルドラとバーツは城壁を飛び越え、街中へと入ってきたヴァルハラの戦士たちを迎え撃つ。先陣を切っているAランクプレイヤー五人は無視し、その他の魔人たちに攻撃を集中する。
今度は、グラムジルバに妨害されずに済む。Aランクップレイヤーを集中的に守っているのか、それとも先陣を守ることを重視しているのか、いずれにせよエクレアの読みは正しかったようだ。流石にグラムジルバといえど、敵陣に突っ込んでいる時にすべての仲間を守ることはできない。
やがて、城門をくぐるようにしてグラムジルバが姿を現す。街中からかき集められた自走砲台が火を噴きグラムジルバを襲うが、多重障壁で難なく防がれる。
再びバーツが拳銃を上に向けて撃った。
『グラムジルバ本体は障壁の密度が高い。レールガンでも無理だ。他のヴァルハラのやつらを狙ってくれ!』
同時にグラムジルバも〈指揮〉を使う。クロノスのプレイヤーたちが操作する自走砲台がヴァルハラの戦士たちを狙うが、同時に魔人たちは散開を開始し、それぞれ自走砲台へと走っていく。
ヴァルハラの戦士たちの数はほんの三十程度だが、散開した彼らの中心にいるのはグラムジルバだ。降り注ぐ砲撃は障壁によって防がれ、思うように数を減らせない。何人かのヴァルハラの戦士が砲台へたどり着き、操作するプレイヤーもろとも獲物で破壊していく。
当然、こちらも黙っていない。自走砲台へと突っ込んできたヴァルハラの戦士を、クロノスのプレイヤーたちが取り囲み、銃撃を浴びせる。しかし近接型の持つやや高めの防御能力にグラムジルバの強化が上乗せされ、動きを止めるには至らない。特にグラムジルバとグルだと思われるAランクプレイヤーたちの活躍は圧倒的だった。地上に置かれた自走砲台が次々と破壊されていく。
ルドラとバーツも当然攻撃に加わるが、次に大規模な攻撃をするために、ENを大量に消費する行動を取ることが出来ない。確実に一人ずつしとめているが、時間が掛かりすぎだ。
こちらにもっとレベル7のSCを使ったプレイヤーがいれば話は違っただろう。拠点の一つである水上都市ネプトならば、クロノスのプレイヤーは自由にSCを起動できる。だが、それは起動するためのCEという大金を持っていた場合の話だ。当然ながら、倒されて紛失する危険性がある戦場に、大金を持っていく者はあまりいない。街にある銀行や倉庫から持ち出せば話は別だが、それにはワンアクション必要だ。
これこそが、グラムジルバが最初から狙っていた明確な形だったのだろう。相手が迎撃体勢を十分に整える前に、強化した仲間たちと共に一気に街の中心部まで進入。そこにある「コア」を破壊し、この街を「陥落」させる。
力押しに次ぐ力押しだ。バーツが考えから除いてしまったのも無理はない。
だが、力押しにはそれなりの代償が伴うものだ。
グラムジルバが、エクレアの予想した進行地点までたどり着く。そこは現代でいう高速道路のジャンクションで、道路の上には所狭しと自走砲台が並んでいた。丁度取り囲まれた形のグラムジルバは、しかし逆に威圧するように咆哮する。
「できた! 二人とも、さっさと目を通しなさい!」
その咆哮にも負けない気迫のこもった声が耳元から響き、ルドラは思わず苦笑する。すぐにゲームメニューを出現させ、エクレアの作った図解入り作戦案を読み始める。
読解には十秒もかからなかった。それだけ単純明快、だが少し準備が必要だ。
「さあ、さっさと実行しなさい!」
再び激が飛び、ルドラはゲームメニューから「スキル・クリスタル」の欄を選択。いくつかのSCの効果を解除し、新たにSCを起動する。まったく、作戦案の最後にも「さっさとやれ」と書いてあるのだから、始末が悪い。
「承ったぜ、エクレア。大将、準備はいいか?」
早々に準備を終え、〈指揮〉を飛ばしたバーツが聞く。
「うん、今終わった」
「いいわね? ぶちかましてやりなさい!」
三度指令が飛び、二人は宙へと駆ける。ルドラはジャンクションの柱を縫うように、バーツはグラムジルバの進行方向に立ちふさがるように移動する。
『第一射、撃ち方始め! 撃え!』
バーツがノリノリで〈指揮〉を発動し、ジャンクション上の自走砲台が火を噴く。「撃え」を待たずして発射してしまった気の早い砲撃手もいたが、それはご愛敬。まさに一斉射撃だ。
高架上にある砲台までは、レベル5のプレイヤーではたどり着くまで時間がかかる。砲撃はすべてグラムジルバの元へ吸い込まれていった。徹甲弾、レーザー、プラズマ弾、ナパーム弾その他諸々が、一カ所を目指して飛んでいく。
腹の底に響くような轟音。衝撃波による土煙エフェクトやプラズマの残滓がグラムジルバの姿を覆い隠し、同時にグラムジルバからの視界も塞ぐ。
「やったか……」
砲撃手の誰かが、そう呟いた。
それに応じたわけではないだろうが、直後、バーツはゲートを発生させ、グリップのついた双眼鏡のような、奇妙な形の武器を抜く。
果たして、煙の中から現れたグラムジルバは、再び咆哮を上げた。やはり、全くの無傷だ。
バーツはゲートを多数展開。様々な形のハンドガンを出現させ、一斉射撃を行う。こちらも徹甲弾、ナパーム弾、ソフトポイント、炸裂弾等々、多種多様だ。バーツ曰く、俺はハンドガン以外使わない主義、だそうだが、本当にハンドガンかどうか怪しい武装も少なくない。
グラムジルバは攻撃に呼応し、障壁の展開と攻撃を同時に行う。バーツの周囲には禍々しい朱や藍の魔法陣が多数展開される。
と、それらを塗り変えるようにして青い電子的な意匠の魔法陣……もとい障壁が展開される。
「待ってたぜえ! 大将!」
バーツのかけ声に視線で応じ、ルドラはさらに大量の障壁を展開。バーツをグラムジルバの魔法から守りながら、障壁を蹴ってビームセイバーをレイピアのように構えて突進を敢行する。
初撃の焼き直しだ。渾身の一撃はグラムジルバの作る透明な障壁に阻まれる。ルドラはそれを気にせず、逆にグラムジルバの発生させた障壁を蹴って離脱する。そしてすぐに次の突進の為に軌道を変えた。
ルドラは突進による一撃離脱を繰り返し、グラムジルバに防御の一手を選択させる。バーツも攻撃を絶やさず、こちらへの魔法攻撃が目に見えて減る。
「さあて、そろそろかね」
バーツがエクレアに確認を取る。
「ええ、高架上の砲台はすべて発射準備が整っているわ」
「読まれてなきゃいいけどね」
ルドラは思わず弱気な発言をしてしまったが、意外にもエクレアからの叱責は飛んでこなかった。代わりに、バーツの不適な笑い声が入ってくる。
「ま、そんときはそんとき。それでこそって言ってやるのさ」
そうだ。これはあくまでゲーム。勝利も、敗北も、楽しんでやらなければ。
ルドラの表情が変わったのを見たからか、バーツは視線を外し、〈指揮〉を発動する。
『これより三十秒後、全力での攻撃を開始する。恐らくこいつを逃したら、もう間に合わねえ。各員、悔いのねえようにな』
バーツは巨大化させたカッターナイフの柄のような奇妙な武器を抜き、高らかに掲げる。青く透き通る、形はカッターナイフそのままの刃が、水上都市のマップ特有の強い日差を反射して輝いた。
同時にバーツはカッターナイフ的フォトンセイバーを前に振り、その刃を射出した。
タイマンでやられたら嫌な攻撃手段だ。しかも砲撃の指示をしたと見せかけるフェイントでもある。だが、危なげなく展開された障壁に阻まれた。バーツは嫌な顔ひとつせずに武器にENを流し、新たなカッターナイフ型の刃を出現させる。
そして、突撃。ワープを挟み、バーツはグラムジルバへの距離を瞬時に詰める。フォトンセイバーを振るうが、やはり障壁に受け止められた。
その間、黙っているルドラではない。高速で飛び回りながら、突撃を繰り返す。しかし、そのことごとくを受け止められる。
やはり、グラムジルバは視界の拡張やレーダーのようなスキルを持っているのだろう。そうでなければ、このような芸当はできない。とはいえ、180度以上の視界や立体レーダーを使ったところで、普通のプレイヤーには情報量が多すぎて扱い切れない代物だ。ここにもグラムジルバの異常性が現れている。
「メインディッシュだ。行くぞ、ルドラ」
「うん」
バーツがアバターの名前をそのまま呼んだということは、彼もまたそれなり以上に緊張しているということだ。ルドラは気づかれないように微笑んだ。
ルドラは障壁を蹴って飛び、グラムジルバの頭上を越えてバーツと合流する。
『さあ、始めるぜえ! 第二射、撃ち方始め! 撃え!』
バーツが〈指揮〉を発動し、再びの轟音が響きわたる。今度はタイミングぴったりだ。
バーツは周囲にゲートを出現させ、多数のハンドガンの銃口をグラムジルバに向けた。さらに、バーツは左手にずっと持ってチャージを完了させていたハンドレールガンを構え、発射する。
雷のような轟音が頭に直接響く。ルドラはこれほど近くでハンドレールガンの発射音を聞いたことがない。思わず顔をしかめた。
だが、その動きをグラムジルバは正確に察知していた。レールガンからの射線へと、入念に多重障壁が展開される。これでは、第一射目の焼き直しだ。
次いで、全包囲から迫りくる砲弾に対して透明な障壁が正確に展開される。これほどの物量でも、グラムジルバの防御は揺るぎない。
ルドラがエクレアの作戦案を読んだとき、やはり、グラムジルバの持つこの能力は、戦術として完成されたものなのだと感じた。正面からでは決して崩すことのできない、正に鉄壁の守りだ。破るには、それを越える圧倒的破壊力が必要となる。
だが、それはあくまで一つの戦術としての話だ。同じ次元の戦術で歯が立たないのであれば、別の次元の戦術で補えばいい。
例えば、自分が相手に”それ”を行える余裕が無いと思わせて、決定的な場面で”それ”を実行すること。
バーツが放ったレールガンの弾丸は、同じくバーツが出現させたゲートによって軌道を変え、グラムジルバの張る障壁の間を縫うような軌道を描き、真っ直ぐ、その巨体の胸を貫いた。
視界に移っていたグラムジルバのHPゲージが、みるみるうちに減り、ほどなくゼロになる。
「な……!」
その驚きの声は、最初、誰が発したものなのか分からなかった。しかし、蒸発するようにして徐々に消えていくグラムジルバがその熊のような口を動かしていたことで、すぐに疑問は解消される。
「そうか……ENの共有……アンドロイドならではだな……」
ルドラは自分の首筋から延びるケーブルをバーツの右腕に刺した体制のまま、グラムジルバの顔を見る。
「まったく……それでこそ……だ……」
その言葉を最後に、グラムジルバはその巨体を空中に霧散させた。あっけない幕引きだ。とはいえ、彼はすでにヴァルハラの本拠地で復活を遂げているのだが。
「あいつ、喋れたんだな……。こっちのタネも一瞬で見抜きやがったし。あーあー、こういうのって男女でやればもっと映えるんだがなあ」
「言わないで、空しくなる」
ルドラはケーブルを引っこ抜き、首筋に戻しながら軽口を返す。バーツは答えず、思い出したように拳銃を抜き、宙へと放った。
『皆、ミッション・コンプリートだ。既に戦功は分配されたようだぜ、今回の報酬は期待しておくんだな。さ、後は煮るなり焼くなり、だ』
〈指揮〉による連絡で、各所から歓声が上がる。グラムジルバからの補助を失ったヴァルハラの戦士たちは勢いついたクロノスのプレイヤーたちにほどなく撃破され、今回の戦争イベントで間違いなく大きな意味を持つ戦闘が終結する。
だが、勝利の余韻に浸るのもそこそこに、二人は新たな戦闘を求めて街から飛び出した。ルドラたちはこれで終わるつもりはない。もっと稼いでやる腹づもりだった。
戦争イベントは、未だ続いている。
チラシ裏的解説
・クロノスランク9〈掌災〉のバーツ
様々な形の「ハンドガン」を用いて戦うことでこの通り名がついた。自身や武器をワープさせつつ、多種多様な武器による変幻自在な戦闘を行うことで有名。
複数の拳銃をゲート内から発射したり、正確な位置にワープしたりすることは熟練されたイメージ力が必要となり、それを同時に成し遂げる彼はランカーにふさわしい「化け物」と言える。
〈コンバット・ゲート・プログラム〉は強力なスキルだが、いくつかの制約が存在する。代表的なのは、敵プレイヤーの至近距離にゲートを出現させることができないこと。特にグラムジルバのような巨大な敵の場合、ゲートを出現が制限される範囲が大きい。バーツがグラムジルバの障壁内部から攻撃できなかったのはこれが原因。
・ヴァルハラランク1〈深淵の魔神〉グラムジルバ
ヴァルハラ勢力固有の自己強化スキル〈憑依〉を極限まで強化することにより、時限付きながら極めて高い戦闘能力を発揮する能力を使用している。「攻撃スタイル」時は大魔法を連発しつつ、獅子の巨人の姿で物理的に敵をなぎ払う苛烈な「魔神」としての姿が有名。
戦争イベントでは大都市での攻防戦など重要な局面で投入され、戦術級の効果を発揮、他勢力ではそのあまりに強力な戦闘能力から、「〈深淵の魔神〉が発動したらその戦線は放棄すべき」と言われる。もはや核弾頭のような存在。
今回の「防衛スタイル」は希にヴァルハラの重要拠点防衛に使用されることがあり、レアな現象として知られている。今回のように侵攻に転用されたのは初めて。
・「ビームセイバー」と「フォトンブレード」
それぞれ、クロノス勢力の代表的な「剣」系のカテゴリ。ビームセイバーはライトセイバーみたいに熱で焼き切る感じで、フォトンブレードは実体のある剣と同じような感じ。
ゲーム的にはビームセイバーはプレイヤーの魔法攻撃力(クロノス勢力ではエネルギー出力)、フォトンセイバーは物理攻撃力(筋力)で威力が変動する。
ビームセイバーは非実体剣だが、輻射がすごいことになっている(という設定)ので一応つば競り合いはできる。